継いじゃったんだね
猪車に揺られること15日ほど。
フェニキス地方の大穀倉地帯を抜け、俺とダイアナは目的地のマクシモ領へとたどり着いた。今回はクロムリード領の紋付きの猪車で行ったため、関所町で足止めを食らうこともなくスムーズな旅だった。
「ダイアナって、やんちゃ坊主みたいだよね」
「あはは。いやぁ、戦いってのは血が騒ぐな!」
彼女はご機嫌な様子で剣の手入れをする。
魔物との戦闘は何度もあった。
ダイアナが護衛を無視して魔物に突進していった時には肝を冷やしたけど、何度も繰り返すうちにみんな慣れてしまった。今ではすっかり切り込み隊長だ。
川を渡る。
街道を進む。
しばらくのんびり行くと、目の前にあたり一面のトウモロコシ畑が現れた。
ここマクシモ領は、質の高い農作物で有名だ。
南のフェニキス地方を空の上から眺めると、細長い半島の形をしている。王都に近い北側は山も多いのだけど、南に行くにつれて平地が多くなってきて、最南端のマクシモ領には大規模な農地が広がっていた。
領外への輸送は主に海運に頼っているから、大きな都市は海沿いに作られていることが多い。内陸にはさほど大きくない町や村が点在している程度だ。
「リカルド、見ろよ。なんか騒がしいぞ」
ダイアナの指す方向を見ると、確かに大勢が集まっているのが見える。祭かなにかだろうか。
南の地方に住むのは各種族の中でも大柄な者たちが多い。身長3メートルに届こうかという巨人族や象獣族、巨竜族などが集団の中に多く見られる。甲殻族たちがいたらいじけてしまいそうだ。
彼らの中心には古い祭壇。
東の封印祭壇にも似た、ピラミッド型の魔族遺跡だ。
祭壇の上には少女が一人座っている。その衣装は、レミリアが着た巫女服とはデザインが異なる。祭壇の外壁に刻まれた魔法陣も、封印祭壇とは明らかに別のものだ。
あれが噂の魔族遺跡かな……?
「だろうな。もう少し近づいてみようぜ」
猪車を降りて近づく。
人々は立ったまま少女に祈りを捧げている。
俺たちは少女の顔が見える距離まできた。
「リカルド、まずい……」
「ダイアナ?」
ダイアナがブルッと震える。
豪気な彼女のこの反応。
もしや、なにか危険な儀式か。
少女が祭壇で舞を踊る。
魔法陣がぼんやりと光った。
「おい、やべぇぞ……」
そう言いながら、ダイアナは固まる。
儀式を止めたほうがいいのか。
それともこの場を離れたほうがいいのか。
ダイアナの肩を揺するが反応がない。
次の瞬間、足元の地面が光った。
祭壇を中心に、かなり広範囲だ。
「ダイアナ、これは一体」
「かわいい……」
「は?」
地面の発光が終わった。
人々が歓声を上げた。
俺はダイアナの顔を覗き込んだ。
「ダイアナ」
「あの巫女、まじ可憐。キュートすぎんだろ、おい」
俺は彼女を揺らす手を止めた。
あたりを見渡すと、みんなが興奮した様子で肩を抱き合っている。俺は近くにいたおじさんを捕まえて聞いてみた。
「坊主はよそから来たのか」
「はい。今のは何の儀式なんですか?」
「豊穣の儀式さ、すごかったろう。あの遺跡はこの領に古くから伝わる豊穣祭壇。その上にいた子は、マクシモ家から来た豊穣の巫女だ」
「豊穣の巫女……」
「これでこの近辺の大地は元気になったのさ」
聞けば、この魔族遺跡で巫女が舞を踊ると、痩せた状態の土地が栄養満点のいい土に変わるのだとか。このマクシモ領には同じ豊穣祭壇が50ほどあって、それぞれ祭壇の周辺では美味しい農作物や牧草が育てられている。
その味は、他の領のものとは一線を画す。マクシモ領ブランドと言えば、国内外に知らぬ人のいない高級食材だ。クロムリード領も味では負けていないと思うけど、歴史もネームバリューもあるブランド品とはそもそも戦う土俵が違う。
俺は天駆鉄靴を起動した。
遺跡のデータ収集のため偵察ユニットを作成する。
「ダイアナ、行くよ」
「……おう」
呆けているダイアナを引きずり、猪車へと戻った。
今日はもう少し先まで進まないと。
宿場町で部屋を取る。
防犯も兼ねて、俺とダイアナは相部屋だ。もちろん俺の年齢的に間違いなど起きようもないけど、それにしても気にせず全裸になるのはどうかと思う。
「一緒に風呂入ろうぜ」
「嫌だよ。レミリアに変な誤解されたくないし」
「ちぇ、可愛くねぇ回答」
部屋付きの風呂場で順番に汗を流し、冷たいお茶を飲んで一息つく。ダイアナは足を組んで机の上にのせる。
「お前の技術を生で見たけど、話で聞いてたよりすげぇな。そりゃ親父も……」
「……親父も?」
ニヤリ、と笑うダイアナ。
まぁそれはいいとして、遺跡の解析にはまだ時間がかかるようだし、事前に集めていた情報をもう一度整理してみようか。
俺はぐっと背伸びをしてダイアナを見る。
「そういえば例の巫女だけど」
「あぁ、ココちゃんって名前らしい。オレやミラと同じ13歳だってさ。可愛いよな……あの桜色の髪はどんな香りなんだろう。柑橘類が好きみたいだから、それ系の香水でもつけてるのかな。花はパンジーが好きだってさ。可愛らしいなぁ。この世にあんな完璧な美少女がいたなんて」
「……情報収集能力、高いね」
「だろ? 可愛い女の子、サイコー」
「父親のダメなところを継いじゃったんだね」
情報屋との繋がりも色々あるんだろうけどさ。
これだけ聞くとただのストーカーだ。
「真面目な話、例の件に巫女は噛んでると思う?」
「……まだ情報不足だな。ただ、事件が起きた順番と、巫女の儀式の順番がほぼ一致しているのは事実だ。偶然にしては出来すぎだから、何かあるんだろう」
「巫女にも偵察ユニットをつけたから、少し待とうか」
話をしていると、部屋に夕食が届く。
この宿は料理人も一流。上級貴族御用達らしい。
腹も満たされて落ち着いてきた頃、来客があった。
この宿場町を取り仕切る下級貴族、アメリゴ家のご当主だ。なんでもタイゲル家には大恩があるとかで、今回の調査にあたって協力してくれているらしいのだ。
「やあやあ、ダイアナ嬢。以前あった時よりも女っぷりが上がっておりますな。お父様にも、例の支援の件よろしくとお伝えくだされ。えっと、君は……」
「クロムリード家の次男、リカルドです」
アメリゴさんは俺に軽く会釈をする。
そして、ダイアナを見て話し始めた。
彼女はアメリゴさんが少し苦手だと言っていた。
さすがに表情は上手に隠しているけれど、その顔にいつもの奔放さはない。
「……それでダイアナ嬢、例の調査結果ですが」
「報告書は読んだ。にわかには信じられんが」
「我が家で結成した調査隊も姿を消しました。信じがたいかとは思いますが、事実です」
アメリゴさんは真剣な顔をする。
ダイアナの喉がゴクリと鳴る。
「豊穣祭壇は、人を喰います」
よく見ると、彼の手が震えている。
俺はダイアナと視線を交わしながら、このあとの調査のことを考えていた。





