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やっぱり旅はこうでなくちゃね

 9歳の冬も終わりが近づいていた。

 メングラッドアイルは穏やかな気候で、冬でもそれほど寒くはない。グロン兄さんの結婚式は数日後。もう少ししたらこの都市ともお別れだ。


 早朝の海沿いを散歩していると、海の方から声がかかる。見れば、海族のマグさんが魚の入った網袋を手に立ち泳ぎしていた。


「おいリカルド!」

「おはよ、マグさん」

「これ持ってけ! 早めに食え。刺し身がいいぞ」

「ありが──」

「気にすんな。じゃあな!」


 マグさんは素早く泳いで消えてゆく。

 海族らしいせっかちぶりだ。


 メングラッドアイルは海上都市だし、ノヴァの患者には当然海族もいる。彼らのために半分海に沈んだ街も用意して、各種設備も海族の生活を想定していた。

 でも、はじめの頃はあまり仲良くしてもらえなかった。まどろっこしい街作りやがって、といつも怒られてばかりいたものだ。


「相変わらずスピード命だなぁ」


 彼らの態度が軟化したのは、海中レース場を作った頃からだろうか。リビラーエの町で好評だったから、こっちでも大規模なものを作ったんだ。

 街の構造も、近道になるような地下海水道を整備したところ、彼らはようやく納得した。これを早く作れよスットコドッコイ、と怒られたけど、それからは彼らの態度も軟化して、たまに魚をお裾分けしてくれるようになった。


 網袋の中身は、透き通った白身の高級魚。

 朝食にみんなで食べようかな。



 ノヴァの執務室に行くと、彼は書類に埋もれていた。

 なにせ、突然中級貴族の当主になったのだ。業務の引き継ぎも各所への挨拶も大急ぎで済ませる必要がある。冬の間に関係各所へ手紙を出す必要があったし、春からは議会もある。夏までは王都で各種調整に追われることになるだろう。

 昨日も遅くまで王都と通信していたようだ。


「リカルドか……おはよう」

「うん。ノヴァ、大丈夫?」

「少し寝てしまった。いくつか報告がある」


 彼は書類の塔を倒しながら何かを探す。

 そして、一枚の紙を手に取る。


「これって……」

「うん。僕とミラとの婚約が成立した」

「おぉ、おめでとう」

「急だけど、来年1年で準備をして、その次の春には挙式の予定だ」

「そっか。これからよろしく、ノヴァ兄さん」


 ノヴァ兄さんとミラ姉さんの婚約。

 二人の通信を聞いていても色気のある会話は一切なく、血液とか免疫とかの話ばっかりしていた。それなのに、どういうわけかお互い淡い好意を持ち始めていたらしい。世の中いろいろだ。

 はじめは渋っていた父さんも、ミラ姉さんと話をしてようやく首を縦に振ったようだ。


「赤目病治療薬も目処が立ったからね。挨拶がてら、僕も一緒にマザーメイラに行くよ」

「そっか。楽しみだね」

「そうだ、それ関連でも報告が……」


 散乱している書類をひっくり返す。

 ノヴァ兄さんは片付けが苦手なのだろう。

 ものすごくシンパシーを感じる。


「これこれ。関所業務の簡略化が決まったんだ」

「犯罪者を通さない仕掛けは?」

「あぁ、君の兄さんが整えていたよ。各地の衛兵所で世界樹への指名手配登録・照会が可能になったから、パーソナルカードをチェックするだけで即座に犯罪者の識別が可能だ」


 そういえばグロン兄さんが言ってたっけ。

 地下鉄道をみんなに使ってもらうためにも、関所業務のシステム化は必須だって。俺がこっちにいる間、兄さんも頑張っていたようだ。


「もちろん、カードを持っていなければ、人相確認の待ち時間は発生するけど。今どき持っていない者の方が少ないだろう」

「そうだね。国外にも広まってるんだっけ」

「ポイント業務が国外の神殿でも始まったからね。国境を飛び越えるのなんてあっという間さ」


 やはり、便利なものは広まるのも早い。

 帝国なんかは国の方針でポイント利用を禁止しているようだけど、この近辺ではクレル諸島の人族国リゾや甲殻族国をはじめ、北方の竜族国や鬼族国なんかにはかなり浸透していっているらしい。

 自分の作ったものが世に広まっていくのは、なんだかとても心が踊るなぁ。


 そんな風に穏やかに会話をしている最中だった。



 ノヴァ兄さんのパーソナルカードへ通信が入る。


「フェニキス殿からだ。緊急らしい」


 相手は南の上級貴族フェニキス家。

 マクシモ家の寄親である。

 ノヴァ兄さんは俺に断って通話に出る。


「フェニキス殿、先日はどうも──」

『すまない。緊急のため挨拶は割愛させて頂く』

「は。では、ご用件は」

『戦争だ』


 フェニキス家当主は息を荒げて告げる。

 ノヴァ兄さんの顔に緊張が走る。


『帝国が鬼族国を攻め落とし属国にした。今は戦後処理を行っているが、おそらく次は……』

「竜族国か、この王国か」

『うむ。春の議会では対応が話し合われることになるだろう。貴殿もいろいろと大変だとは思うが──』


 帝国はもともと属国を作ることで成り立ってる国だけれど、最近は特にその動きが活発化している。今すぐに兵士を送る話ではなさそうだけど、準備は必要らしい。


 通信が終わると、ノヴァは俺に苦笑いを向けた。

 なかなかのんびりは出来ないようだね、と。


 帝国に面しているのは北のトータス地方。

 アンジェラが心配だな……あとで通話してみよう。


「リカルド。この戦争、魔族が絡んでいると思うかい」

「まだ分からないかな。ただ……」

「うん、気になるよね」


 先代マクシモ家当主の言葉。彼は『あのお方の怒りを沈めるには』と言っていた。それが何を指すのか、ずっと考えていたんだけど。


「君は東で、黒い悪夢を【異界封印】させなかった」

「うん。レミリアを犠牲にはできないからね」

「南では、領民を【異界封印】から救った」

「うん。大人しく見てはいられないよ」


 ノヴァ兄さんは俺の目を見る。

 きっと似たようなことを考えているんだろう。


「なぁリカルド。おそらく【異界封印】は防衛手段なんかじゃない。異界に封印すること、そのものが何かの目的なんじゃないか」

「……そうだね。俺もそう思う」

「異界とは何だ。どこにある。あのお方とは誰だ。そもそも、魔族は本当に滅びたのか」

「うん。すべての事件や災害が誰かの意志ならば……俺はその誰かにとって、かなり邪魔な存在かもしれないよね」


 旧マクシモ領主館には、古い文献が眠っていた。

 今は使われていない文字だから解読は難航しているようなんだけど、おそらくそこには様々な真実が隠されているはずだ。


 今はただ、いろいろと情報を集めるしかないだろう。




 のんびり準備している間に、数日が過ぎた。

 冬の最終日。グロン兄さんの結婚式は二日後だ。


「さて、行こうか」


 ノヴァ兄さんと数人の護衛たちに声をかけた。


 エレベーターに乗って都市の地下に潜る。

 外壁は透明だから、綺麗な海の中もよく見える。キラキラと射し込む日の光。魚が群れをなして泳ぐ様子。

 楽しみながら下っていくと、その設備が見えてきた。


 それは二本の大きなパイプだった。

 海中から伸び、大陸の地下を通り抜ける巨大建造物。


 ノヴァ兄さんが興奮したように口を開く。


「こんな巨大なもの……これが、例の」

「うん、地下鉄道だよ」


 真空筒型地下鉄道(ヨルムンガンド)

 かなり前からグロン兄さんと研究していた鉄道で、地下に作った真空パイプの道を輸送機が高速移動するものだ。マザーメイラと港町リビラーエの間にもこれの小型版があり、そちらは既に正式運用が開始している。


「今回は東のフェンリスヴォルフ、北のホーリーライアーを経由して西のマザーメイラに着くコースで行くからね」


 右回りと左回りの二本のパイプが、東西南北の都市をグルッと繋いでいる。これで、今まで不便だった国内の移動がかなり楽にはなると思う。


 エレベーターが駅に到着する。

 がらんとした構内を抜け、改札にカードをかざす。パーソナルカードの検査が行われるから、犯罪者がいればここで弾く仕組みだ。


 発着ホームから輸送機に乗り込む。

 輸送機の扉が閉まる。


『ただいまから、真空処理を開始します。真空筒路侵入後、緩やかに加速を始めます。フェンリスヴォルフへの到着は1時間後の予定です。良い旅をお楽しみください』


 館内放送が流れた。

 ノヴァ兄さんや護衛のみんなは壁際の椅子に座って固まっている。


「いや、猪車じゃあるまいし、座ってなくても着くよ」


 俺は果実水と軽食を取ってきて、配り歩いた。

 みんなの様子につい笑ってしまったけど、そういえば初めて乗る猪車以外の輸送機だからね。

 どうしたらいいか分からないんだろう。


「さて、何して遊ぼうか。ここは飲み放題・食べ放題。娯楽も充実してるし、疲れたら休憩所もある。ダーツでもやる?」


 みんなは顔を見合わせ、恐る恐る立ち上がる。まだぎこちないけど、慣れれば楽しんでくれるだろう。

 やっぱり旅はこうでなくちゃね。


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