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天才がいた

 現在、稼働中の世界樹(ユグドラシル)は5本だ。


 まず、標準仕様のMMシリーズ。

 最も大きいのはマザーメイラのYG-MM300で、その高さは300メートルに至る。並列演算処理性能も記憶容量も他の世界樹とは段違いだ。搭載された魔導人工知能は全世界樹のマザーとして全体を統括している。

 港町リビラーエのYG-MM100と王都クロムリード邸のYG-MM30は小規模だけれど、求められる計算リソースも少ないためまだまだ余裕があった。


 特殊仕様の世界樹は二本。

 聖教都市ホーリーライアーのYG-HL200は寒冷地仕様、防衛都市フェンリスヴォルフのYG-FW200は乾燥地仕様で、共に高さ200メートルだ。これもなかなかの性能を持っていて、それぞれ大都市を支える基盤となっている。 


 そんな世界樹(ユグドラシル)の演算リソースを用いても、魔族遺跡の解析には難航していた。


 どのような仮定を置いても、遺跡に刻まれた魔法陣だけで想定される機能を実現することは難しいという結論になってしまう。そもそも、あの遺跡の魔法陣面積では表現できる情報量に限界があるはずなのだ。


 もう数日間も立ち止まっている。

 頭を抱える俺のもとに、全裸のダイアナが現れた。


「おいリカルド、眉間にシワが寄ってるぜ」

「うーん……おかしいんだ。遺跡の機能を考えると、本来ならもっと大規模で複雑な魔法陣が必要なはずでさ」

「でも、現に遺跡は動いてるんだろ」

「そうなんだ。どこか前提がおかしいはずなんだよ」


 独特の記法はあるものの、魔法陣としての原理は魔道具のものとそう違いはないはず。悩んでいる俺の前に、ダイアナは大きな胸をブルンと揺らして座った。


「一度、気分転換でもしたらどうだ」

「でも……もう少しだと思うんだ」

「そういうのはさ、考えるのをやめたときにフッと浮かんでくるものじゃないのか」

「んー、どうだろうな……」

「ほれ、おっぱいでも見て気を楽にな」


 ダイアナの頭部にチョップを下す。

 その瞬間、パーソナルカードに着信が入った。


 表示される名前を見る。

 フローラだ。

 俺は通話ボタンを押す。


『リー兄、元気?』

「フローラ。どうかした?」

『うん。ちょっと気づいたことがあってね』


 フローラは小首をかしげて笑う。

 あぁ、俺の天使は可愛いなぁ。

 行き詰まっていた気持ちがスッと晴れた。



 彼女はゴソゴソとカメラをセッティングする。


 部屋には看板が立っていた。

 フローラのじっけん室、と書かれている。


 思わず頬が緩む。

 そこにクマタンが魔道具を持って現れた。


 フローラとクマタンが並んでお辞儀をした。

 可愛い。

 気持ちがほんわかする。

 俺は満たされた。


『さて、リー兄に問題。これなーんだ』


 フローラがクマタンの持ってきた魔道具を指す。

 んー、ちょっと独特な形だけど。


「光源の魔道具、だよね」

『おぉ、さすがリー兄。()()正解!』


 半分?

 俺は映像をよく見てみる。


 魔法現象の発動部が垂直に立てられているけど、全体的な構造はシンプルなものだ。魔力変換部にも特異な部分は見当たらない。間違いなく光の魔道具だと思うんだけど。


 俺は疑問に思いながらフローラを見た。

 鼻歌を歌いながら圧縮魔水晶をセットする。

 なんて可愛い仕草なんだろう。


『よーし、試作立体魔法陣プロトキュービックサーキッド、起動』


 フローラが起動部に命力を込める。

 魔法陣に魔力が流れる。


 魔道具の発動部。

 予想通り、光を放っている。

 だが同時に、ブーンという音が聞こえる。


 発動部は光りながら振動していた。

 おかしい。あの魔法陣で振動が起きるはずがない。


『実験成功。リー兄、分かったかな』

「いや……分からない。どうして振動してるんだろ。種明かししてくれる?」

『へへ、仕方ないなぁ』


 フローラはクマタンに指示を出す。

 クマタンは魔道具を90度回転させた。

 俺は目を凝らして発動部の形を見る。


「……あ」

『気づいた? 前から見ると光の魔法陣。横から見ると振動の魔法陣。立体的な魔法陣を作るとね、どっちも同時に発動するの』

「え……えぇぇぇ」


 そんなの、試したこともなかった。

 魔法陣はてっきり平面的なものとばかり。


 あ、そうか。

 魔族遺跡の魔法陣もつまりは……。


『やったー、リー兄がビックリしてる!』

「うん……これは驚いた」

『そんな顔見たの初めて。やっと目標達成だよ』

「目標?」

『うん。一度でいいからリー兄を驚愕させてみたかったの。グー兄やミラ姉はよく驚いてくれるけどさ。リー兄は感心したり褒めてくれたりするだけで、そんな風に口を開けて驚いてはくれないでしょ?』


 フローラは満面の笑みで俺を見る。

 俺はまだ衝撃から立ち直れず、固まっていた。


『魔族遺跡の魔法陣も、立体データからもう一度洗い直してみるといいと思うよ』

「そうだね……これなら、今まで分からなかった情報量不足にも十分説明が付きそうだ」

『このあとレミ姉にも教えてあげるんだ。黒い悪夢の迎撃システムもこれで効率化できるでしょ?』

「すごい……本当にすごいよ」


 天才がいた。しかも天使だ。

 俺は頭の中でフローラを神輿に乗せてワッショイワッショイと持ち上げた。


『ところで、ダイアナさんはなんで全裸なの?』

「暇なんじゃないかな」

『ふーん。よくわかんないや』


 俺はフローラにお礼を言って通話を切った。

 ダイアナは全裸のまま首を傾げていた。

 あまり理解できなかったようだ。




 数日が過ぎ、春も終わりが近づいてきた。

 改めて魔族遺跡の解析をしながら、俺とダイアナは一つの屋敷へと向かっていた。

 今回は御者と護衛の二人は連れてきていない。


 マクシモ領都から、海沿いを歩いて半日ほどの距離にある大きな屋敷。正面の門では、げっそりした顔の門番が俺たちを出迎えた。


「第六王子はご在宅か」

「……はい。あなた様は」

「タイゲル家のダイアナ。王子の婚約者だ」


 偵察によって判明した事実。

 今回の事件に対処するには「死体集め」「切り裂き王子」と呼ばれる彼の協力が必要になる。



 ほどなくして、屋敷へと案内される。

 庭には様々な植物が植えられていて、中には幻覚作用のある危ない草も確認できた。


 正面玄関からホールに入る。

 奥の扉が開き、人影がのそりと現れた。


 ボサボサの茶髪。瓶底のような眼鏡。猫背の痩せこけた体に、白い神官服を羽織っている。


「……久しぶり、ダイアナ」

「ノヴァ。相変わらず不健康そうだな」

「お前はまた胸がひと回り育ったんじゃないか」

「揉むか?」

「冗談。誰が男の胸なんか揉むか」


 軽口を言い合いながら仲良さげに肩を叩きあう二人。事前に聞いていた噂とは違って、第六王子は危険そうな雰囲気など微塵も感じさせなかった。

 ダイアナより五つ年上。柔らかく笑う青年だ。


「君がリカルドくんだね」

「はい、ノヴァ王子」

「ノヴァでいい。ぜひ君と話をしたかった」


 俺たちは彼に案内されるまま屋敷の中へと入った。

 ダイアナはこれまでにないほど楽しそうな顔をしていた。

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