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放っておこう

 旅の準備が終わる頃には、春も中旬になっていた。

 グロン兄さんとマール姉さんは16歳。あと一年すれば結婚式だ。準備も忙しいのだとか。

 ミラ姉さんは13歳。弟子のお嬢さんたちへの指導はひと通り落ち着いて、ボチボチ婚活を頑張るようだ。


 俺はパーソナルカードに映る妹の顔を見た。


「フローラも5歳か。早いもんだね」

『そうかな。いろいろあって長かった気がするけど』

「タルートと、それからタイゲル家の……」

『モニカちゃんね。二人とも2歳、元気だよ!』


 話にはよく聞いているけど、二人はまるで双子のように育っているのだとか。初顔合わせは来年の春、兄さんたちの結婚式のときになるだろうな。


『そういえばリー兄、これから南の魔族遺跡の調査に行くんでしょ?』

「うん、そうだけど」

『遺跡の解析データ送ってくれないかな』


 ほぅ。何か思いついた事でもあるんだろうか。


『レミ姉に封印祭壇の魔法陣データを送ってもらったんだけど、けっこう使えそうなんだ。ただ、サンプルが少なすぎて読み解けない部分が多いの……他の遺跡のデータがあれば、研究が進みそうなんだよ』

「そっか、分かった。じゃあフローラにも調査データを共有するようにしておくよ」


 フローラもすっかりお姉さんになったな。

 長らく会ってないから、来年の春が待ち遠しい。



 次いで、レミリアと通話をする。

 俺と彼女は共に9歳。二人とも今のところ社交界デビューはしていないけど、来年あたりには避けられないだろうな。


 通話に出た彼女は、珍しくフードで顔を隠していた。どうしたんだろう。いつも俺の前では気にせずさらけ出しているのに。

 彼女は、なんでもない、と首を横に振るばかりだ。


「レミリア、フェンリスヴォルフはどう?」

『うん……旧住民との折り合いがなかなか付かなくて』

「そっか。大きな開発になるとなかなかね」


 冬の間はついに着工まで行かなかったらしい。

 クロムリード領でもリビラーエの港町との調整で色々あったように、こればかりはなかなかかスムーズに行くものではないだろう。


 それに、奴隷の所有禁止というルールはやはりネックになる。住民にとっては、資産を手放す話になるからだ。わかりやすく例えるなら、ポイントを節約してやっと購入したレジャー用小惑星をある日突然取り上げられるようなものだもんな。

 移住の条件にするならともかく、既に住んでいる方々に強制するのは無茶というもの。そう簡単に、首を縦には振らないよね。


「何か打ち手はあるの?」

『うん。マザーメイラみたいにやろうかなって』

「え?」

『古い町はそのままに、近くに新しい大都市を構築することにした。行政も住民サービスも全く別にして、あちらへの影響はないようにしようと思ってる』


 なるほど、それなら文句は出ないか。

 旧町は今まで通りやってもらって、新都市は自由に運営していけばいいもんな。


『ん。向こうからの要求を全て飲むとそうするしかない。おそらく問題はないはず』

「良かった、安心したよ」


 これで、春の間くらいには都市のベースは出来上がるんじゃないかな。レミリアの話だと、交渉が難航している裏で、既に町の外では地下の環境整備が済んでいるらしいし。


 砂漠用世界樹(ユグドラシル)の生育も問題ない。

 都市浄化装置(ウルザルブルン)も地下水脈を利用して構築済み。

 都市結界(アルフヘイム)についてだけ、起動範囲をイビルシールの古い町からずらす必要があるだろうけど。


『あと、リカルドと私の動画で勝手にひと儲けした……あのナントカ君って人、わかる?』

「あぁ、クルスね」

『うん。彼が民間の動画放送局を立ち上げた。フェンリスヴォルフに拠点を置きたいって。番組もいろいろ。独自の取材班が噂の真相に迫る番組とか、劇団を使った冒険ドラマや恋愛ドラマ、食いしん坊の獣族おじさんの食べ歩き番組とか……』

「へぇ、それは面白そうだね」


 彼は本格的に狩人を廃業して、こちらの道にどっぷり浸かることにしたのだとか。みんなを楽しませる番組をどんどん作っていってほしい。


『そういえば、グロンさんとマールさんの実話をもとにした恋愛ドラマが撮影中らしくて……脚本だけもらった。なんか恋のライバルとか出てきて、だいぶ盛った感じになってるけど』

「おぉ、それは兄さんの反応が楽しみだ」


 クルスは社長に収まって、ずいぶんと手広くやっているようだ。ジルフロスト家とクロムリード家の後ろ盾も得たらしく、身分を問わず彼の放送局のファンは多いのだとか。


世直し仮面(ジャスティス・マスク)も……連続特撮ドラマに』

「え、えぇぇぇ」


 爆発的なブームはある程度は落ち着いたけど、いまだに有名らしいからなぁ。正体については公然の秘密ってやつだ。



「そういえば、魔法人格については何か分かった?」

『……分からない。そもそも魔族についても、古い伝説の域を出ない。家の資料にも、作られた人格だ、とだけ』


 レミリアは少し沈んだような声を出す。

 俺は黙って彼女の言葉を待つ。


『魔法人格が魔族のものだとしたら……私は、魔族のように災厄をもたらすの?』

「んー、レミリアは災厄をもたらしたいの?」

『……ううん』

「じゃあ、気にすることないよ」


 どんなに強い力を持ってても、災厄をもたらす意志がないのなら大丈夫なんじゃないかなぁ。俺だって、やろうと思えば種族大虐殺みたいなことも可能だろうし。ただ、そんなことをする動機がないってだけで。


「もしそれでも、レミリアが災厄をもたらす者になってしまうのなら、一緒に逃げて二人で暮せばいいよ」

『……どこで?』

「誰もいない場所。人工衛星で見てみたら、むしろ未開発の土地のほうが圧倒的に多いんだよ。二人で過ごすなら、そう広くなくてもいいでしょ。いい無人島があるんだ。砂浜が綺麗でさ」

『……ばか。ありがと』


 レミリアはフードをぎゅっと掴む。

 顔は見えないけれど、その背筋はピンと伸びている。先程よりは気落ちしていないようだ。




 準備を整えて庭に出る。

 そこでは、タイゲル家のダイアナが、ミラ姉さんと戦闘訓練を行っていた。

 上級貴族の娘だ。その身に何かあったら、我が家としても困る。もちろん護衛もつけるんだけど、ダイアナ自身も身を守れて悪いことはないだろう。


 ダイアナが木剣で斬り込む。

 ミラ姉さんは素手で攻撃をそらすと、彼女を宙に放り投げる。背中から地面に叩きつけられると、彼女は苦しそうな息を漏らした。


「っくはぁ……ミラは強ぇなぁ」

「ダイアナもずいぶん動きが良くなったよ」


 ダイアナの強化外骨格(パワードスーツ)は軽鎧型だ。

 彼女は実はドレスのようなヒラヒラした服は好きではないようで、男のような服装で日常を過ごしている。髪が短くて肌も焼けているから、パッと見ると華奢な男の子のようだ。


「動きすぎた、あっちぃな」


 そう言うと、ダイアナは装備を脱ぎ捨てて全裸になった。大きな胸をブルンと解放し、濡れタオルで全身を拭く。あまりにも脱ぎっぷりが良すぎて、色気は皆無だ。


「少しは恥じらいを持ちなさいよ」

「えー、面倒くせぇよ。別に見られて減るもんじゃねぇし、そうそう襲われるほどタイゲル家の名は軽くねぇ」

「こっちが目のやり場に困るの。こんなメロンをボロンボロン出すもんじゃないわ」

「揉んでみるか?」

「バカ、やめなさいよ」


 二人とも、短期間でずいぶん仲良くなったもんだなぁ。俺は背負袋の中身を確認しながら、猪車の到着を待つ。ダイアナも服を着ると俺の横にやってきた。


「興奮したか、少年」

「そう見える?」

「……つまらんな。お姉様のサービスシーンだぞ」

「ダイアナって……父親そっくりだね」


 そう言うと、彼女はズーンと撃沈した。

 よし、放っておこう。


 父さんと姉さんに挨拶する。

 猪車1台に、御者と護衛は1名ずつ。二人とも我が家で働く元奴隷で、古くからの顔見知りだ。


「それじゃ、行ってくるよ」

「リカルド、気をつけてね」

「うん。姉さん、例の研究お願いね」

「任せといて。データは送るわ」


 俺はダイアナとともに猪車に乗ると、南に向けて出発したのだった。

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