強い娘だ
俺、ダイアナ、ノヴァの三人と護衛が二人。
雑談をしつつ、賑やかな夏の街を抜ける。マクシモ領の領都ゾルベノンでは、みんなが忙しなく働いていた。旬の農作物を求め、多くの商人が集まってきているようだ。
調査の結果分かったこと。
事件の中心には、まず間違いなく領主マクシモ家が関わっている。ノヴァが取り次いでくれたおかげで、面会の予定にうまく割り込むことができた。
女性みたいな格好のダイアナがボヤく。
「ったく窮屈なんだよなぁ……」
ノヴァの屋敷では好きな服装で完全にくつろいでたからねぇ。状況に応じて振る舞いを切り替えるのも大変そうだ。
領都の中心にある大きな丘。その周囲はぐるっと高い塀に囲まれている。中腹あたりにある大きな建物が領主館らしい。
ノヴァが眼鏡をずり上げながら説明する。
「当主はまだ王都から帰ってきてないから、今日話をするのは跡継ぎのスルバ兄上だ」
マクシモ家当主の公式な子は三人。
跡継ぎのスルバ、養子のノヴァ、巫女のココ。スルバはノヴァより4つほど年上らしい。
非公式な妾の子は多数いるが、皆すでに平民として家を出ていてあまり親交はないようだった。
「マクシモ家は古くからある魔法貴族だ。だからと言うわけじゃないけど、スルバ兄上は少々人を見下す傾向がある。身内が言うのもなんだけど、話していてあまり愉快な思いはしないと思うから、気をつけてくれ」
ノヴァの母親は、現当主の妹。
そのため、彼は王子として生まれた後、母親の生家マクシモ家が常に後ろ盾となって育てられてきた。成人した際、王位継承権を返上すると同時にマクシモ家の養子に入っている。現在の立場は、マクシモ家配下の下級貴族だ。
俺たちは待合室でしばらく待たされた。そして、ずいぶん日が傾いてきた頃、ようやく謁見室に通されたのだった。
跡継ぎのスルバは丸い腹をさすりながら現れた。
「ノヴァか。今日はなんだ」
「お久しぶりです、兄上。事前に手紙を送ったと思うけど、例の事件について兄上とも話しておきたくて」
「……私は忙しいんだ。穀潰しのお前とは違ってな」
寝癖のついた髪を気にもかけずに上座に歩いていく。顔にはヨダレ跡や目ヤニもついているから、先程まで寝ていたんだろう。
大きな尻をドカッと椅子に下ろす。
家事奴隷の少女から蒸しタオルを受け取ると、少女の尻を撫でながら顔を拭いた。彼女は不快そうに視線を反らしながら、使用済みのタオルを受け取って部屋を去っていった。
ちなみにスルバにも婚約者はいるが、成人前な上に遠い西の貴族なのだとか。現在は屋敷で数人の妾と爛れた暮らしをしている上、奴隷にも手を付けているらしい。
彼は面倒臭そうにノヴァを見る。
「それで、例の事件の話とはなんだ」
「調査したんだ。豊穣祭壇の地下で、集まった者が溶けるのを確認した。あれは古い結界魔法だ」
ノヴァはかいつまんで説明する。
集まった患者や動物たちが黒い液体になって地面に溶けたこと。それが、東の封印祭壇の【異界封印】の魔法現象と酷似していること。
「それがどうした」
「兄上の方で、領民を豊穣祭壇に近づけないようにすることは出来ないかな。赤目病に感染した患者さんたちは特に。僕の屋敷に送ってくれれば面倒は見るから」
「無理だ。各地で豊穣の儀式も終わったばかりで、周辺の農家も忙しいからな」
「猪車の移動に制限を──」
「無理だと言っている」
考える素振りすら見せない。なるほど、事前にノヴァが言っていた通りの性格だ。
「兄上。民が死ぬよ」
「そうだ。民が死ぬだけだろう」
スルバはつまらなそうにアクビをした。
ノヴァはため息をついて、首を横に振った。
「じゃあ、僕の権限の範囲内でやらせてもらうよ」
「勝手にやれ。協力は期待するな」
そう言いながら、横机のナッツを手に取りポリポリと食べ始める。ワインの瓶に口をつけ、窓の外を眺めた。他のことを考え始めたようだ。
ノヴァは肩をすくめて俺たちをチラリと見る。
そして、再びスルバへと話しかけた。
「そういえば、ココは元気?」
「ふん、相変わらずだ。持病で外出を控えさせているが……あれがどうかしたのか」
「いや、たまには姿を見たいと思ったんだ。春の儀式も落ち着いた頃だし。今は何をしてるんだい」
さぁな。
そう言うとスルバは席を立った。
結局、彼とは特に実のある話もできないまま、俺たちは領主館をあとにした。
それにしても、彼は同席する俺やダイアナになんの興味も示さなかったな。魔法を使えぬ者など奴隷と同じだ。そう考える者が、古い魔法貴族の家には特に多いらしい。
おかげで、仕込みは十分だ。
ノヴァの屋敷に戻る。
庭の世界樹の成長を確かめ、順に風呂に入ったあとは皆で簡単な夕食を囲んだ。
ダイアナが俺を見てソワソワしている。
「リカルド、あれで良かったのかよ」
「うん。各種ユニットも規定数を仕込んできた。ひとまずの目的は達成かな」
壁面に投影された画面のひとつ。
鎖に繋がれた巫女のココと、彼女を雑に蹴りとばす跡継ぎのスルバ。春の豊穣の儀式が終わった後から、彼女はずっとこのような扱いを受けているようだった。
偵察ユニットが音声を拾う。
『今日はノヴァが来た。あれは私を疑ってるな……異界封印の結界魔法にも気づいていた』
『ノヴァ兄上が……』
『最近は各上級貴族からの密偵の匂いもある。アイツもタイゲルの娘を連れてきていた。父上が王都から帰ったら急がなければ……あの方がお怒りなのだ……』
ペラペラとよく喋ってくれるものだ。
この事件にマクシモ家が深く関わっていることは、既に疑いようがない。ただ、彼らの話を聞くと、どうも背後に別者の影がチラついていた。
とにかく今は、被害を抑えつつ情報を集めなければ。
『それまでせいぜい生き残ることだ。じゃあな』
『あ……ま、まって……』
部屋を去ろうとするスルバ。
それをココが小さな声で引き止める。
『どうした。私は忙しいんだ』
『……水を』
『なんだ』
『水を……ください……』
『ククク。お願いの仕方がなってないなぁ』
スルバは嗜虐的な笑みを浮かべる。
監視記録では彼女が水を断たれて三日。限界なのだろう、力なく床に倒れ込んだ。
『お願いです。なんでもしますから……水を』
『へぇ、なんでもするのか。お前は、水を一杯飲むためだけに、なんでもしちまうんだな』
スルバは部屋の隅に向かう。
そして、水差しからコップに水を入れる。
ココの顔の前に、それを置いた。
ココはコップに手を伸ばす。
スルバはその手を踏みつける。
『今夜だ……』
『……はい』
『いつもの異界封印だ。分かっているな』
スルバは足を退け、部屋を去る。
ココはコップを持ち上げ、大急ぎで飲み干した。
彼女にとっては三日ぶりの水だ。
いつもの流れでは、このあと彼女は領主館のある丘の頂上で特殊結界魔法【異界封印】の舞を踊る。どうやらこの丘の内部は巨大な魔族遺跡になっているようなのだ。
彼女の発動した【異界封印】は、領内のどこかの豊穣祭壇で生き物を喰らう。祭壇に集まっていた赤目病患者や動物たちは、溶けて消えることになる。
異界封印の発動が確認されると、彼女には豪勢な食事が待っている。そしてまた、次の異界封印をするまで水と食事を断たれる。
大勢の命を奪っていると知っていてもなお、彼女に抵抗するすべはなかった。
ダイアナは映像を見ながら、拳を握って震える。
「なぁリカルド……今日、強引にでもココを誘拐してくれば良かったんじゃないか。お前ならできただろ」
「……落ち着いて。まずは彼女と話してみようよ」
マクシモ家配下の下級貴族の中には、結界魔法を使える者が数人いる。ココをあの場から救い出したとしても、別の者が選ばれて同じように扱われるだけだろう。それに、スルバの警戒レベルをこれ以上あげたくはなかった。
背後の「あの方」の手がかりが、今のところ全く掴めていないのだ。
「彼女の様子次第だけど、できるなら救い出すより協力してもらった方がいい」
ノヴァから聞いていたココの性格なら、きっと俺たちを手伝ってくれるはずだ。ダイアナを落ち着かせながら、俺は壁に投影される映像を見る。
救助ユニットがココに近づく。
作業腕を伸ばして彼女の足をつついた。
彼女は足元を見て、目を丸くした。
「さぁ、ここからはダイアナの仕事だ」
「……あぁ」
俺はダイアナにマイクを手渡す。
ダイアナは画面を見ながら口を開いた。
『こ、これは……』
「安心してくれ。これはエイルという魔道具。災害救助用の……まぁ、使い魔みたいなものだ。狭いところに入り込んだり、遠くから君に語りかけることができる」
ダイアナの声が救助ユニットから響く。
これは元々、何らかの災害で生き埋めになった人たちを救助するために作ったユニットだ。通信機能をはじめ、水や空気、食料、薬品を提供したり、簡単な怪我の治療も行える機能がついている。
汎用ユニットと協調して作業をすることも可能だ。
「そこに転がってる石をエイルに乗せてくれ」
『はい…………これでいいですか』
「あぁ、少し待ってくれ」
石が光り、パンに変わる。
このパンは北の都市ホーリーライアーで聖女アンジェラを中心に研究が進められたもので、以前のものより段違いに味が良くなっていた。
ココも一口食べて驚いた顔をしている。
『美味しい……でも、あなたは誰なのですか?』
「紹介が遅れたな。オレはノヴァの友人だ」
『兄上の……そうですか』
ココはホッとしたような顔をする。
「オレの名はダイ。君の騎士だ。必ず君を助け出す」
『ダイ……私の騎士』
ココは噛みしめるように呟く。
そして、ほんのり頬を赤らめた。
ダイアナも照れたように頬をかく。
そんな台本あったっけ、とノヴァを見る。
ノヴァはなんだかとても楽しそうに、ニヤニヤと笑ってダイアナを見ていた。これは後でからかわれるパターンだろう。
「これでもう、あいつの言うことを聞いて【異界封印】を続ける必要はない。個人的にはすぐにでも救い出したいところだ。ただ……他のやつが巫女になれば、また同じことの繰り返しだからな」
『そう、ですね』
「無理にとは言わない。すぐに助けてほしければ迎えに行く。だが……できるなら、ココにはしばらく巫女として、指示した通りの演技をしてもらいたい。辛いこともあると思うが、頼めるか?」
ココは目を閉じ、考える。
数秒。
彼女は口元を緩めた。
『……はい、やります』
見開いた目に炎が灯り、痩せこけた頬に生気が戻った。
強い娘だ。
ダイアナは口元を緩め、キラキラした目で画面を見つめた。





