綺麗だよ
『お知らせします。まもなくフェンリスヴォルフに到着いたします。そのままお楽しみになってお待ちください』
館内放送が流れる。
到着時刻は予定通りだ。
ノヴァ兄さんがボソっと呟いた。
「それにしても、全く加減速を感じないんだな」
「うん、そう作ってるからね」
部屋の中にいる人からみてほぼ上下方向にしか力を感じないよう輸送機を制御している。実際、試験走行時には床にビー玉を置いても転がらなかったから、乗っていてさほど違和感はないはずだ。
前の世界では使い古された仕組みだったけど、確かにこの世界では目新しいものかもしれないなぁ。
「リカルドは婚約者と約一年ぶりになるのか」
「うん。顔を見るのも久しぶりなんだ」
心臓がドキドキと脈打つ。
レミリアは元気だろうか。
輸送機がフェンリスヴォルフ駅に着く。
扉が開くとすぐ、俺はホームに飛び出した。
すぐに見慣れた人影を見つけた。
小走りで彼女のもとへと向かう。
「レミリア!」
「リカルド……」
彼女はフードを目深に被っている。
胸に手を当て、何やら緊張しているようだ。
俺は彼女の目の前に立つ。
「リカルド、ひさしぶり……」
「うん、久しぶり。会いたかった」
「ずっと……顔見せなくて、ごめんね」
しばしの無言。
俺は息を整えて待つ。
彼女がゆっくりとフードに手をかける。
そして、意を決したように、それを取り払った。
約一年ぶりの、彼女の顔。
「レミリア……あれ?」
火傷の痕が、なくなっている。まさか……。
レミリアの後方をちらりと見る。
彼女の兄のジェイドさんが、左目に眼帯をして佇んでいた。この一年、一体何があったのだろう。彼はそっぽを向いているけど……。
でも、そっか。
治ったんだ。
レミリアに視線を戻す。
「焼けた組織は治らない。だから、ダメになった部分は削り取って再構成したの。一時は見せられない顔になっちゃったけど……時間をかけて、少しずつ治したんだよ。あの……おかしく、ない……?」
彼女は潤んだ目で俺を見上げる。
俺は右手を伸ばした。
彼女の左頬を手のひらで包む。
つるんとした肌の感触。
「良かったね。綺麗だよ、レミリア」
「……ん」
レミリアは俺の胸に飛び込んできた。
両腕で抱きしめ、髪の香りを確かめる。
離れていた一年のことは、このあとゆっくり聞いていこう。ジェイドさんの様子からしても、きっといろいろな事があったんだろうから。
『ただいまから、真空処理を開始します。真空筒路侵入後、緩やかに加速を始めます。ホーリーライアーへの到着は1時間後の予定です。良い旅をお楽しみください』
フェンリスヴォルフから乗ってきたのは、レミリア、ジェイドさん、数人の護衛たちだ。
ノヴァ兄さんとジェイドさんは、簡単な挨拶のあと都市間の交流について話し始めた。海上のメングラッドアイルと砂漠のフェンリスヴォルフではいろいろな面で違いがあるから、話していて気づくことも多いようだ。
俺は二人を見ながら、姉の旦那と嫁の兄かぁ、なんてことを考えていた。
護衛のみんなはすっかり打ち解けていて、ダーツやビリヤードなどのスポーツ類、リバーシなどの卓上遊戯、ポーカーなどのカードゲームまで様々な遊びを楽しんでいる。
ポイントを賭けたりしているようだけど、破産するとマザーメイラでの交遊費がなくなるから程々にしてほしいところだ。
「リカルド……耳」
「ここ?」
「ん……そう」
俺とレミリアは部屋の隅で大人しくしていた。
普通に過ごしていただけだし、大声も出していない。特にみんなに迷惑はかけていないつもりだったんだけど……途中から、客室を放り出されて休憩所行きの刑を言い渡された。
解せない。
一緒に毛布に包まる。
こうしていると、マザーメイラの開発を始めた頃のことを思い出すなぁ。二人でそんなことを話しながら、どちらからともなく服を脱ぎ捨てた。
あの頃より、二人ともずいぶん体が成長したと思う。
「リカルド……たくましくなったね」
「レミリアは柔らかくなったよ」
俺は毛布をかけ直して、外から見えないようにする。
レミリアは俺の体にキュッとしがみついた。
「へっちゅん……」
「寒い?」
「ん……あたためて」
お互いの体を静かにくすぐり合う。
クスクスと笑って、毛布に包まった。
今できるイタズラはここまで。
俺たちはまだ、どうしようもなく子供だ。
「早く、大人になりたい……ね」
「焦らなくていいよ。ゆっくりやろう」
レミリアはほんのり顔を赤くしながら、俺の耳にかぶりついて来た。
『お知らせします。まもなくホーリーライアーに到着いたします。そのままお楽しみになってお待ちください』
さすがにこのままお楽しみはマズい。
俺たちはそそくさと服を着て、髪を整えた。
ホーリーライアー駅に到着する。
俺とレミリアはホームに出た。
懐かしい姿が目に入る。
ダーラ教の聖女、アンジェラ。
世話係の仮面の少女たちも三人ほど後ろにいる。
「久しぶり、リカルド君。それに、あなたがレミリアさんね。初めまして」
アンジェラさんが右手を差し出す。
レミリアは彼女と握手をしながら、なにやら驚いた顔をしていた。
「レミリアさん? どうしたのかしら」
「いえ……ただちょっと、母さんに似てたから。少しだけ……懐かしくなって」
アンジェラは優しくレミリアに笑いかける。
レミリアはごめんなさいと謝りつつ、その目からポロリと涙をこぼした。自分でも驚いているようで、濡れた頬を拭いて首を傾げていた。
それを横目に、俺は世話係の少女からお土産の「うそつき饅頭」を受け取っていた。流行りの土産物らしいけど、ネーミングはもうちょっとどうにかならなかったのかな。
『ただいまから、真空処理を開始します。真空筒路侵入後、緩やかに加速を始めます。マザーメイラへの到着は1時間後の予定です。良い旅をお楽しみください』
客室では、アンジェラの膝にレミリアが収まった。
レミリアは照れくさそうに謝りながら、アンジェラに寄りかかっている。
俺はジェイドさんとその様子を眺めていた。
「そんなに似てますか?」
「何がだ」
「アンジェラと、レミリアの母親」
「髪色は違うが……顔つきはよく似ている。あの人は北の出身だった。血縁だろう」
レミリアの実母は彼女が幼い頃に亡くなった。
でも、その記憶は彼女の奥底に残っているのだろう。
暖かい気持ちで二人の様子を眺めていると、アンジェラの世話係の少女が隣にやってきた。
その表情は仮面で見えない。
「……違う」
「え?」
突然なんだろう。
不機嫌そうな声だ。
「私が見たかったのは、聖女様のキャットファイト。男をめぐる、えげつない争い。あれじゃない」
「あ、はい」
何を言い出すのかと思った。
きっと疲れてるんだな。
その後は、アンジェラ、ジェイドさん、ノヴァ兄さんの三人が交流する場面も見られた。聖教都市の設計思想は他の二人にとっても新鮮だったようで、お互いのためになる良い情報交換ができたようだ。
世話係の少女たちは護衛のみんなと賭け事を楽しみ、ポイントをガッポリと儲けた様子だった。護衛たちはすごく切なそうな顔をしているから、マザーメイラに着いたら少しだけでも返してあげてほしい。
俺とレミリアは普通に過ごしていたんだけど、またもや休憩所行きの刑を食らってしまった。
解せない。
『お知らせします。まもなくマザーメイラに到着いたします。そのままお楽しみになってお待ちください』
さすがにこのままお楽しみはマズい。
俺とレミリアはそそくさと服を着て、髪を整えた。
さて、久々のマザーメイラはどんな街になっているだろうか。





