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控えめに言ってカオスだ

 秋の下旬のある日。

 海上医療都市メングラッドアイル。

 その領主館の一室。


 目の前にいるのは、上級貴族タイゲル家の当主。

 パーティーの熱も冷めやらぬ夜。この部屋には俺たち二人きり。彼は俺に熱い目線を向け、こめかみに青筋を立てていた。


 この怒り。

 100%俺に向けられたものだ。

 困ったなぁ。


「やってくれたな……」

「なんのことですか?」


 彼はギリギリと歯を食いしばり俺を睨む。

 俺は窓の方を見て口笛を吹く。

 いやぁ、困った。


 まぁ、こうなったのにも理由がある。

 例の「婚約を破棄する魔道具」を使ったのだ。




 数日前、タイゲル家の慰問団がこの都市にやってきた。

 タイゲルさんは到着早々俺を呼び出した。


「予想以上の成果だ。よくやってくれた」


 そう言ってタイゲルさんが放り投げてきたのは、タイゲル家の紋が入った指輪だった。これは一体……。


「白虎勲章。それがありゃ、タイゲル家の名を背負って行動できる。国内ならずいぶん自由が効くはずだ」

「……え?」


 彼は腕を組みながら、机の上に足を乗せた。

 天井を見上げ、ぽつりぽつりと呟く。


「てめぇはよ……俺が気に食わねぇって思ってたもんを、全部まとめてひっくり返しちまう男だ。権力だけじゃどうにもなんねぇ、いろんなもんをな」

「……そう、ですか」

「だからよ。権力を持て。変な横槍に潰されんな。てめぇのでっかい手のひらで救えるモンはまだまだある──今回の命令に対して、ここまで成果を出したんだ。その指輪を持つことに、びーびー言うヤツはいねぇさ」


 タイゲルさんは机から足を下ろす。

 立ち上がって俺を見た。


「娘を嫁がせんのが一番楽だったんだがなぁ」

「あはは、勘弁してくださいよ」

「……ふん。成果で判断するって言っちまったしな。仕方ねぇか」


 彼はニヤリと口角を上げた。

 俺は手のひらで指輪を転がした。



 タイゲル家の慰問団は大規模なものだ。

 子飼いの中級・下級貴族を連れ、支援金や支援物資を用意し、有名な歌劇団や大道芸団などを率いている。


 広場ではイベントが開かれる。

 タイゲル家の家紋入りの旗もそこかしこに掲げられ、この都市の復興を支援したというアピールがされる。メングラッドアイルの公式ニュース動画にはその様子が放映され、支援への感謝が報じられた。

 一般向けにはそれが全てだ。


 貴族向けにはパーティーが開かれる。

 復興のために必要な仕事は数多く、新しい都市を構築するのもまた大変な出来事だ。利権はそこら中に転がっているはずだから、平和ボケした他貴族を出し抜いて上手く食い込めればひと儲けできるぞ……と、多くの貴族が似たような笑みを浮かべながら酒を酌み交わす場である。


 貴族たちは意気揚々と都市を視察した。

 そして愕然とした。


 復興支援どころではない。

 既に最新鋭の大都市が広がっていたのだから。


 肩透かしを食らいながらも、予定通りパーティーは開催される。なにせ建前上は復興支援パーティー。彼らの皮算用が外れたからといって、ヘソを曲げて帰るわけにもいかない。

 料理や酒が予想以上に美味しかったのもあり、貴族たちはだんだんと当初の目的を忘れて楽しみ始めた。



 ダイアナ・タイゲルが現れたのも、そんなパーティーの一席だった。

 父親が彼女を紹介する。


「我が娘ダイアナは、以前より婚約者として新マクシモ当主殿との親交を深めていた。近々正式に婚姻を──」


 みんなの目が興味深げにダイアナを見た。

 その瞬間だった。


 ビュンと鳴るつむじ風。

 それがダイアナを囲むように吹く。

 彼女のドレスがズタズタに引き裂かれた。


 皆が目を疑った。


 全裸になったダイアナ。

 その胸部からメロンパンが床に転がる。

 そして、股間にはアレが付いていた。

 非常に立派な男のシンボルだ。


「ダイアナ……?」

「おっと父上、バレてしまいましたね」

「は?」

「オレが男だってこと。証人がこんなにたくさん」


 使用人に股間を隠され、ダイアナは退出した。

 タイゲルさんはしばらく機能を停止していた。


 そして、ハッと気がついて俺を見た。

 俺は視線をそらしてローストビーフを咀嚼した。




 そんなこんなでパーティー後、俺は別室に呼び出されていたのだ。タイゲルさんはもの凄い剣幕で俺のことを見ている。


「てめぇ、どういうつもりだ」

「すみません、やっぱり大きすぎましたよね……ダイアナが、できるだけ立派なのがいいって言うものですから」

「何の話をしてるんだ」


 あれ、シンボルの話じゃなかったっけ。

 タイゲルさんはもどかしそうに頭をかく。


「どんな魔道具を使った?」

「婚約を破棄する魔道具、です」

「それは機能じゃなくて、使った結果だろう」


 仕方ないな。

 俺はポケットから懐中時計を出す。

 タイゲルさんはそれを首にかける。


「ダイヤルを女性に合わせてみてください。端っこに合わせるほどグラマラスになります」

「ふむ、どれ。最強のボインにしてやろう」


 やっぱり親子だなぁ。

 タイゲルさんは懐中時計の蓋を閉めた。

 俺は起動方法を教える。


 スイッチを二度続けて押した。

 つむじ風が集まる。

 服だった布がズタズタになって飛び散る。


 タイゲルさんは巨乳になった。

 股間のシンボルも見えない。


「ふむ……触ることは出来ねぇのか。これは、体に合わせて幻を出してんだな」

「はい。本当は俺が使おうかと思ってたんですけどね。ただ、これをしちゃうと、その後貴族社会で永遠に女として振る舞わなきゃいけなくなりますから。踏ん切りがつかなくて」

「……はぁ、なんつーか」


 タイゲルさんはその場でジャンプをする。

 巨乳がブルンと揺れる。

 これはリアルタイムで物理的な動きをシミュレートして投影しているから、意外と計算コストがかかってるんだ。そのおかげで、まるで本物のような揺れを再現できていた。


 タイゲルさんは巨乳を見ながら渋い顔をする。

 そして、俺の目を見た。


「てめぇ、馬鹿だろう」


 やっぱり親子。反応が同じだ。

 そんなことを思っていると、部屋の扉が開いた。


 入ってきたのはノヴァだった。


「タイゲル殿、リカル……」


 ノヴァが静止した。


 改めて今の状況を確認する。

 無駄に巨乳なおじさんが全裸で疲れた顔をしながら、年端もゆかぬ少年に詰め寄っている。

 控えめに言ってカオスだ。


 ちなみに、タイゲルさんの衣装は本当にズタズタになってしまったため、新しいものをノヴァが持ってきてくれた。



 改めて、三人で机を囲む。

 タイゲルさんは疲れた感じのままだけど、少しだけ興奮が冷めたようだった。


「それでノヴァ王子。貴方とダイアナは、これまで婚約者として仲良くやっているように思っていました。ここまでしてダイアナと結婚したくないからには、相応の理由があるんでしょうな」

「えぇ」


 ノヴァは窓の外に視線を移す。


 月明かりに照らされた庭。

 そこには、肩を寄せ合う二人の姿があった。


「あれは」

「私の従妹、今は養子ですね。ココという娘です」

「……女同士で愛し合っているのか」

「いえ、違いますよ」


 ノヴァは窓際へと歩み寄る。

 二人を見ながら、優しく微笑む。


「タイゲル殿。時に、男の体でありながら、女の心を持った方々がいらっしゃるのをご存知ですか?」

「あぁ。噂は聞いたことがあるな」

「体と心の性別は必ずしも一致しない。屋敷にも患者として来ることがありますが、これは病気などではありません。各種族に共通し、動物にも見られる自然の摂理です。むしろ、全員の心と体が完璧に一致している方が不自然だと言ってもいい」


 庭の二人を見る。

 おでこをくっつけて何やら話をしている。

 ずいぶんと仲が良さそうだ。


「ダイアナが、そうだと言うのか」

「はい。それに()()()


 俺は驚いてノヴァを見る。

 彼はイタズラが成功したような目で俺を見た。

 そういうことだったのか。


「二人は鏡合わせなのです。女の体と男の心を持つダイアナ。男の体と女の心を持つココ。しかも、二人はその事実を未だ知らないまま惹かれ合っている」


 タイゲルさんは黙って窓へと歩いていく。

 ココは草で何かを編む。

 それをダイアナに見せて笑っている。


「本当に奇跡的な出会いです。僕は以前から二人の事情を知っていましたが……想像もしていなかった。この二人が恋に落ちるとは。まさに、魂の半身、というやつですかね」


 ノヴァは静かに笑った。

 そして、庭の二人を見ながら呟く。


「大事な親友と、可愛い妹だ。できることなら、僕は二人に幸せになってもらいたい」


 俺たちは並んで窓の外を見た。


 歪な形の月が、淡く綺麗に光る。

 鈴のような虫の音が耳に響いた。

これにて第七章終了です。

明日からは最終章に入ります。


ご感想、ポイント評価をたくさんいただき、ありがとうございます。大変励みになっております。


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