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何かわかるといいんだけど

 海沿いの都市、マクシモ領都ゾルベノン。

 王国の南端にして最大の貿易港を持つ都市だ。


 俺とダイアナがその都市に着いたのは、春も下旬のことだった。これからトウモロコシが美味しくなる時期ということもあり、街は活気にあふれている。


 宿に到着する。

 風呂に入り、夕食をとる。

 ラフな格好で過ごす。


 他愛もない話や事件の話をあれこれと話していると、夕暮れに下級貴族が面会に来た。だいたいいつも通りの流れだ。


「お初にお目にかかります、お嬢様」

「楽にしろ。それで状況は?」


 宿に泊まるたび、違う貴族たちが報告を持ってくる。

 どうやら多くの下級貴族がタイゲル家の手の者として動いているようだ。これほど手広くやっているとは思わなかったけど、南地方はフェニキス家の支配領域なのでこれでもかなり動きづらい方なのだとか。


「ガルガン殿だったか。少しまとめさせてくれ」


 情報もずいぶん集まってきた。

 ダイアナは白い紙にペンを走らせる。

 俺はダイアナの後ろからその様子を見る。


「まず初めて奇病が確認されたのが」

「去年の秋になります。秋祭りが終わってすぐの頃だったので、よく覚えていますよ」


 なるほど。

 東で黒い悪夢の件が落ち着いて、しばらくした頃かな。俺がレミリアとのんびりしている裏で、何やら事が動いていたらしい。


 ガルガン家の当主は脂ぎった顔で、ダイアナの胸のあたりをチラチラと見ている。ハンカチで目元をおさえたりして誤魔化しているが、残念ながら俺から見てもバレバレだった。


「奇病の症状をもう一度」

「はい。発症者は、魔物のように目が赤く光ります。そして高熱が出て、風邪のような症状が続きます。しばらくすると治ったように見えるのですが……深夜に街を徘徊するようになるのだとか」

「徘徊、ね。深夜だけか」

「はい。昼間は普通に過ごしていますが、夜になると無意識に歩き回るようです」


 ガルガンさんはダイアナの太ももに向かって答える。


 それにしても、深夜だけ症状の出る病気か。目を光らせて歩く人々や動物たち。その光景を頭に思い描く。

 一体どんな原因で発生する病気なのだろう。


「だんだんと、昼間も変になっていきました。そして、皆フラフラと豊穣祭壇へ集まっていきます。話しかけても乱暴に振り払うばかり。まるでそう……別人が体を動かしているかのようだ」


 ガルガンさんは上下に目を動かす。

 ダイアナの体のラインを舐め回すような視線だ。


 別人が体を動かす、か。

 一瞬、魔法人格のことが頭をよぎる。

 まさかね。


「ある朝、集まっていた者たちが忽然と姿を消しました」

「ふむ。その瞬間を見た者は?」

「いません。調査隊の者たちも消えました。家畜や野生動物たちも同様に」


 ダイアナは考え込みながら足を組み替える。

 ガルガンさんの視線がそれを追う。


「ったく、気持ち悪い……」

「本当に変な事件ですな」


 ダイアナが俺を振り返る。

 よっぽど気持ちの悪い視線だったのだろう。

 俺は彼女に苦笑いで答えた。


 他の貴族たちからも同様の報告が上がっていた。

 この半年をかけて既にかなりの数の領民が消えていて、領主による情報封鎖もさすがに綻び始めている。そりゃあ、他の町で暮らしている親戚と突然連絡が取れなくなったら、誰だっておかしいと思うだろう。

 幸い大きな混乱までには至っていないけれど、領民が騒ぎ出すのも時間の問題と言えた。


「そうだ、ダイアナ嬢」

「なんだ」


 ガルガンさんが立ち上がると、ダイアナは緩やかに胸元を隠した。彼は残念そうに肩を落とした。


「切り裂き王子にお気をつけを」

「……彼がどうしたと言うのだ」

「例の死体集めの趣味が激化しているとか。事件の発生時期とも被りますので、何か関係しているかと思われます」


 第六王子。

 中級貴族マクシモ家当主の妹が、国王へ嫁いで産んだ王子だ。歳は18歳で、ここマクシモ領に屋敷を構えて暮らしているらしい。

 社交界でのあだ名は、死体集めの切り裂き王子。かつてミラ姉さんに襲いかかった第五王子(豚王子)と双璧をなす不人気っぷりだ。


「怪しい噂を耳にします。皆気味悪がって近づきませんが、ダイアナ嬢もどうかお気をつけください」

「言いたいことは分かった。だが、どこに耳があるか分からんぞ。不確かなことも多いのであろう。王族に絡むことで滅多なことは口にするなよ」

「……御意」


 成人して継承権を放棄した今、王子の身分は下級貴族ではある。だが、それでも王子は王子だ。中級貴族並には影響力を残しているのだとか。


「ではガルガン殿。引き続き情報収集を頼んだ」

「承知しました」


 ダイアナは立ち上がり、胸をブルンと揺らす。

 ガルガンさんの目は釘付けだ。


「そうだな。例の発注の他にも、有用な情報があればご褒美をやろう」

「ご、ご褒美……」

「励めよ。父にも話は通しておく」

「乳に話を……は、励みます。必ずやお役に立つ情報を集めてまいりますので、楽しみになさって下され」


 ガルガンさんはダイアナの尻を舐めるようにガン見したあとその場を去っていった。

 お疲れ様、とダイアナに言うと、あの手のは扱いやすいな、と慣れた様子だった。



 翌朝。

 起きてすぐ、アルファから『見せたいものがある』という連絡が入った。


 魔導書(グリモワール)を開く。

 ダイアナも俺の後ろから覗き込む。


『先日訪れた祭壇の地下室。昨晩の様子です』


 偵察ユニットが撮影した映像。

 その地下には大勢の領民や動物が呆けた表情で佇んでいた。その顔には生気がなく、操り人形のようにも見える。魔物のように赤い目を光らせていた。


 地下室の天井が光を放った。

 集まっていた民や動物。

 それらが黒く変色してゆく。


 そのまま、ドロリと溶けて液体になった。

 黒い液体は地面に吸収され、跡形もなく消える。


 何も残らなかった。

 まるではじめから空っぽだったかのように、広い地下空間だけが画面に映っている。


「リカルド……なんだよこれ」

「たぶん、特殊結界魔法【異界封印】」

『私も同じ見解です』

「……どういうことだ」


 俺はダイアナに説明する。

 東の地方での黒い悪夢への対処のこと。その時、レミリアが祭壇で黒いバッタを封印したこと。今回のこれが、全く同じ現象に見えること。

 あれも、魔族の祭壇でなければ発動しない魔法だった。


「お前の婚約者は──」

「え?」

「いや、何でもない。だが、しばらく顔を見れてないんだろ。フードで隠してるって……。少しだけ気にかかって、な」


 どうだろう。

 何かあれば俺に相談してくるはずだし、そのあたりはレミリアを信じている。考えすぎだと思うけどな。


 とにかく、今は偵察を続けながら、遺跡の魔法陣を解析していこう。

 何かわかるといいんだけど。

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