どれだけ数を減らせるか
夏も下旬。
マザーメイラの妹から来た通信は、吉報から始まった。
『リー兄、赤ちゃん、ぶじに生まれたよー!』
「おぉ、どっちだった?」
『男の子! なまえはタルート』
母さんも悪いところはないようで、現在はゆっくりと休んでいるようだ。また弟のタルートは、よく泣きよく飲む元気な子で、体のサイズも大きめとのことだ。
フローラの弾んだ声が響く。
目のレンズに映る妹の顔は、最後に会った時より随分と成長したように感じる。背も高くなって、もう赤ちゃんではなく一端の少女だ。
パーソナルカードで一生懸命に弟を写そうとしているのが微笑ましい。
この世界では、前の世界よりも人々の成長が早いように感じるが、特にフローラは他の子と比較しても際立って優秀だと思う。クマタンの24時間体制の教育もあるとは思うけど。
もしかして転生者なのかと思い、聞いてみたことがある。
『んー、前世? たぶん、白いふくを着て、何かのけんきゅうをしてたと思うよ。あんまり思いだせないけど』
完全な転生者とは言えないまでも、生まれたときからいくつかのイメージが頭の中にあったのだという。
少し気になったので、旅で知り合った子供たちにそれとなく聞いてみた。結果、ハッキリとではないものの、断片的な記憶を持っている子は思いのほか多いようだ。
まぁ、成長につれて忘れてしまうことが大半のようだが……。
検証のしようはないけれど、そもそも、特定の誰かが転生者なのではなく、ほぼ全員が転生者なのだろう。
前の世界では単に思い出すのが困難なだけ。たまたまこの世界は精神層寄りの世界だから、何かしらの記憶を引き継げる……そうだと仮定したら、納得のいくことは多い。
『ねぇ、リー兄に相談なんだけど』
「ん? どうした」
『ター君にプレゼントをあげようかなって。リー兄にもらったみたいに、ぬいぐるみを作ろうと思うの』
「へぇ。いいんじゃないかな」
俺があげたクマタンは、すっかりフローラの親友になっている。先日フローラにも正式に魔導書を渡したんだけど、その人工知能はクマタンと同期している同一人格だ。
『機能はあるていど決めてるの。知能や会話や動力はもちろん、防犯用の緊急連絡機能とか戦闘機能、いざという時の結界や食糧変換なんかもできたほうがいいでしょ。だいたいクマタンと同じ機能を付けようと思って』
「うん。まだ赤ちゃんだから、子守唄や物語の読み聞かせなんかもできるといいね」
『そうだね! そこはクマタンのデータを流用しておくつもりだよー』
フローラは元気に答える。
いやぁ、吸収が早いなぁ。
クマタンが家庭教師としていろいろ教えているらしいけど、技術的な会話で言えばずいぶん俺たちについてこられるようになっていた。発想力で言えば俺なんかよりよほど柔軟だ。
最近は、変に教えたり与えたりするんじゃなくて、自分で考えてもらうようにしていた。その方がフローラも楽しそうだ。
俺がこの世界で一番改造してしまっているのは、何よりも妹のフローラなんじゃないかと最近思う。
「それで、相談って?」
『うん、何の動物がいいかなーって。クマさんだと私のとかぶるでしょ? ウサギさんとかでもいいけど、男の子だし。いい案がないかなぁって』
「そうだなぁ……男の子だと、可愛いものよりカッコいいものの方がいいかもしれないよ」
『カッコいいものかぁ……そうだなぁ、飛竜とかは?』
「確かにカッコいいね。でも飛竜にすると、飛ばないで地面をテクテク歩くのはちょっとカッコ悪いかも。歩行型の竜とかは──」
『飛べばいいの?』
「え?」
『んー、ちょっと考えてみる……』
フローラはぶつぶつと呟いて中空を見上げた。ほう、ぬいぐるみを飛ばすつもりか。ここは彼女の発想力に期待だ。どんなものが出来上がってくるのか、今から楽しみだ。
『そういえばリー兄は、今どこにいるの?』
「ん? あぁ、まだ砂漠だよ」
俺は撮影用ドローンを手動操作に切り替え、簡易拠点の外へと向ける。
見渡す限りの乾いた大地に砂風が吹き荒れる。遠くの方に微かにイビルシールの町が見えるが、他には何も存在していない。
『リー兄、ずぅーっと一人で砂漠にいるね』
「あはは、もう40日くらいになるかな」
『砂ばーっかり……つまらなそう』
「うん。何もないし、ご飯も不味いよ」
『水はどうしてるの?』
「地下水脈から汲んでるよ。コレのついでに」
そう言って、町とは反対側の窓をフローラに見せる。
そこにあったのは、地上から高さ200メートルほどにそびえ立っている白い塔だ。円柱状で、先端は鋭く尖っている。
実はこうして見えているのはごく一部である。砂の下では地中深くまで数キロに渡って根を張り、途中で分岐したり曲がったりしながら塔を支えていた。
全体を見ると……そうだな。まるで枝葉のない樹木のようだ。
『ねぇ、これが本当に世界樹と同じように命力を生み出すの?』
「うん。塔の先端の尖ったあたりに、木の葉の構造を再現した魔法陣が仕込んであるんだ。日光と空気と地下水を使って命力を生み出してる。効率は世界樹ほどじゃないけど、ひとまず今回の目的には足りるかな」
『へぇ。あ、そっか。砂漠じゃ木は育てにくいもんね』
命力を確保しないと、やっぱり大規模な開発は難しいからね。もとは人工衛星のエネルギー確保のための研究だったんだけど、命力生成の魔法陣を見つけ出しておいて本当によかった。魔法陣自体はまだまだ改良の余地はあるけど。
「ところで、ミラ姉さんはどう?」
『うん。護身術講座はせいきょうだって。いっかい竜族の武芸者をメタメタに放り投げてからは、本格的にそっちの人たちが弟子入りをきぼうし始めたっていってた。ミラ姉は女性しか受け入れてないらしいけど』
「そういえば、強化外骨格の簡易版を作ってるって聞いたな」
『うん、弟子のお姉さんたちと調整してるみたい。力の増幅よりも正しい動きのサポートの方に重きを置いてて、肌着程度の気軽に着れるものなんだって』
「婚活は?」
『さぁ?』
そんな風にフローラと雑談を続けた。最近はいろんな人が頻繁に連絡をくれるが、みんな俺を見る顔が心配そうだ。なんだか申し訳ないな……でも、孤独な砂漠の生活に耐えられているのは実際みんなのおかげだ。
それからさらに20日ほどが過ぎ、秋も始まってしばらくのことだった。
その日は風が強く、簡易拠点の結界に東から砂を叩きつけてきていた。この時期の風が、黒い悪夢を運ぶと聞いているけど……。
窓の外、白い塔の向こう側を見る。
すると、遠く東の空に、黒い雲のようなものが見えた。ザワザワと蠢き、風に乗ってこちらに向かってくるようだ。
ついに来たか。
あれが、黒い悪夢だろう。
『マスター、来ます』
「うん、目視できてる」
俺は目のレンズを望遠モードに切り替えて、黒い雲を拡大して見た。
それは虫だった。
体長は20センチメートルほど。赤い目、黒い体、長い足、広がった羽。口を左右に開閉して、共喰いをしながら風に乗って飛んでいる。
「バッタ型の魔物、か」
黒い雲状の塊、全てがバッタだ。
何もかもを喰い荒らす、黒い悪夢。植物も、建物も、生物も、何もかもだ。抵抗する力を持たない民にとっては、まさに絶望の象徴。年端も行かぬ少女を生贄に捧げてでも、なんとしてでも回避したい悪夢の災害である。
巫女の防衛が失敗すれば、建物も町民も全て欠片も残らず喰い尽くされるだろう。
レミリアはこれと対峙する。
その前に、どれだけ数を減らせるか。
俺は頬を叩いて気持ちを切り替えると、準備を始めた。





