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あとは若い二人で

 春の初日。

 10歳になった俺はマザーメイラの領主館で目を覚ました。ベッドには服を着ていないレミリアがすやすやと眠っている。彼女に布団をかけ直すと、服を着てバルコニーへ出た。


「グロン兄さんの結婚式は明日か……街も完全にお祝いムードだねぇ」


 すっかり様変わりしたマザーメイラを見下ろす。

 街の各所には芸術品が飾られ、建物もまた様々な形や色に染まっている。彫像型の噴水、幾何学的な高層ビル、繊細に彫られた水路橋。皆が思い思いに飾っているのに、不思議と全体の調和が取れているように見える。

 早朝の中央広場では、甲殻族の演奏家が住民に楽器の指導をしていた。種族を問わず、不器用に弦を弾きながら楽しそうに歌っている。


 芸術都市マザーメイラ。

 ここは、全体が一つの美術館のような都市だ。



「……おはよ」


 レミリアが目をこすりながら現れた。カーディガンを肩にかけてあげると、彼女は俺の腕をとって横に並んだ。


「すごい都市……さすがだね」

「グロン兄さんらしい街だね。みんな楽しそうだ」


 レミリアと一緒に開拓したのが、すごく昔のことのように感じられる。俺たちはポツリポツリと会話をしながら、しばらくのんびりと街の様子を眺めた。



 朝食の場には、家族が集合していた。

 父さんと母さんが仲良く隣り合わせに座る。そういえば、父さんの白髪がずいぶん目立つようになってきたな……。その横には17歳になったグロン兄さんが座っている。


「兄さん、いよいよ明日だね。緊張してる?」

「いや、不思議と落ち着いてるんだ。準備も済んでいるしな。それにほら、今日は四都市会談があるだろう。王族と話すのなんて初めてだから、そっちの方が気がかりでさ」

「気さくな人だから大丈夫だよ。それに、来年には義理の弟になるわけだし」


 今日は東西南北の若手が集まり、昼食会を兼ねて様々なことを話し合う予定なのだとか。南のノヴァ兄さんが19歳、北のアンジェラが18歳で、東のジェイド兄さんと西のグロン兄さんが17歳。

 その場を取り仕切るのはノヴァ兄さんだ。最も年上で、王子で、既に当主という立場だからだ。ただ、みんな同年代ということもあるから、できるだけフランクな場にするつもりだと言っていた。


 わりと落ち着いているグロン兄さん。

 その横で、14歳になったミラ姉さんは珍しくソワソワした様子だった。


「ミラ姉さん」

「な、何よリカルド。あ、髪跳ねてるかしら。よだれなんて付いてないわよね。どこか変なとこない?」

「落ち着いて、大丈夫だよ」


 ミラ姉さんは、今日初めてノヴァ兄さんと面会する。

 もちろん遠距離通話で互いの姿は知っているけれど、やはり実際に会うとなると緊張するのだろう。こんなに慌てた姉さんの姿は初めて見る気がするなぁ。


 姉さんは服の袖をクンクン嗅ぎ、臭くないか調べる。でも、会談のときには違うドレスに着替えるよね。もう少し落ち着いた方がいいと思うんだけど。


 6歳になったフローラは、クマタンを引き連れてミラ姉さんのもとにテクテクと向かった。


「ミラ姉、大丈夫だよ」

「フローラ……?」

「今のミラ姉、すっごく可愛い。ノヴァ王子もメロメロ間違いなし! だから朝ごはん食べよ。港町からいい魚介類が届いてるんだよ」

「……食欲ないわ」

「ほら、バナナジュースだけでも。会談で白目剥いて倒れたらそれこそ幻滅されるよ」

「そうね……」


 フローラはミラ姉さんを手厚く世話する。

 その横では、クマタンがミラ姉さんの皿のエビをひょいひょいと取り上げ、フローラの皿に移していた。


 あぁ、なんという連携プレー。

 我が妹ながらどこまで可愛いのだろう。


 一方、母さんのすぐ横には、幼い二人組がスプーンを持ってちょこんと座っていた。弟のタルートと、タイゲル家のモニカ。二人とも年齢は3歳だ。モニカの横にはその母親も座っている。

 なんでも、俺とモニカの婚約が無くなった代わりに、タルートとモニカが婚約者になったのだそうだ。引き続きこの都市で暮らすつもりらしい。


 モニカは白い髪を可愛らしく揺らしながら、タルートの皿からお粥を奪う。一方のタルートは鼻水をたらしながら、なぜかキラキラとした目で俺とレミリアを見ていた。

 俺は気になって彼に話しかける。


「タルート、どうしたの。ほら鼻水拭いて……」

『私がお答えしましょう』


 声のする方を見る。

 幼い二人の後ろには、二頭の飛竜がプカプカと浮いていた。これはフローラが作ったぬいぐるみ。クマタンと同じように二人の家庭教師としていろいろな世話をしてくれているのだとか。

 桃色の方はモニカのもの。若草色の方がタルートのもの。話しかけてきたのはタルートの飛竜だ。


『マスター・タルートは憧れているのです』

「憧れ……?」

『そう。世直し仮面(ジャスティス・マスク)に』


 あぁ……連続特撮ドラマになってるんだもんな。確かに幼い子に大人気だと聞いていたけど。

 苦笑いしているレミリアと目があった。



 朝食後、俺とレミリアは庭で着替えさせられた。

 魔法的にはあまり意味のないゴテゴテした装飾がなされている外套や仮面。レミリアの仮面の額には数字の1が。俺のものには2が彫り込まれている。

 俺たちの姿を見てフローラが手を叩いた。


「バッチリ! 二人とも本物の世直し仮面(ジャスティス・マスク)みたい! 取り寄せておいたかいがあったよ」


 本物の、というのは、特撮ドラマの、ということだろう。演じている役者さんたちもずいぶん有名になったらしい。

 もう本家はあっちだということにして、俺とレミリアは目立たずフェードアウトしていきたいんだけどなぁ……。動画のアクセス数を見ると、元の動画もまだまだ人気があるらしいからなぁ。 


 フローラが幼い二人を引き連れてくる。タルートはキラキラした目で、モニカは口を大きくあけて俺たちを見ていた。


「や、やろうか、レミリア」

「ん……これは……期待に答えなくちゃ」


 俺とレミリアが空中を飛び回る。

 レミリアは氷嵐魔法【微風】で木の葉を巻き上げ、俺は【ブレード(柔らかい)】を派手に振り回して模擬戦をした。とにかく見た目重視だ。


 タルートとモニカは大きく手を叩く。

 この笑顔が見れたなら、まぁいいかな。




 昼も近づいてきた頃。

 俺とレミリアは、空色のドレスで着飾ったミラ姉さんを連れて迎賓館に向かった。後ろからは父さんもついてくる。


「レ、レミリア。どうしよう」

「大丈夫。今日のミラはいつになく……女子っぽい」

「いつもは!?」


 そんな風に話しながら、迎賓館に着いた。

 案内され、応接室で待つ。


 父さんは腕を組み、険しい顔をしている。そういえば昨日の夜は「一度ガツンと言ってやるんだ」なんて鼻息を荒くしてたからなぁ。気合を入れているのだろうか。

 ほどなくして、扉が開いた。


 そこにいたのは、スラッとした美青年。

 よく見ると顔はノヴァ兄さんなんだけど、その出で立ちは大きく異なっていた。

 強化外骨格(パワードスーツ)で矯正されている猫背。ボサボサだった髪は短く刈り込まれ、瓶底眼鏡はレンズに換えられていた。当然だけどヨレヨレの神官服を纏うこともなく、ビシッとした黒服を着こなしている。


「この度は──」


 父さんの声が裏返った。

 ミラ姉さんは顔を真っ赤に染めて一歩前に出た。


「見違えたわ」

「変じゃないかな」

「こっちの方がいいわよ」

「君も素敵だ。ドレスがよく似合ってる」


 二人はおずおずと手を伸ばして握手をする。

 そのまま手を離さずにしばし見つめ合う。


 お互いに一通りの挨拶をして、会談は和やかに進む。遠隔では既に顔見知りだからか、すぐにいつもの調子を取り戻したようだ。


「ねぇノヴァ。体内命力のマイクロユニットへの影響は、遮断するだけじゃなくて活用する方向で何か役立てられないかと思ってるの。ユニット寿命を伸ばせるかも」

「ミラ。この前統合できないって言ってた血圧測定ユニットだけど、他の計測可能値から類推することができると思うんだ。前提条件も必要なんだけど」


 二人はニヤリと笑う。

 父さんはポカンと口を開けてその様子を見た。

 俺は父さんの肩を叩く。


「あとは若い二人で、ね」

「あ、あぁ……」


 楽しそうに話し始めた二人を置いて、俺たちは迎賓館をあとにした。


 よく晴れた青空。歌う鳥たち。

 隣を歩くレミリアの手をとると、ギュッと握り返してくる。


 爽やかな風が俺たちの頬を撫でた。

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