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大変な一日だったんだろうなぁ

 ミラ姉さんから「レミリアに」と渡された袋には、改良型の圧縮魔水晶が入っていた。先日の鉄殻陸亀の素材もあったので、俺たちはそれらを材料に装備の大幅な作り直しを行った。


 俺の武器は戦闘手甲(ヤルングレイプ)

 既にボロボロになっていた手甲をベースに、素材や武器機能を見直した上で、聖者の腕輪の機能も追加して完成版とした。


 レミリアの武器は魔法腕輪(ドラウプニル)

 これにも手甲と同じような改良を加え、形を腕輪に変えて最終形になった。両腕に着けることで、別々の魔法を扱うことも可能になったらしい。


 それから、天駆鉄靴(ヴィーザルブーツ)は二人分を用意することにした。今後は二人で空中を飛び回りながらの戦闘が可能だ。


「……けっこう、とんでもない装備」

「安全には変えられないからね」


 武器以外にも、これまでのデータから強化外骨格(パワードスーツ)変形外套(トランスコート)生体入出力装置サイバーインタフェースは二人そろって最新版にしている。


 そんな風に準備を整えて、俺たちは町を発った。


 リオちゃんやクルスを始め、町で知り合った人たちは賑やかに見送ってくれた。改めて考えると、のんびりした良い町だったな。


「装備、お揃い……だね」


 そう言って微笑むレミリアの手を握り、北へ向かって街道を走る。


 俺たちが追い越した猪車では、御者のおじさんが目を見開いてこちらを二度見していた。何をそんなに驚いているんだろう。手を繋いだ子供が二人、のんびりと走ってるだけだと思うけど。


「レミリア、見えてきたよ。次の町だ」

「……お昼だし、休憩する?」

「疲れてたら休んでもいいけど」

「ん。それは大丈夫」


 特に急いでいたわけじゃないけど、猪車で1日の距離と言われていたから、だいたい倍速で着いたことになるかな。

 俺とレミリアは屋台で適当に昼食を買い漁ると、再びゆったりと走り始める。性能的にはもっとスピードを上げることもできたけど、そこまで急ぐ必要もないしね。


 惣菜パンを齧りながら、レミリアは小さく笑みを漏らす。


「……楽しいね。二人だと」

「そうだね。一人旅は味気なかったからなぁ」


 俺たちはなんだか風にでもなったような気持ちで猪車を追い越していく。


 東の大砂漠のそばを通り掛かった時には、新しい武装を試すこともできた。

 俺の戦闘手甲(ヤルングレイプ)は、空から襲ってきた鳥型魔物を容易に弾き返した。ベースの素材を強固なモノにしたのが効いているんだろう。

 レミリアの魔法腕輪(ドラウプニル)も得意の結界魔法や氷嵐魔法を強化していて、殲滅力が格段に上がっているようだった。


 ただ、やはり魔物の群れが強くなってきている。前の町で聞いたアレ(・・)の前兆と見て間違いないだろう。



 2つ目の宿場町に着いた時にはまだ明るかったけど、俺たちは早めに宿を取ることにした。商店街で夕飯の買い出しをしていると、果物屋の奥さんがニコニコと笑いかけてくる。


「おや、お揃いでお使い? 兄妹かい?」

「……訂正。私たちは夫婦」

「あらあらごめんね」


 そう言って、フルーツを一つサービスしてくれた。


 部屋の風呂場でお互いの体を洗い、ゆっくりと湯船に浸かる。風呂上がりには二人でソファに座り、果実水を飲んだ。

 魔導書(グリモワール)を開く。のんびりと研究を続けながら夕飯を口に運んだ。


 レミリアが抱える問題は大きく二つ。

 一つは時間をかけてゆっくり解決していけば良いものだけど、もう一つはすぐにでも対策が必要だ。そのため、今はとある発声型魔法を解析して魔道具化できないかと作業を進めている。



 日もすっかり暮れた頃、生体入出力装置サイバーインタフェースを通じて声が聞こえてきた。レミリアのサポートをしている人工知能リリアだ。


『マスター、お二人に通信です』

「……誰?」

『王都のミラ・クロムリード様です』


 レミリアが許可を出す。

 すると、目の中にミラ姉さんの顔が写る。


 生体入出力装置サイバーインタフェースは、目に入れる小さなレンズと、耳穴の中に貼り付けるマイクスピーカーで構成されている。以前の眼鏡型のものとは違い、日常生活で邪魔になることは全くない。

 また、部屋には撮影用ドローン(サード・アイ)が宙に浮いて俺たちを見ていた。重力制御はまだ実現出来ていないから、これは前時代的な揚力型のものだ。


 映像と同期して姉さんの声が聞こえる。


『また二人でくっついて。レミリア、元気?』

「ミラ、昨日ぶり」

『うん。圧縮型魔水晶はどうだった?』

「……ん。実戦投入、全く問題なかった」


 姉さんはうんうんと頷くと、コップを傾ける。

 俺は姉さんに問いかけた。


「姉さん。今日はたしか例の」

『うん。タイゲル家のパーティの日。リカルドの婚約者にも会ってきたわよ』


 レミリアの体がピクッと揺れる。

 俺は彼女を後ろから抱きしめる。


『すっごく可愛かったわよ。純粋で、まったく穢れを知らない子って感じね。姿絵を送るわ』


 そう言うと、姉さんはパーソナルカードを操作する。俺の魔導書(グリモワール)にデータが届く。

 俺たちは二人で顔を寄せ合いデータを開いた。


「姉さん、これ」

『あ、妊婦さんじゃないわよ。その姿絵のお腹のところに描いてある胎児が、リカルドの婚約者』


 え、えええ。

 詳細は聞いてなかった、というかその話題になると俺が耳を閉ざしていたんだけれど……まさか胎児だとは思わなかった。なんというか、変に緊張していただけに肩透かしを受けた気分だ。


 どうもこの姿絵は、母体専用の珍しい魔法を使用して描いたものらしい。料金は高額にはなるが、精密な姿絵作成や性別判定もできる魔法で、上級貴族などはこの姿絵を元に政略結婚を進めることが多いらしい。


『お母様の第三夫人に似て、目鼻立ちの整った美人さんだったわ。それで、生まれたらすぐ第三夫人と一緒にマザーメイラで暮らすそうよ。うちの母さんも臨月だから、赤ちゃん二人が双子みたいに育つ感じになるかしら』


 そう言ってミラ姉さんはクスクスと笑う。

 まぁとにかく、今すぐに何かあるわけじゃなさそうだ……。結婚問題は何も解決してないんだけど、なんだか少しホッとした。


 ふと横を見ると、レミリアが眉を寄せてミラ姉さんを見ていた。どうしたんだろう。


「ねぇ、ミラ……何かあった?」

『う……レミリアには隠せないわね』


 言われてみれば、確かに少し浮かない顔をしている気がするけど。


『私自身、まだ飲み込みきれてなくて。全然整理できてないんだけど、ちょっと聞いてくれる? まだ動揺してるの』

「……どうしたの?」

『あのね。今日のパーティで、ある人に突然求婚されたの。今は父さんが断ってる最中で──』


 俺とレミリアは顔を見合わせる。そもそも婚約は、父さんが許可しないと交渉のテーブルにすら上がらないはず。昨日まではそんな様子はなかったのに、何をどうやったらそんな急展開になるんだろう。


 そうやって強引に事を進められるとなると、うちよりも身分が高い──


『王族よ。第五王子。20歳らしいけど、やたら視線がねっとりしてたわ。豚王子、南の傀儡、王族一の汗っかき、なんていうのが社交界でのあだ名ね』

「……その王子に、婚約者は?」

『いたんだけど、先日男と駆け落ちしたって』


 いろいろと、ありえない。

 王族の婚約は国家の存亡が関わる大切なこと。各所がもっと慎重に進めるはずだ。しかも我が家は平民からの成り上がり。男性遍歴、野心的な親類、他国との繋がりなど、身辺調査だけでも相当時間をかけるものだと聞いていたけど。


 先日白紙になった婚約の代わりとして考えたとしても、調査時間も家格も足りないと思う。


『父さんへの事前交渉もなく、パーティの場で私に直接突然プロポーズ──というか襲ってきたわ』

「それは……」

『抱きつこうとしてきたから、思わず投げ飛ばしたの。それでも、何度も立ち上がって突進してくるから、何度も何度も投げたわ。途中からもう怖くなって、受け身の余裕すら与えず投げたはずなのに。投げれば投げるほど向こうは興奮した顔で、鼻息を荒くして飛びついてくるの』


 あぁ、姉さんも強化外骨格(パワードスーツ)を着込んでるからね。ドレスの下にでも着れるタイプの。やろうと思えばいくらでも投げられるだろうな。


『それで、最後は空中で関節を固めて、脳天から地面に叩きつけたのよ』

「……相手は?」

『気絶したわ。なぜか幸せそうな顔で』


 ミラ姉さんは身震いする。

 恐ろしいのは、王子が使おうとした方法だ。


 この国の王族・貴族の法律では、男性が女性を襲って既成事実(・・・・)を作った場合、男性はその責任を取る必要がある。つまり、女性の養育者に多額の慰謝料を払って妻にしなければならないのだ。そこに女性の意思は関係ない。

 もちろん、その慰謝料は安い額ではない。女性に婚約者がいた場合はそちらへの慰謝料も発生するし、その後の貴族社会において白い目で見られるのは言うまでもない。


 そもそもこの法律はあくまで、建国時に初期王族が取った行動を正当化するために作られた法律のはずなのだ。


『父さんは怒り狂って、あいつと結婚させるくらいなら全部の協会を畳んで国を出るって言ってる。今は大臣様が慌てて父さんを宥めているから、最悪でもあいつと結婚することにはならないけど』

「……よかった」

『良くないわよ。これで全ての婚約交渉は白紙。私には婚約者の代わりに大量の弟子が……』


 なにそれ。

 今の話のどこから弟子なんて話になるんだ。

 俺はレミリアと首を傾げる。


『貴族のお嬢さんたちから問い合わせが殺到してるの。王子を投げたあの技を伝授してほしいって。どうしよう、婚活をしていたはずなのに、お嫁さんになる前に武術の師匠になってしまいそうだわ』


 ぐったりしてる姉さん。

 あぁ、大変な一日だったんだろうなぁ。

 とりあえず、俺としては姉さんが無事で何よりだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ミラ姉さんの伝説の幕開けかな?
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