笑顔を作った
パーソナルカードの先。
タイゲル家当主はダルそうな仕草でシャツの胸元を緩めた。
『指示は出しておいたぞ』
「ありがとうございます」
赤目病患者のうち、ノヴァの屋敷への避難を拒否した者も少なからずいる。
彼らを領外へ避難させるため、タイゲル家の息のかかった下級貴族が猪車を出していたのだ。また、避難先の町村への根回しもタイゲルさんにしてもらっている。
おかげで、現在領内に残っている赤目病患者は少ない。
事が動くのは今夜だ。
タイゲル家からは、予定を繰り上げて今日中に避難するよう指示を飛ばしてもらった。
けっこう無理言っちゃったよなぁ。
すみません、と謝ると、タイゲルさんはフンと鼻を鳴らす。
『馬鹿野郎。こういう時に使うために権力ってモンはあんだよ』
今回タイゲル家は、何の見返りも前提条件もなく動いてくれた。各種調整も大変だったと思うんだけど。
『いいか。権力ってのは──首に繋がれた、鎖だ。普段は好き勝手できねぇ。窮屈で身動きも取りづれぇ。厄介な代物だ……だが、そっから繋がるモンは、何かを大きく動かしてぇ時には頑丈な盾にもなるし、有効な武器にもなる』
確かに、状況によっては権力も必要だろう。今回もタイゲル家の力がなければここまでスムーズに事は運ばなかったと思う。
『てめぇも早く、技術相応の権力を持てよ』
「えー、嫌ですよ……。婚約も、本当に無効にしてくださいね?」
将来的に、俺の立場はクロムリード家の分家の下級貴族くらいに落ち着くんだろう。それで、レミリアと一緒にマザーメイラで目立たずのんびり暮らせればいい。
そう言うと、タイゲルさんは「てめぇが目立たずのんびりって何の冗談だよ」と笑った。そんなに笑うトコかなぁ。
今回協力してくれたのはタイゲル家だけじゃない。
マザーメイラのカノッサ神官長を通じて神殿が。ホーリーライアーの聖女アンジェラを通じて旧ダーラ教徒が。フェンリスヴォルフのクルス放送局の視聴者が。
みんなが避難を呼びかけ、猪車を出し、患者を運ぶのに協力してくれたんだ。
頑なに避難を拒む少数を除けば、大半の患者は今日中に領外への移動が完了することだろう。
残るは、ノヴァの屋敷の患者だけだ。
屋敷の庭に、俺とノヴァが並ぶ。
支度を整えたダイアナが勇ましい笑みを浮かべた。
「ダイアナ、最後に確認。向こうに着いたら外套の【ステルス】とブーツの【サイレント】のかけ忘れには注意してね」
「あぁ、分かってる。ココはまかせろ」
ダイアナには、俺の変形外套と天駆鉄靴を貸し出した。それぞれ姿と足音を消す隠密用機能があるから、ココの救出に役立つことだろう。
変形外套を【ロケット】に変形。
天駆鉄靴に【デュアルブースター】を展開。
青空に飛び立っていったダイアナを見上げて、ノヴァは眩しそうに目を細めた。晴れやかで、どこか吹っ切れたような顔だった。
「ノヴァ……どうしたの?」
「いや、なんでもないさ。こっちも準備を始めよう」
彼は腰に手を当てて背筋をシャンと伸ばした。
俺たちは揃って屋敷へと向かう。
ノヴァと別れて部屋に戻ると、通信が入った。
パーソナルカードを見る。
フェンリスヴォルフのレミリアだ。
『聞いたよ……今夜だって』
「うん。向こうの動きも急だったんだ」
レミリアはフードをキュッと掴んで顔を隠す。
彼女が顔を隠す理由も気になるけど。
どうも、まだだめ、なんだとか。
『ごめんね、異界封印の無効化方法、分からなくて』
「いや、防ぐ手がないって情報も、方針を決めるのに重要だったから。助かったよ」
都市結界で【異界封印】は防げない。
つまり、ノヴァの屋敷を対象に【異界封印】がかけられれば、避難してきた人たちは皆消えてしまう。
これは、患者を守る上での重要な前提だ。
防衛都市フェンリスヴォルフの開発は順調らしい。
いくつか残った課題を片付ければ、レミリアの都市開発も一旦終了だ。来年の春からは、マザーメイラで彼女と一緒に暮らせるようになるだろう。
「そのためにも、なんとかここを乗り切らなきゃ」
『うん……応援してる。お互い、がんばろうね』
レミリアとの通信を終える。
彼女は結界魔法の知識から、祭壇で発動されうる危険な魔法についてのパターン出しも行ってくれた。そのおかげで、様々な状況を想定して対応策を練ることができた。
今の状況に備えられたのだって、彼女のおかげだ。
レミリアだけではない。
今日まで色々な人が遠くから協力してくれた。
ホーリーライアーの聖女アンジェラ。
ダーラ教の文献を調べ、魔族の存在という切り口から赤目病についての新しい視点を提供してくれた。彼女の呼びかけで旧ダーラ教徒の協力も得られたし、赤目病の治療薬の糸口もつかめた。
マザーメイラの天使フローラ。
魔族遺跡の解析を積極的に行ってくれて、【異界封印】が領内広域をターゲットに発動される可能性をいち早く見つけてくれた。レミリアの魔法知識と合わせて、対応方針を立てるためのベースとなった。現在は魔族遺跡を暴走させず破壊する手順について研究してくれている。
そして、王都にいるミラ姉さん。
『リカルド、いま忙しい?』
「姉さん。どうかした?」
『頼まれてたマイクロユニットをいくつか試作したの。設計データとこれまでの実験結果を送るね』
マイクロユニット。
黒い悪夢に対処に使ったミリユニットをさらに小さくしたような作業機だ。
ミリユニットとマイクロユニットの大きさの比率は、例えば、全長1キロメートルの道と身長1メートルの子どもの比率と同じだ。肉眼では見えないほど小さい。
そして、このくらい小さなものになると、普通の素材ではユニットを作れない。だから、素材の選定を含めて姉さんに研究を依頼していたんだ。
『これを体内に入れるのは、ちょっと怖いわね』
「そこはノヴァに任せれば、安全に研究してくれるよ」
『あぁ、噂の切り裂き王子よね。死体集めの話がデタラメなのはリカルドに聞いて分かったけど……私、王族って正直あんまりいい印象持ってないのよ』
「例の豚王子?」
『そう。今もしつこく婚活の邪魔してくるの。おかげで今年も縁談がまとまらなかったわ……』
ミラ姉さんは憂鬱そうな顔で頬杖をつく。
第五王子とのゴタゴタも噂として広まっているから、縁談に対して貴族たちは皆尻込みしてるらしい。
「ノヴァはそういうのじゃないって。面白い人だよ」
『……リカルドの手にかかれば、大体みんな面白い人になっちゃうじゃない』
姉さんは疑わしそうな目で俺を見るけど、まぁ実際に話してみれば嫌な印象は持たないはずだ。
マイクロユニットが完成すれば、医薬品の体内輸送がかなり楽になる。ノヴァを中心に研究している赤目病の治療薬も、副作用を最低限に抑えて使うことができるだろう。
俺は姉さんとの通信を終える。
アルファとの最終確認。
どうやら、準備が整ったようだ。
領民が眠りにつき、虫の声だけが小さく響く深夜。
マクシモ領主館のある丘の頂上で、その儀式が始まろうとしていた。
丘の内部には巨大な魔族遺跡が眠っている。その遺跡は領内に50ほど存在する豊穣祭壇と魔法的に繋がっていた。今夜の大規模な儀式のために、昼間のうちに命力が充填されて魔法陣も淡く輝いている。
頂上にある祭壇の魔法陣。
その上に、豊穣の巫女であるココが膝をつく。
魔法陣の外周部分には、当主やスルバを始めとした12人の魔法使いが等間隔に立っている。それぞれ両手に儀式用の紐を持って、魔法陣の上に二重の六芒星を形作っていた。
ココの手足は鎖で地面に固定されている。簡単には抜け出せないだろう。鎖自体も遺跡の設備のひとつで、魔法的な処理がしてあるため破壊が困難だ。
偵察ユニットからの映像。
俺とノヴァは固唾を呑んで見守る。
『それでは、収穫の儀式を始める』
当主が口を開いた。
そして、魔法使いたちは呪文を唱え始める。
彼らが両手に持った紐。
それらが淡い光を放ち、魔法陣と共鳴する。
魔法陣の光が、生き物のように蠢き始める。
「ノヴァ、ダイアナは大丈夫?」
「あぁ、もう屋敷に向かってるらしい」
「そっか、良かった」
魔法陣の光が、中央のココに絡みつく。
ココの体が砕ける。
当主の顔に驚愕が走った。
触手魔道具と立体投影魔道具の残骸。
それらはココの身代わりの役目を終えて地面に転がる。
仮想一夜恋人。
マザーメイラで鬼族の英雄となったナーゲスが、かなり気合を入れて作った「理想の子とデートする魔道具」だ。そうと知っていても騙されるほど精巧なのだから、疑ってもいない者には見破れないだろう。
俺はノヴァの顔を見る。
「これで儀式は失敗……かな」
「いや待て。まだ光が収まっていないようだ」
映像に目を戻す。
魔法陣の光は、まるで怒りの感情を持っているかのように荒々しく蠢く。そして、恐怖を浮かべる12人の魔法使いに絡みついた。
魔法使いたちは紐から手を離すこともできず、光に飲み込まれる。
「ノヴァ。これはマズい……遺跡が起動するかも」
「くっ。これは予想が外れたね。人工衛星の映像も投影してくれるかい」
上空からの映像。
領内の豊穣祭壇が光を放ち、ドクドクと脈打つ。
そして、煙のような光が上空に上がっていき──。
現れたのは、巨大な光の模様。
領地すべてを覆うほどの大きな魔法陣だ。
魔法陣から光が広がる。
それは領内の土地を包み込んだ。
逃げる隙間など全くない。
特殊結界魔法【異界封印】が発動する。
対象は、光に包まれた土地全体だ。豊穣儀式で豊かに実っていた畑の作物が溶ける。赤い目をした家畜や野生動物が溶ける。
祭壇には既に息をしていない領主や魔法使いたちが倒れている。
俺はノヴァと顔を見合わせた。
『マスター。ダイアナさんがもうすぐ到着します』
アルファからの連絡だ。
ノヴァはこのあと病棟の様子を見に行くらしい。
俺は一人で屋敷の外へと向かった。
都市の入り口。
変形外套を【サブマリン】に変形させ、天駆鉄靴に【スクリュー】を展開したダイアナが、発着場へと到着した。
外套の腹にはココが入っているようだ。
ダイアナはココを両手で抱え、ザバッと水から上がる。腕の中のココは、ダイアナの首に抱きついて顔を赤くしていた。
「リカルド。儀式はどうだった」
「どうにも予想と違う結果だった。大規模な【異界封印】が発動して、魔法使いたちは命を落としたよ」
「そうか。だが、この屋敷までは、魔法は届かなかったんだろ?」
都市結界を見上げる。
ここは、マクシモ領沖10キロほどの海底。
夕刻あたりに屋敷周辺の土地ごと移動してきたんだ。
暗い海を大きな魚影が通り過ぎていった。
土地ごと海に逃げることで、今回の儀式の射程範囲からは外れることができた。だから、避難してきていた赤目病患者は全員無事だ。
ただ……。
結局、領主や長男は死んでしまったし、動物や農作物は異界に持って行かれてしまった。マクシモ家の背後関係が分からなくて踏み込めなかったけれど、結果だけを見れば、もう少し上手くできなかったかな。
「リカルド、そんな顔するんじゃねぇよ」
ダイアナはスタスタと近づいてくる。
そして、落ち込む俺の尻を蹴り上げた。
「痛いなぁ」
「馬鹿野郎。救えなかったモンを数えて落ち込んでたら、これまでのノヴァの立場がねぇだろうが」
ダイアナが指を指す先。
そこにあるのは、2つの大きな墓石。
実験動物や、亡くなった患者さんのもの。
「まぁ多少落ち込むのは仕方ねぇ。もっと上手く出来たんじゃねぇかって、後から後からいろいろ浮かんで来るんだろ」
「……うん」
「完璧な奴なんていねぇ。結果なんてわからねぇ。いつも最善の行動を取れるわけでもねぇ。だが、オレたちは出来る限り考えて動いて、大勢のやつを助けられたじゃねぇか」
病棟の方に数人の人影が見えた。
手伝いをしてくれた命力硬化症の子たちが、こちらへ手を振って走ってくる。その顔は笑顔だ。
ダイアナは口角を上げて俺を見る。
眩しい顔だな。
「今はただ、救えた数に胸を張れよ。少なくとも、一緒に頑張ってくれたあいつらの前では、お前はそうするべきだぜ」
そう言うと、ダイアナはココを抱えて去っていった。
俺はその背中を見ながら、頬をピシャリと叩いて笑顔を作った。





