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今日の絡み酒は長くなるだろう

 領主館前の広場。

 そこには大勢の人が集まっていた。


 両家の家族や従業員。交流のある貴族の友人。我が家の管理する協会や、この都市で暮らしている下級貴族、市民団体、職業組合などの代表者。

 その他、多くの縁ある方々が、二人を待っていた。



 楽団の演奏が始まる。


 グロン兄さんが領主館から出てきた。

 引き締まった白い礼服を着ている。神官の前に進んで行くが、ガチガチに緊張しているようで動作がぎこちない。

 それを見たミラ姉さんは苦笑いをした。



 敷地の外に、人影が現れた。

 その姿にみんなが感嘆を漏らす。


「マール姉、きれい……」


 フローラが小さく呟いた。


 純白のドレス。白いヴェールに、赤い花束。

 マール姉さんの隣にはドルトンさんが固い面持ちで寄り添っていて、二人は歩調を合わせながら進んでいく。


 俺は昨日の晩のドルトンさんの話を思い出していた。



 男ばかりのドルトン家に初めて生まれた娘。

 彼女は幼い頃から楽器を鳴らすのが好きだった。

 そんな彼女を家族みんなで可愛がった。


 マールディアの命力硬化症が判明したのは、わずか5歳の頃だった。大好きな横笛のレッスンをしていると、左手の小指の動きに違和感を覚えたのだという。


 マールディアは領地で暮らすのをやめ、優秀な医師の多い王都へと移住した。ドルトンさんもまた、領地を長男に任せ、彼女に付き添って王都での暮らしを始めた。

 通常、中級貴族家当主が王都に滞在するのは春の間だ。夏から冬は、何かの事情がない限り自らの領地に戻って過ごす。ドルトンさんはその前例を振り払ってマールディアに寄り添い続けた。


 10歳を迎えられた。

 良かった、普通に生活できている。

 でも、時折辛そうな顔をしているな。


 11歳を迎えられた。

 肘が曲げにくそうだ。大丈夫か。

 成人まで元気に過ごせるだろうか。


 12歳を迎えられた。

 恋をしている。相手は貴族の長男。

 今は婚約者がいないようだが……。


 やきもきしながら、ずっと娘の為を思って寄り添ってきた。治療法を見つけてからは全てが変わったけれど、10日ごとの命力量測定にはずっと恐怖していた。頭では大丈夫だと分かっていても、決して慣れることはできなかった。



 ゆっくりと歩く二人を見る。

 ドルトンさんは一歩一歩、噛みしめるように進む。

 隣にいるマール姉さんの手を、大事そうに握っている。


 今日、彼女はドルトンさんの手を離れる。



 ドルトンさんが、グロン兄さんの前に進んだ。

 二人は握手を交わし、結婚式の決まり文句を口にする。


 娘を頼む。

 任せてください。


 神殿の結婚式マニュアルに載っている言葉だ。一言一句、その言葉をなぞるだけのもの。だけど、その言葉に込める想いだけは、ドルトンさん自身のものだった。



 グロン兄さんはマール姉さんの手を取る。

 二人揃って、神官の前までゆっくり進む。

 一緒に頭を下げた。


 神官は穏やかな顔で二人に語り始める。


「お二人の恋物語は、歌劇にもなっている有名な話です。ロマンチックなオルゴールはご令嬢がこぞって買い求め、先日は動画ドラマまで作られました。今さら私がとやかく言うほど、浅い絆ではないのでしょう」


 神官はそんな風に話し始める。

 頭を下げたままの兄さんの耳が、少し恥ずかしそうに染まるのがチラリと見えた。


「ただ、結婚と恋愛は異なるものです」


 神官は静かにゆっくりとそう続ける。

 そこには、毎日のように民の相談に乗り続ける神官だからこその説得力があった。


「覚えておきなさい。相手の鼻につくところが気になってきてからが、本当の夫婦愛の始まりですよ。自分が相手の暴言に耐えている間、相手は自分の足の臭いに耐えてくれているのです」


 茶目っ気たっぷりにそう話す。

 会場では、壮年の方々がうんうんと頷いている。


「神殿の教えにはこうあります。愛とは、許すこと、受け入れること。何があっても寄り添うこと。口喧嘩をしても、手をあげないこと。多少の価値観の違いには、目を瞑ること。口の臭さを指摘されたら、怒るのではなく歯を磨くこと」


 本当に神殿にそんな教えがあるのだろうか。

 あとで聞いてみよう。


「相手に完璧を求められるほど、自分は完璧ではないと知ること。理想の配偶者を思い描くのではなく、現実の相手自身を見つめること。欠点を見つけたら、責めるのではなく補おうとすること」


 兄さんは目を瞑り、その言葉を聞いている。

 会場には気まずそうな顔を浮かべる者もいた。

 そうそう理想通りにはいかないのだろうな。


「最後に。それらの教えを守れなくても、笑って許すこと。それもまた愛です。会場の皆さん、ご安心くださいね。神殿はそんな皆さんの相談を受けるためにあります」


 会場に遠慮がちな笑いが起きる。

 気まずそうな顔をしていた人たちが表情を緩めた。


「今は分からなくてもいい。これから噛みしめる時間はたっぷりあります。どうしても納得いかないことがあれば、二人で夫婦喧嘩の小神殿を訪ねると良いでしょう。さて……」


 神官は二人に顔を向ける。

 皆は静かに見守る。


「新郎グロン。新婦マールディア。顔を上げなさい」


 二人はゆっくりと顔を上げる。

 一度互いの顔を見たあと、神官さんをまっすぐ見た。

 マール姉さんの目は涙に濡れていた。


「健康なときも、病気のときも、嬉しいときも、悲しいときも、裕福なときも、貧しいときも……二人で手を取り、寄り添い、励まし合い、その命の尽きるまで愛しあうことを、誓いますか?」


 二人は神官に頷きを返す。

 神官は満足そうに微笑んだ。


「新郎は新婦を抱き上げ、新居に入りなさい。それを持って二人を正式な夫婦と認めます。おめでとう」



 グロン兄さんは、マール姉さんを横抱きにした。

 そのままみんなの間を歩いていく。


 みんなは笑いながら、二人に花びらを投げる。

 グロン兄さんは照れくさそうに笑う。

 マール姉さんは幸せそうに微笑む。


 おめでとう。おめでとう。

 そんな言葉が会場を包んだ。



 二人は領主館に一歩踏み入った。

 その瞬間を持って、正式に夫婦となった。


 みんなが大きく拍手をする。

 俺は祝いの酒瓶を手に取って、ドルトンさんのもとへと向かった。

 今日の絡み酒は長くなるだろう。


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