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もう見たくない

 変形外套(トランスコート)を【ロケット】に変形させ、天駆鉄靴(ヴィーザルブーツ)に【デュアルブースター】を展開すると、俺は飛んだ。


 西に向かい、砂風を切り裂く。

 グンと加速していくと、ほどなくしてピラミッド状の大きな魔法遺跡の上に少女の姿を見つけた。レミリアだ。ヒラヒラとした巫女衣装を着て、魔法陣の上に膝をついて座っている。


 アルファの声が耳の中に響く。


『【ブースター】解除。慣性飛行中』

「了解。変形外套(トランスコート)を【パラシュート】に切り替え」

『切り替えまで5秒……3、2、1』


 パラシュートが開くと、体が強く引かれる。

 降下しながら振り返れば、森のように生えた白い塔のそばでは、黒い悪夢の雲が蠢いているのが見えた。


 空からゆっくり降りる俺に、背後から声がかかる。


「……リカルド!」

「レミリア、状況は──」

「リリアから聞いてる。ありがと」

「これからもう少し削るから」

「……無理はしないでね」


 地面に降り立ち、変形外套(トランスコート)を元に戻す。

 前方に目を向ければ、白い塔の森からこちらに流れてくる黒いバッタが見えた。まばらだったそれらは、近づくに連れて次第に群れをなしていく。


 レミリアがいる祭壇は、どうやら古代の技術が使われているらしい。

 魔法使いに対して、魔法効果の増幅や命力補充、生命保護、意識確保まで行うようになっている。古い遺跡だから、魔法貴族も全容は把握しきれていないのだとか。


 パッと聞くと便利な技術に聞こえるが。


「これこそが、巫女が無事でいられない原因の一つだからな。レミリアをそんな目に合わせるわけにはいかない……」


 俺は戦闘手甲(ヤルングレイプ)を起動し、黒い悪夢向けの武装【ランチャー/ミサイル】を展開した。

 対魔捕食ユニット(グラトニーアント)を搭載した小型誘導弾(ミサイル)を左手で生成し、右手の射出装置でそれを発射することができる。

 俺の身の丈の何倍もある巨大な武装だ。


 さて、これでどこまで削れるか。

 本来なら祭壇のそばにも迎撃設備を建てたかったんだけど、この古の遺跡もまた地下深くまで続いているから無理だったんだ。影響も把握しきれないしね。


「アルファ。目標捕捉」

『誘導目標の最適化中……完了』

「撃て」


 全144発のミサイルが、それぞれ黒い悪夢の密度が濃い地点を目指して飛んでいく。それを確認しつつ、俺は次弾を生成する。


『目標到達。対魔捕食ユニット(グラトニーアント)散布を確認』

「了解。次弾の生成状況は」

『誘導弾生成完了まで5秒……3、2、1』


 焦る気持ちを抑え、息を止める。


「目標捕捉」

『誘導目標の最適化中……完了』

「次弾、撃て」


 可能な限り効率的に。

 俺はミサイル発射を繰り返した。


 黒いバッタは津波のように押し寄せてくる。

 ミサイルが到達した地点ではバッタが死滅してポッカリと空白地帯ができるが、間を置かずに次から次へとバッタの群れが現れるため、きりがない。


 数値としてはこれでも全体の2%程度だと言うのだから、笑えない。


『マスター、そろそろお下がりを』

「どれくらい削れた?」

『こちらに流れてきた個体のうち17.6%』


 そっか。

 けっこう削れたけど──


「もう少しだけ削る」

『これ以上はマスターが危険です』

「頼む、もう一度だけだから」


 手甲を構える。

 すると、頭上から俺を呼ぶ声が降ってくる。


 祭壇を見上げる。


「リカルド、もう下がって」

「レミリア……」

「大丈夫。信じて」


 レミリアと目が合う。

 彼女はコクリと頷いた。


『マスター、お下がりください』


 アルファの声が響く。

 前を向くと、黒いバッタの群れはかなり近いところまで近づいてきていた。確かに、思ったより危険な状態だったのだろう。


「ごめん、熱くなった」

『マスター……』

対魔捕食ユニット(グラトニーアント)地雷は?」

『最適タイミングまで30秒です』


 見上げれば、レミリアは微笑んでいた。


「リカルド、終わったら……」

「え?」

「ぜんぶ終わったら、一緒にお風呂に入ろ。私の耳、また触ってくれる?」

「もちろん」

「一緒にのんびりしよう。だから……ね」


 そうだ。

 ここで俺がバッタに喰われたら、本末転倒だ。


 俺はレミリアに軽く手を振って祭壇の後方まで下がる。


 すると次の瞬間。

 爆音が連続で響き渡った。振り返れば、大量の砂が空に舞っている。おそらく仕込んでいた地雷が爆発したのだろう。


「さっきと合わせて、どれだけ削れた?」

『白い森を抜けた個体の20%を倒しました』


 ん?

 なにやら違和感を感じる。報告の精度が粗い気がするけど、これは……。


「アルファ。少しサバ読んだろ」

『19.8%……ただの四捨五入です』


 言うようになったなぁ。

 発言に自分の意思を込められるのは、知能が高度化している証拠だ。きっと熱くなった俺のことを心配してくれたんだろう。


「……悪かった。次からはちゃんと言うことを聞くから、報告は正確にしてくれ」

『かしこまりました、マスター』


 祭壇の後方数百メートルの地点。俺は野営結界を張り、簡易拠点を作った。いつもの手順だ。その中で、状況を見ながら時が来るのを待つ。


 黒い悪夢と呼ばれるバッタ型魔物の群れは、大きな津波となって古の祭壇へと到達した。赤い目をギラリと光らせ、歯をギチギチと鳴らし、群れをなして巫女を喰らおうと襲いかかる。

 一方の魔神の巫女は、祭壇の助けを借りたドーム型の結界で自らを守っている。当然、大人しく食べられるわけがない。


 映像のレミリアが、巫女衣装を翻して踊る。

 その姿は、つい見惚れてしまうほど美しい。


 そしてその複雑な動きが、この祭壇でしか用いることのできない特殊魔法を編み上げてゆく。


「あれが特殊結界魔法【異界封印】か」

『そのようですね』


 レミリアの体が光る。すると、結界に群がっていた黒いバッタがドロッと溶けた。そしてそのまま、祭壇の壁へと吸い込まれていく。この魔法は、対象をここではない異界に封印するらしい。

 最初のバッタは封印できたが、ホッとしている暇はない。すぐに後続のバッタが来て、レミリアの結界へと群がっていくのだ。


 巫女が封印するよりも、バッタが押し寄せるほうが格段に早い。気がつけば、祭壇の周りはバッタでできた黒いドームが出来上がっていた。

 バッタは窮屈そうに蠢きながら、歯をギチギチと鳴らす。


「そろそろ全部集まった?」

『はい。確認できる個体は全て』


 レミリアが見ている光景は想像もしたくない。

 おそらくは外からの光があまり入らず薄暗い中、赤い目を獰猛に光らせたバッタの顔が視界を埋め尽くしていることだろう。粘度の高い唾液を垂らし、先を競って彼女を喰らおうと結界に突進してくる。

 聞こえるのは、バッタの羽音や歯をギチギチ鳴らす音。結界に頭をうちつける音と、バッタ同士の共喰いの音。延々とそれらが場を埋め尽くす。


「……早くなんとかしてあげないと」


 通常、この処理には30日程度かかる。

 その間、巫女は片時も休まずにバッタと対峙し続けるのだ。魔法をやめることも、眠ることも、餓死することもできない。祭壇の魔法陣がそれを許さない仕組みだ。


 結果、全てが終わったとき、巫女はガリガリに痩せこけ、人としての正常な精神を失っている。生きた屍として、残りの短い人生をイビルシールの町の特別保養施設で過ごすことになる。


『マスターのおかげで、発生したバッタ全体の98.2%は事前に処理できました』

「残ったバッタの対処にかかる時間は」

『マスター・レミリアのみで約12時間。マスターが外から割り込めば3時間ほどで済むかと』


 俺は拠点から出て、巨大な黒いドームを見上げた。


 変形外套(トランスコート)は【ウィング】に変形。

 戦闘手甲(ヤルングレイプ)に【デュアルガトリング】を展開。

 天駆鉄靴(ヴィーザルブーツ)に【デュアルブースター】を展開。

 強化外骨格(パワードスーツ)はモード【ベルセルク】に切替。


「俺の体は任せたよ」

『承知しています』

「多分吐いたりするけど気にしないでね」


 アルファに体の制御を頼み、俺は空へ飛び上がった。


 両手のガトリング砲で対魔捕食ユニット(グラトニーアント)弾を撃ち出せば、そのたびに黒いドームが外側から剥がれていく。

 飛びかかってくるバッタを避けながら、俺は飛び続け、撃ち続けた。


 1時間が過ぎても、黒いドームは多少縮んだ程度であった。アルファの試算がなければ絶望していたかもしれない。俺は吐きながら飛んだ。


 2時間が過ぎると、黒いドームはずいぶんと小さくなった。胃の中にはもう吐くものがない。俺は何度も意識を飛ばしながら撃った。


 そして3時間。やっと終わりが見えてきた頃に、手甲とブーツの命力が切れた。俺は地上に降り立つと、どうにか立ち上がる。


 フラフラする頭を押さえながら祭壇へ。

 石の階段を一歩一歩登ってゆく。


「レミリア?」

「リカルド……来ないで……」


 レミリアの声が聞こえた。

 俺は慌てて祭壇を駆け上がる。


 見ると、最後のバッタが溶けたところだった。

 同時に、祭壇の結界魔法が止まる。虫の羽音が消え、あたりは静寂に包まれた。無事に全ての虫を処理し終わったみたいだ。


「レミリア」

「ダメ、見ないで……」


 祭壇の上には、糞尿や吐瀉物が散らかっていた。巫女の服もすっかり汚れてしまっている。少し焦ってしまったけど、俺に見せたくなかったのはこれか。


 良かった。

 レミリアが無事で。


「……私、いますごく汚い」

「レミリア、気にすることないよ」

「リカルド……?」

「実は、俺もたいして変わらないんだ……」


 俺の服を見たレミリアが目を丸くする。いろいろと我慢できなくて、汚れ方はだいたい似たようなものだったのだ。


 俺たちは二人でその場にへたり込む。

 そろって乾いた笑い声をあげた。


 汚いね。

 臭いね。

 疲れたね。

 怖かったね。

 やっぱり臭いね。


 すごく緊張していたのに、終わったあとの会話なんてこんなものだ。なんだかすごく可笑しい。


「リカルド……早く帰ってお風呂に入ろ」

「うん。すぐそこに簡易拠点があるけど」

「……ん。そこで入っていく」


 俺たちはバッタの死骸を蹴り退かしながら、疲れ切った足取りで祭壇を降りた。


 バッタの顔はもう見たくない。

 そう言って笑いあった。

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