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なんて平和なんだろう

 春も中旬のある日。

 フローラに呼ばれて庭に出ると、そこには見慣れないモノが置いてあった。


 帽子のような形と言えば良いだろうか。

 銀色で横幅は5メートルほど。円盤型で、中央部には大きなドームがある。ドームからは三本の足が伸びて地面に立っている。前の世界での円盤型飛翔体に似ているけど。


 中央のドームの床面の一部がゆっくりと下りてくる。

 そこに乗っていたのは、ニコニコ顔のフローラだ。


「リー兄、驚いた?」

「すごいの作ったね。これが例の?」

「そう、空飛ぶ車!」


 フローラは可愛らしくちょこちょこと近づいてきた。頭を撫でると、はにかんで喜ぶ。

 あぁ、やっぱり我が妹は天使だ。


 クマタンがサッカーボールほどの大きさの球体を持って現れた。これが話に聞いた彼女の発明品か。

 フローラは球体を受け取り、俺の目の前に差し出した。


「これが無段階式重力制御の球体型魔法陣(スフィア・サーキット)だよ! これを車の円盤部分に12個搭載してるの」


 これは立体魔法陣をさらに進化させたものだ。

 球体の中央部には魔水晶が浮かんでいて、周囲を立体魔法陣がグルッと取り囲んでいる。球体の様々な断面が意味のある魔法陣になっていて、魔水晶の立体回転に合わせて複雑な機能を発現する。


 重力制御というのは厳密に言えば正しくない。今のところ神理学の最新の物理モデルでは重力というのは見かけの現象として考えられていて、実際に制御しているのは時空間の歪みだからだ。


 原理だけを簡単に言えば、局所的に質量値を揺らすことで時空間の歪みを発生させ、その結果が重力という観測しやすい現象になって目に見えるものである。この一連を、わかりやすく重力制御という風に呼んでいる。

 フローラには前の世界であった時空跳躍の悲劇を伝えているから、制御ではなく構造として外部への時空間影響を打ち消す仕組みが実現されている。うっかり時流の調整もなしに光速航行なんかして、周囲の時間が10年も経過していました、なんてこともないようにしないとね。


 危険なようにも聞こえるけど、故障時の安全装置もきちんと搭載している。これの小型で簡易なものは、既にぬいぐるみ達にも内蔵されていた。

 タルートとモニカの飛竜、ジークの小鳥はもちろん、彼女のクマタンも飛べる。


光学迷彩(ステルス)もつけといたよ」

「それなら、これで王都に行っちゃおうか」

「やったー! よかった、これで行きたかったの」


 小躍りする天使を眺めながら、ほっこりした気持ちで青空を見上げた。

 あぁ、なんて平和なんだろう。




 のんびりとした日々が続いていた。


 先日は新婚のグロン兄さんとマール姉さんを連れて、南のメングラッドアイルを訪問した。

 命力硬化症の子たちが明るい顔でリハビリを続ける姿を見て、二人は嬉しそうな顔を浮かべた。子供たちも憧れの二人に会えて感激した様子で、一緒に魔導笛の演奏を楽しんだりもした。

 病棟を出ると、俺の案内で街の各所を巡る。人懐こいイルカと戯れたり、潜水艇で海に潜ったり、海族のレースを楽しんだり、見慣れない南の料理に目を丸くしたり。

 ひとしきり楽しんだあとは、景色がいいと評判のホテルのスウィートルームに二人を押し込めた。何があったかは知らないけど、翌日に帰ってきたマール姉さんはなんだかツヤツヤした顔をしていた。


 その他には「ホーリーライアー春のパン祭」というものに参加してきた。進化した簡易栄養食(カロリーブロック)は美味しかったなぁ。あれはもう、完全に俺の手を離れたと言っていいだろう。


 大きな外出はそれくらいかな。

 グロン兄さんとは都市の課題について話し合ったりもしたけど、それ以外の時間は概ねレミリアと一緒にいた。久しぶりにじっくり腰を据えて研究を進めている。


 レミリアの研究テーマは、魔法の魔方陣化。

 俺の研究テーマは、脳内人工知能だ。



「リカルド、ちょっといいかな」

「うん、どうした?」


 昼食の時間も近づいた頃。

 レミリアが背伸びをしながら俺の横に来た。

 ちょうどお互い、研究が一段落したところだ。


「前々から気になってたんだけど」

「うん」

生体入出力装置サイバーインタフェースでアルファと会話をするのと、脳内でアルファと会話するのは、何が違うの?」


 あぁ、そうだよな。

 俺は前世の感覚でその違いがわかるけど、レミリアにとってみたら脳内人工知能が存在しない今の方が自然なんだもんな。イマイチ違いがわからないんだろう。


「例えば、ロムル語と共通語でもお互いに微妙なニュアンスの違いがあるよね。同じ『食事』なんて単語でも、ロムル語だとトウモロコシって意味までカバーしてたりするし」

「それは……そうだね」

「脳内で人工知能と話をするときには、そのあたりのズレを考える必要がなくなるんだ。言語を使わず、映像や音や概念で何かを伝えたり、頭の片隅で別の思考をしてもらったり、色々ね。要は自分の一部になる感じなんだ」


 ミラ姉さんがマイクロユニットを作り出してくれたから、技術的にはようやく一歩踏み出せた。

 ただ、脳は精密な臓器だから、慎重に安全を確保しながら進める必要がある。まずは脳を含めた神経回路網の活動観察や脳内物質の効果特定からだろうな。

 ここに来るまで長かったけど、ここからも長い。


 俺たちはあれこれと話しながら研究を進める。

 こういう穏やかな日々が、ずっと続けばいいな。




 そんなことを思っているうちに、あっという間に旅立ちの日が来た。


 早朝の庭。

 先ほどまで王都と遠隔会議をしていたらしいグロン兄さんが俺の前に立った。


「父さんからの連絡だ。赤字経営になっていた計算協会、製本職人協会、製紙職人協会を我が家が正式に買い取ることになった」

「そっか。じゃあ、卓上計算機とか印刷機とかをついに一般公開できるってことかな」

「あぁ、紙生成機もな。まだ各種調整は必要だが」


 どうも、ポイント協会から無料発行するポイント利用履歴データで帳簿計算がかなり楽になり、計算協会の仕事が減ったらしい。また、パーソナルカードの「小説家になっちゃおうアプリ」が流行って、紙本の売れ行きも落ちてしまった。

 父さんは各協会を管理する中級貴族たちから泣きつかれたのだとか。各領地から新四都市への住民流出もあったし、税収面は踏んだり蹴ったりらしい。申し訳ないので、少し高めの金額でこれらの協会を購入することにした、とのことだ。


「各地方で仕事を無くした奴隷たちは、東西南北の新四都市で受け入れることになるだろう」

「中央の奴隷たちは?」

「地方を跨ぐ引っ越しには金がかかるからな。払えないことはないが、全ての仕事がなくなるわけでもない。ひとまず我が家で受け入れて、細々と仕事を続けてもらうしかないかな」


 そんな話をする傍ら、タルートとモニカはきらきらした目で円盤型輸送機を眺めていた。興奮してヨタヨタと転がり回る二人の面倒はマール姉さんが見ている。

 レミリア、フローラ、クマタンが準備を終えて現れた。


 フローラは船長帽とサングラスをかけていた。何かのコスプレだろうか。いつの間に準備したんだろう。


 彼女はみんなにビシッと敬礼する。

 ノリノリである。


 俺たち三人とクマタンで輸送機の下に入り込む。床面がせり上がって行き、内部に到着する。船外の映像を壁に投影しているから、視界も良好だ。

 フローラ船長は渋い顔で棒付きキャンディーを咥える。


「副船長クマタン、発進準備」

『重力制御装置、No.1-5-9を三角起動。3-7-11を補助系へ。残り二系統は機能チェック後待機します』

「ステルス装置起動」

『起動確認。チェック完了。システムオールグリーン』


 モニタの検査項目が全て緑色になる。

 船長はニヤリと口元を歪め、前方を指差した。


浮遊円盤輸送機(スレイプニル)、発進!」


 輸送機が空に浮かび上がる。

 景色が後方に流れ始めた。

 船長は満足そうな顔をして、大きなソファに座る。


 安全速度で王都まで数時間といったところだろう。

 俺はほんわかした気持ちで天才美少女船長を眺めた。

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