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鼓動が早まる

 俺は簡易拠点の汎用ユニット(ノルン)を砂に戻すと、目前に広がる光景を見た。


 黒いバッタの群れは、砂漠の向こうにその悪夢が迫る。

 対するは、俺が作った白い巨塔群(・・・)。その数、合わせて638本である。


 俺はこの塔を、60日ほどをかけて次々と建てていった。毎日毎日、狂ったようにひたすら作業に没頭したのだ。そしてこれこそが、黒い悪夢への対策の要だ。


 俺は塔を背に、町の方面へと走った。


「アルファ、システム起動確認」

『白塔No.1-638、試験起動。防風防砂結界、正常動作確認。対魔捕食ユニット放出試験中……終了。全機正常。大型圧縮魔水晶、中央垂直往復装置、共に確認中……終了。欠損ゼロ。魔法陣動作最終チェック、全て問題なし。命力補填率98%。システムオールグリーン。いつでも行けます』

「システム【白い森】、起動」


 一度立ち止まり、振り返る。

 すると、砂漠に広がる白い塔の森が、一斉に光を放ち始めていた。


『システム起動終了。全て正常です』

「よし。引き続き状況を注視」


 アルファの言葉を聞き、再び走り始める。

 俺は手のひらにじっとりと嫌な汗をかいていた。もしも上手くいかなかったら……嫌な想像が頭をよぎる。それを振り切るように、ひたすら前を向いて走った。



 予定地点で待機しながら、黒い悪夢の動向を聞き続ける。まずは、白い塔に仕込んだ結界魔法が、上手く働くかどうかだ。


『黒い悪夢、結界の有効射程に到達』

「群れの動きに変化は?」

『進路を変更。白い塔に向かっています』

「……よし」


 結界魔法【対魔誘界】。

 これは、都市結界に使っている魔物避けの結界とは逆の動きをするもので、結界の中心に向かって特定の魔物を集める動きをするのだ。今回はこれで黒い悪夢を引き寄せている。

 この結界魔法は中心からの距離が離れるごとに効果が薄れていく。だから、この魔法の有効射程を考慮して、適度な距離に複数の塔を立てる必要があったのだ。


 黒い悪夢は想定通りに進路をかえた。

 ひとまず第一段階はクリアだ。


「装置に異常は?」

『特に出ていません。正常です』


 魔法を魔道具で再現するのは困難だ。

 というのも単純な話で、魔法の働きは魔道具よりも遥かに複雑なんだ。決まった魔法陣に命力を込めるだけ、なんて簡単なものではない。

 呪文を歌い、手を踊らせ、魔力の働きを時系列に変化させていく。流れるように魔力の働きが変わり、絡み合い、編み上がってできるのが魔法というものである。

 だからこれまで、魔道具で再現できる魔法はごく一部のものに限られていた。


 だけど、白い塔はこれを再現できる。

 原理自体はシンプルだ。この塔は、複雑な魔法陣を500層ほど積み重ねて構築している。そして、その中心を大型の圧縮魔水晶が物理的に上下する。魔水晶の通過と同時に魔法陣が次々と起動し、塔先端の発動部での魔力の働きを変化させていく仕掛けだ。

 泥臭い方法になってしまったけれど、今のところこれに代わる魔法の実現手段は見つけられていない。


 目のレンズに地図を投影する。

 その映像は、宇宙空間に配置しておいた新型の人工衛星からはリアルタイムに届くものだ。黒い影が幾つもの塊に分裂して、最も近い白塔へと向かうのが分かる。


『第一波、白い塔に到達』

対魔捕食ユニット(グラトニーアント)は?」

『放出中……黒い悪夢の捕食を確認。問題なし。予測より速いです』


 対魔捕食ユニット(グラトニーアント)

 これは簡単に言ってしまえば、体長1ミリメートルほどの小さな人工魔虫である。


 作り方は簡単だ。普通の人工魔虫に、自分よりもひとまわり小さな人工魔虫を製造する機能を付与する。すると、親世代から子世代、孫世代になるにつれ、どんどんと生み出される虫が小さくなってゆく。

 そうして出来た末端の世代は、小さな人工生物としてターゲットの鼻や口から体内に侵入することが出来る。


 対魔捕食ユニット(グラトニーアント)は魔物を体内から喰い荒らす。そして喰いながら増殖し、風に乗って他の魔物に群がる。

 効果的だが、非常に危険なユニットである。


 白い塔の壁面には、この対魔捕食ユニット(グラトニーアント)を放出する機能をつけていた。


「異常動作するユニットはない?」

『今のところ確認できません』


 俺は走りながら額の脂汗を拭う。

 可能ならこれは使いたくない手段であった。


 前の世界にて、これは惑星地球化(テラフォーミング)に利用される「増殖型ミリユニット技術」というものであり、一般的な環境技術だった。しかし、その歴史は実は恐ろしいものである。

 過去に二度、暴走したミリユニットが無限に増殖を続け、目標外の生物を大量に死滅させる大災害を起こしたことがあるのだ。


 当時の教訓は有名だから、このユニット群ではちゃんと制御ネットワークを並列冗長化している。分裂可能数や限界寿命も短く設定しているから、おかしな個体が暴走するようなリスクは一応排除できてるはずだけど。


 失敗すれば星一つを滅ぼす技術。

 そんなものを使った理由は一つ。

 上手くやれば星一つだって滅ぼせるからだ。


「やつらには効いてる?」

『はい。塔の周りには死骸が蓄積。汎用ユニット(ノルン)が魔石回収と死骸の運搬をしています。概ね予定通りでしょう』


 大量の汎用ユニット(ノルン)は死滅確認や後処理も兼ねて死んだバッタを一箇所に集める。そして、死体から回収した魔石は新しいユニットの核に再利用される。


 築かれていく黒い山を見ながら、俺はひとまずの戦果に胸を撫で下ろした。

 このままうまく行くといいけど。そう思いながら、レミリアの待つ方向へと走っていった。



 しばらく行ったところで、耳の中にアルファの声が響く。


『マスター、報告です』

「どうした?」

『若干ですが、討ち漏らしが出ています』


 鼓動が早まる。


 もちろん、これ自体は想定していた。漏れなく対処できればよかったけど、どうしたって削りきれない魔物は出てきてしまうだろう。


 問題になってくるのは、その割合だ。


「白い森での捕捉率は?」

『97.7%……想定を下回っています』

「漏れは2.3%か。原因は?」

『マスター・レミリアの展開する広域の【対魔誘界】に引きずられた個体かと』


 そうか……。

 魔神の巫女は砂漠全域に向けて【対魔誘界】を展開する。これは、砂漠に発生した黒の悪夢を一手に引き受けるためだ。

 巫女の魔法は専用の魔法施設で強化されるため、非常に強力に魔物を引き寄せる。どうやら、その影響を低く見積もりすぎたらしい。


「レミリアが一人で魔物を処理する時間は?」

『この残数ですと、15時間ほどかかるかと』

「長過ぎる。もう少し削らないと」

『ですが、残った魔物の分布がまばらです』

「個別に撃破しても効率が出ないか」


 一箇所に固まっていれば、別の対処もあったんだけどな。まぁ、ないものをねだっても仕方ない。


「レミリアのもとに行こう」

『はい。それが良いと思います』


 魔物はレミリアに向かって集まってくる。

 なら、そこで待ち構えて削る。


 俺は方針を決め、彼女の方へと飛んだ。

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