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必ずなんとかしてみせる

 封印の町とも呼ばれるイビルシールは、ドラグル地方の最も東に位置する町だ。レミリアの抱える問題のうちの一つは、ここで解決する必要がある。


 到着したのは午前だったけれど、町はなんだか暗い雰囲気に包まれている。住民はみんな浮かない表情をしていて、口数も少ない。

 俺たちは宿を取って少しのんびりした後、人の多そうな酒場へと向かっていった。


「あぁ、よそから来たのか。時期が悪かったな」


 おじさんは赤い顔を渋く歪めながら、酒瓶を片手にため息をついた。

 酒場には昼間から酒を飲んでいる人が多いが、その割に楽しそうな様子でもない。俺とレミリアはカウンターに座ると、日替わり定食を待ちながら話を聞く。


「昨晩、魔神の巫女様が到着したんだ。どうやら、今年は黒い悪夢の年で確定らしいとよ。この町にはまた、たくさんの金が入るだろう。町民の懐も暖かくなるんだろうな……我が故郷ながら、糞みてぇな話だ」


 黒い悪夢。

 それは、とある魔物が町を襲う、いわば災害のようなものだ。

 そして魔神の巫女とは、その身を犠牲にして黒い悪夢を封印する役割を担う者。民を守るために必要な存在だ。生贄、と言い換えてもいいだろうか。


 この災害は5年から10年程度の頻度で発生する。その前触れとして、砂漠から押し寄せる魔物の群れが徐々に強力になってくるのだ。狩人協会でも、今年あたりが怪しいと噂になっていた。


「今回の巫女は……」

「あぁ。中級貴族ジルフロスト家の配下のお嬢さんだとよ。あんな若い娘の命を差し出して、俺たちは生き残るんだ」


 魔神の巫女は、東の中級貴族家が持ち回りで巫女を提供する。今回の担当はジルフロスト家──レミリアの生家であった。


「坊主たちもよ、ありゃあ見てて気分のいいもんではねぇ。商売目的でもねぇなら、夏の間には町を出た方がいい」

「ありがとう。でも、もうしばらくは滞在するつもりなんです」

「こんな時期でもなけりゃ、町の観光名所でも案内してやったんだがな。本当はいろいろあるんだ」


 話しながら、彼は酒瓶をグッと握る。


「北の庭園、砂漠の遺跡。美味い植物油が取れるからな、料理も自慢よ。ラクダ乗りだって、女装喜劇団だって……。また普通の時に来てくれよな。いい町なんだぜ」


 そう言うと、彼は再び酒瓶を傾け、高級そうな酒を不味そうに飲み込んだ。


 その後運ばれてきた酒場の日替わり定食は、なかなか美味しいものだった。

 なんでもここの料理長は獣族の間でも有名で、この地方でもピカイチの腕前なのだとか。味は良かったから、もうちょっと気分よく食事を取れたら良かったんだけど。



 重い腹を擦りながら、俺とレミリアは町の北側へと歩を進める。


 北にある大規模な庭園は、砂漠のそばとは思えないほどの美しかった。綺麗な花や木が植えられ、小さな池や川が作られている。数カ所に保養施設が建てられ、時おり明るい笑い声が聞こえてきた。


 俺たちは手を繋いで景色を楽しんだ。

 煉瓦でできた遊歩道には、あまり人がいない。


 レミリアはポツリと呟く。


「……一度、来ておきたかった」


 彼女の視線の先。池の辺りに綺麗な建物が立っていた。今は甲殻族の庭師が数名、せわしなくその周りを整備しているようだ。小高い場所にあるから、あそこからなら広い庭園を一望できるだろう。


「ねぇ、リカルド。もし、準備した策が上手く行かなかったら……私が終わってしまう時まで、あそこで一緒に暮らしてくれる?」


 俺は彼女の目を見て頷いた。

 そうならないように最善を尽くそう。


 改めてそう決意し、宿で最後の準備をしてからは、俺たちは何もしない時間を二人で過ごした。議論も実験も、本当に何もなし。食事さえ宿の人に持ってきてもらい、部屋のソファでくっつきながら食べた。


 そして、数日後。

 夕日に照らされて町の広場では、舞台上に立った町長が住民たちに説明をしていた。


 魔神の巫女のお披露目だ。


「今回の巫女様は、かの名門ジルフロスト家よりお越し頂いた。魔法使いルルシア・エヴァンス様だ」


 ジルフロスト家配下の下級貴族家より選ばれた、一人の少女が壇上に上がった。灰色の髪。長い耳。年齢はミラ姉さんと同じ12歳らしい。

 彼女は微笑みながら皆を見渡す。悲しげで、全てを諦めたような虚ろな笑みだ。


 巫女というのは生贄に近いものではあるが、誰にでもなれる類のものではない。


「本当は、私が巫女になるはずだった……巫女には結界魔法の適性が必要。生まれたときから才能を見出されていた私は、生贄の運命を背負っていた。命力不足で、魔法が使えない事がわかるまでは」


 レミリアは俺の手を握る。

 そして、静かにゆっくりと言葉を続ける。


「あのルルシアさんは、私の身代わり。姉さんとは親友だった。兄さんとは恋仲だったのに……」


 レミリアは右腕の魔法腕輪(ドラウプニル)を見つめる。そんな彼女を見て、俺はやりきれない気持ちを飲み込んだ。


「もしもこのまま儀式が行われれば。全てが終わったあと、彼女は廃人になる。ただ息をして、時おり狂ったように叫ぶだけの人形に。そして、ほどなくして死ぬ」


 だから、レミリアはマザーメイラを出た。

 ルルシアさんを救うため。自分の身代わりとして死なせないために。


「私は魔法を手にした。元の予定通りに私が巫女をすれば、ルルシアさんが死ぬことはない。誰が悲しむこともない。もし私が試練を乗り越えて、無事だったら……あらためて、リカルドに気持ちを伝えよう。そう思って、ここまで旅をしてきた」


 舞台上のルルシアさんは、その目に何も映さない。町の人たちも、そんな少女を気遣わしげに見ながら、何も出来ないでいる。


 レミリアはその絶望を全て背負い込むつもりだ。


「俺が命力増幅器なんてものを作らなければ」

「謝らないで……感謝してる」


 レミリアは首を横に振ると、俺に抱きついた。

 その体は微かに震えている。


「本当に嬉しかった……知識だけの役立たずと呼ばれてきた私が、初めて魔法を使うことができた。誰も知らなかったことを解き明かした。誰も作ったことのないものを作って、大きな都市まで作った。旅をして、いろんな人を助けて。魔法美少女なんて、笑っちゃうけれど……私なんかが誰かに感謝されるなんて、信じられない気持ちだった」


 彼女の腕に力がこもる。

 俺はその頭をそっと撫でる。


「リカルドが追いかけてきてくれて、お嫁さんにまでなった。夢かもしれないって疑ったけど、寝ても覚めても、ちゃんとリカルドがいた。私が消えたら悲しむ人がいるって分かった。だから、もう大丈夫」


 そう言って、レミリアはゆっくりと体を離した。


「私は簡単に死んだりしない……そんな顔しないで」


 彼女は俺の頬をムニュっと摘み、不器用に微笑んだ。


 必ずなんとかしてみせる。

 俺は再びレミリアを腕に収め、湧き上がる不安に蓋をして黙り込んだ。

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