安心して暮らせるような
タイゲル家の娘、ダイアナさん。
歳の頃はミラ姉さんと同じくらいだろう。ボーイッシュに切りそろえた短髪は父親と同じで真っ白。肌の色は母親の色を継いだのか健康的な濃い茶色だ。耳の形に少しだけ耳長人の要素が見える。
彼女は静かに座ってお茶を啜っている。
その横ではタイゲル家当主が足を大きく組み、家事奴隷が持ってきたお茶を片手でグビグビと飲んでいる。一般的に行儀の良くない格好だろうけど、彼の身分と人柄がそれを許しているようだ。
二人を眺めながら、俺もまたお茶にゆっくり口をつける。雰囲気も落ち着いた頃、改めてタイゲルさんが切り出した。
「リカルド、てめぇとは一度話がしたかった」
「はぁ。そうなんですか」
「率直に聞く。お前、転生者だろ」
転生者、か。
なるほど。
まぁ、そうだよな。色々な世界の者がここに転生してきているのだとしたら、その存在を国の上層部が知っているのはある意味当然と言えるだろう。
俺はお茶を啜りながら話を聞く。
「転生者には野心的なやつも少なくねぇ。まぁ、地位や能力が伴った上で、使いもんになる知識を持ってる奴はそうそういないがな」
「へぇ、そうなんですか」
「ただ稀に、国の運営を揺るがすほど明確な知識を持って生まれてくるのもいる。そういう奴らの首に鈴をつけて、下手なことを起こさせねえようにすんのも、俺たちの上級貴族の役目ってわけだ」
聞けば、ずいぶん前から俺の情報を集めていたらしい。
大抵の転生者は、幼少期から優秀な振る舞いをして周囲から神童などと呼ばれている。その噂をもとに、影の者たちが素行を調査して転生者かどうかを判断しているのだとか。
「ふーん、上級貴族って大変なんですね」
「なんで他人事なんだ。てめぇも転生者だろ」
「えー、でも野心なんてないですし」
「説得力ねぇよ。あんな大都市作りやがって」
まぁ確かに、各地の新しい都市については多少俺のわがままを入れさせてもらった自覚はある。
やっぱり生き物を殺して食べるのは忍びないから農業は細胞培養型にしたかった。奴隷制度は心苦しかったから生活ポイント配布で労働を任意化して、魔導家具の導入で奴隷がいなくても生活できるようにした。都市環境も可能な限り快適にしたかったし、いつでも誰でも学べる学校はあってしかるべきだと思うし。それら全てを支える命力生産設備や都市頭脳として世界樹も必須だったし……。
俺があれこれ考えている中、タイゲルさんは机をバシンと叩いて言葉を続ける。
「四王国をまとめてこの国を創立した初代国王も転生者だった。遡れば、旧タイゲル王国の創立者もな。理想や野心を持った転生者は多い……てめぇも、王になるつもりか」
「へ? いやいや、王様なんて嫌ですよ。大変なだけで面白味もへったくれもないじゃないですか」
私人として好きなことは許されず、常に公人としてプライベートでも一貫した行動が求められる。好きなことも簡単にはできないし、けっこう辛い立場だと思うんだけど。
俺だったら絶対そんな地位ごめんだ。
「だいたい、そんな面倒な地位、自ら好んでなりたい物好きなんているんですか」
「……けっこういると思うが」
そうかなぁ。まぁ、国を興したり奪ったりっていう歴史は脈々と続いてるから、そういう方々もいるんだろうけどね。
ただ、最終的な判断は別にしても、政治の仕事なんていうのはある程度人工知能に任せるのがいいと思う。
個別最適と全体最適は必ずしも一致しないから、あらゆるケースを人が責任を持って判断するのはすごく大変なことだ。常に何かしらの利害が対立する中、よほどの覚悟がないと、私情やしがらみを断ち切って正しい判断をし続けるのは難しい。その上、民を動かすための理も利も情も考えなきゃいけない。
父さんを見てても思うけど、人工知能導入以前の政治家は本当に大変な思いをしていたんだろうな。
「……王になりたくねぇってのは、まぁ百歩譲って分かったとしてもよ。てめぇ、既存の産業にも遠慮なく踏み込んでいってんだろ。どんな腹積もりだ」
「え、迷惑かけてましたかね。なるべくみんなが困らないよう、調整して遠慮しつつやってたんですけど」
例えば、大量の奴隷の職を奪うようなもの……筆記奴隷に代わる印刷機だったり、計算奴隷に代わる卓上計算機だったり、製紙職人奴隷に代わる紙生成機だったり。そういった影響の大きいものは世に出さず家庭内のみでしか使用していない。
俺としてはすごく遠慮してたんだけど。なんて説明すると、当主は額に手を当ててため息を吐いた。
「分かった……てめぇは危険だ」
「うーん。まぁ危険でしょうね」
「否定しねぇのか」
「少なからず新しい技術を生み出してますし……。持ってる思想がこの世界にそぐわないのも理解しています。人、環境、文化、産業への影響……どうやっても、どこかで弊害を生んでいるとは思いますから」
俺の今までの行動が、将来の悪い出来事に繋がっている可能性もある。だけど、神様じゃあるまいし、そんなことをすべて見越して行動することなんてできないから。今できるのは、考えうる限りの事態に準備しておくことだけだ。
それに──。
「リスクに備えるのもまた技術だと、私は思います。可能な限り手は打つつもりです。この先、私の他に技術力のある野心的な者が転生してこないとも限りませんしね」
これまでにも転生者らしき人に遭遇はしてきた。
その遭遇率を考えると、前世の記憶を保持している人は思いの外多いことが予想される。きっと、俺の前世より技術の進んだ世界もあるだろうし、他の発展の仕方をした世界もあるだろう。
そんな世界から野心を持った転生者が現れることも、今後あるかもしれない。
「未知の技術を駆使して、大勢を傷つける者が出てくるかもしれません。そんな時、多少なりとも対処出来る程度には、この世界の技術を進めておくべきだと考えています」
いつか来るかもしれない危機。
世界樹の寿命は、俺なんかよりずっと長いだろう。それをベースに、後世の人々が安心して暮らせるような仕掛けをしてから死んでいきたい。
旅の中で様々な方と接するにつれて、そんなことを思うようになった。
おそらく神殿の開祖は宗教面でそれをおこなった。
ならば俺は技術面で同じことをしよう。
「……その技術がもとで、戦争が起きたらどうする」
「戦争を止めてみせます。それも技術ですよ」
タイゲルさんは腕を組んで目を閉じる。娘のダイアナさんは興味深げに俺を見ていた。
沈黙の時間が流れる。
彼はカッと目を開いた。
猛獣のように歯を見せながらニヤリと笑う。
「リカルド。てめぇの評価はいったん保留だ」
「はぁ」
「そうだな……命令だ。南のフェニキス地方にある古代遺跡群。報告を聞くに、おそらく魔族のものだろうな。それの調査をしてこい」
調査……?
いったい何を調べろというのだろうか。
「秋頃からか。どうやら、遺跡の付近で大量の民が集団失踪しているらしい」
「失踪、ですか?」
「あぁ。上層部でも原因が掴みきれてねぇ。てめぇの技術を活かして、詳細を調べろ」
また厄介そうな命令だなぁ。
タイゲルさんは横に立つ娘さんに目を向ける。
「目付け役に娘のダイアナをつける。てめぇの言動全てが評価対象であると知れ。遺跡の調査結果とダイアナの評価によって、お前の有用性と危険性を見て処遇を決める」
処遇を決める、か。
まぁ、乗ってあげる義理はないんだけどね。
ただ、今回の事件について他の上級貴族も掴みきれてないのだとすると、何かしら成果を上げて他家の優位に立ちたい思惑があるのかもしれない。
タイゲル家の戦略的に重要なのであれば、アレを交渉する材料にしてもいいか。
俺は彼の目を見た。
「引き受ける代わりに、一つお願いがあります」
「……なんだ」
「私とモニカ嬢の婚約を無効にしていただきたい」
マザーメイラにいる、一歳のモニカ。
その娘との婚約さえなくなれば、晴れてレミリアを唯一の妻として受け入れられる。
彼は顎に手を置いて唸った。
「……結果次第で考えてやる。俺としては、お前の首に鎖を繋いでおきてぇ。俺を説き伏せられるだけの成果を持ってこい」
結果次第、か。玉虫色の回答だな。
まぁ、納得のいかない評定が下るようなら、今度こそレミリアを連れて逃げるだけだ。人工衛星で調べたんだけど、大陸から少し離れた場所に、いい無人島があるんだ。
俺は彼に頷きで答えた。
タイゲルさんは書類をめくる。
先ほどは急に思いついたような口調で話していたけれど、今回の調査命令は周到に用意された既定路線だったようだ。書類にはこれまでの調査結果が整理されてまとまっている。
彼はふと顔を上げた。
「そういやリカルド、魔法人格ってのを知ってるか」
「魔法使いの子供が、魔法知識を脳に転写する時に、元の人格を保護するために作成される別人格……でしたよね」
レミリアがまさにその魔法人格だ。
彼女のマスターは現在消えているそうだけど。
消えた人格を戻す方法はまだ模索中だが。
それがどうしたというのだろう。
「魔法は魔族の知識である……だよな」
「はい」
「ならば──」
タイゲルさんは険しい顔で俺を見る。
「ならば、魔法人格は魔族の人格ではないのか」
「……それは」
「下手をすれば、魔法使いたちは知らずのうちに魔族に操られているのかも知れない。魔族支配の暗黒時代の再来……までは考えすぎかもしれないが」
それは考えてなかった。
まぁ、レミリアが魔族の人格だったところで、俺にとって何か問題があるわけじゃないけど。それに、魔法人格が裏で何かを企んでいるようなことなんて、ないと思うんだけどなぁ。
「帝国に戦争準備の動きがある。どうやら、あちらさんの魔法使いが怪しい動きをしているようなんだが……まぁとにかく、南でも魔法貴族には気をつけることだ」
そう言うと、タイゲルさんは書類を揃え、荒々しく立ち上がって部屋を出ていった。娘のダイアナさんはこのまましばらく俺に同行するらしい。彼女の分の旅装も準備しなくちゃな。
今度は南か。
俺はダイアナさんを連れ、タイゲル邸を後にしたのだった。





