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のんびりやろうよ

「あー……ゴホン、ゴホン」


 わざとらしい咳払いの音に、俺とレミリアは抱きしめあったまま、顔だけをそちらに向けた。

 そこにいたのはジト目をするクルスと、そして先程まで血まみれで倒れていた女性だった。


 良かった。

 どうやらたいした怪我はないらしい。


 女性はニコリと笑うと、クルスの頭を拳骨でグリグリと挟み始めた。


「レミリア、そちらの女性は?」

「……ゴラリオさん。狩りのことを教わってる」

「いやん、レミちゃん。リオって呼んで☆」


 ゴラリオさんは野太い声でそう言って、ムキムキの体をクネクネと動かしている。体の性別は男なんだろうけど、服装や言動を見るに心は女性なのだろう。血に濡れたピンクの狩人服が筋肉ではち切れそうだ。


「はじめまして、リカルドです」

「よろしく♪ リオちゃんって呼んでね」

「分かりました、リオちゃん」


 リオちゃんは俺の返答に満足した顔で、クルスの首根っこをガシッと掴み、引きずりながら近づいてくる。


「うちのクルスが迷惑かけたわねぇ」


 差し出された手を取ると、彼女は強い力で握り返してきた。人族なのに鬼族並みの筋力だ……たぶん、巨人の血が少し入ってるんだろう。


「いえ、こちらこそ。嫁がお世話になってます」

「あらあらあら、まぁまぁ」


 クスクス笑っているリオちゃんを見ながら、俺はレミリアの耳をこね回す。警戒心の強い彼女にしては、ずいぶんと心を許してるように見えるけど。


「レミリアはリオちゃんと長い付き合いなの?」

「ん。町に来てからだから……20日くらい」


 話しながら、レミリアは俺の胸に頭を擦り付ける。彼女の頭を撫でれば、花のような香りがふんわりと鼻を通り抜けた。あぁ、安心するなぁ。


「そっちの……その男の子。名前は……忘れたけど。確かその子が魔物に襲われてるのを助けたら、お礼がしたいってことになって」

「ふーん、そうだったんだ」

「魔法のことは分かるけど……罠猟のこととか、食肉の処理なんかは知らなかったから。路銀を稼ぐには、知っておいたほうがいいと思って。ゴラリオさんに教えてもらってた」


 そう言うと、レミリアは俺の背中に手を回し、キュッとしがみついてきた。彼女の髪が俺の首筋をくすぐると、鼓動がドクドクと早まる。


 ふと見れば、リオちゃんは穏やかな笑みを浮かべていた。


「うふふ。二人は仲良しさんなのね」

「ん。リカルドは……私の、旦那さんだから」

「妬けちゃうわ。ふふ、とっても素敵」


 リオちゃんの言葉に、レミリアは照れくさそうにはにかんだ。


 そんな風に穏やかな空気が流れる中、少し離れた場所ではクルスが一人、膝を抱えて遠くを見つめ黄昏れていた。レミリアは俺に絡みつきながら、それを訝しげに眺める。


「ゴラリオさん」

「なぁに、レミちゃん」

「その子……ナントカくん。何か、辛いことでもあったの?」

「現在進行形でね。気にすることないわよぉ」

「ん……わかった」


 レミリアが腕に力を入れると、俺たちの額がコツンとぶつかる。なんだか妙な気持ちになって、つい笑みがこぼれてしまった。


 そんな俺たちを尻目に、リオちゃんはパーソナルカードで町と連絡を取り、鉄殻陸亀の死骸を運ぶよう指示を飛ばしていた。カードの向こうから狩人協会の人たちがざわつくのが聞こえる。

 また、クルスは膝を抱えたまま横向きに転がって不貞寝していた。



 町に帰ると、俺たちは宿の部屋を取り直す。

 そして、ソファの上でくっつきながら、ポツリポツリと話をした。レミリアの旅、俺の旅。その中で考えていたこと。これまで起きた色々な出来事。


 ちなみにレミリアは自分が世直し仮面(ジャスティス・マスク)と呼ばれていることを知らなかった。そもそもその動画アプリの存在すら知らなかったのだから、無理もない。


「なんか……みんなからジャスティスって呼ばれるな、とは思ってた……なんとなく誰にも聞けなかったけど」


 そう話す彼女へパーソナルカードを返却し、動画アプリの使い方を一通りレクチャーする。試しに動画を撮影したりしてひとしきり楽しんだあと、彼女はランキングページを開いた。


……トップ5は全て魔法美少女の動画だった。


 レミリアは布団に引きこもり、手足をジタバタしながら悶絶していた。そして、そのまま3日ほど出てこなかった。

 俺は町に買い出しに出たり、レミリアの布団に食料を差し入れしたりしながらのんびり過ごした。



 町に出たときには、クルスやリオちゃんにも遭遇した。


「僕、二人を応援することにしたんです」


 どこかスッキリした表情でそう告げるクルスは、大事な仕事があると言って足早に去っていった。なにやら充実した顔をしているのが印象に残った。


「私もね、昔、愛し合った男から逃げたの。いろいろと事情もあったし、彼は私を追いかけて来られるような状況じゃなかったのだけれど……二人を見てたら、なんだか少し救われたわ。レミちゃんを追ってきてくれて、ありがとう」


 紅茶をすすりながら、リオちゃんはそんな事を言う。そういえば、この世界で子供を作るには、身体的に異性同士である必要があるもんな。恋愛にも制約ができるだろうから、俺が想像しきれない苦労もいろいろとあったんだろう。


 いまだにしっくり来ないんだけど、この世界では性別に関して心の性よりも身体の性の方が優先されるんだよね。文化的経緯は理解できるし、人工生殖技術が成熟してくれば価値観も変わるとは思うんだけど……。

 前の世界の歴史では、このあたりの技術をみんなが受け入れるのにかなり時間がかかったらしいからなぁ。



 そんな風に過ごすことしばらく。


 町に鉄殻陸亀の死骸が運び込まれると、住民は大騒ぎを始めた。

 どうやらこれほど大きな個体が出現するのは非常に珍しいようで、武器・防具の素材として高値で売れるらしい。行商人も多く詰めかけ、町の経済も大きく潤うことになった。賑やかだなと思ったら、季節外れの祭まで始まったらしい。


 しかも討伐したのは今をときめく有名人だ。


 魔法美少女・世直し仮面(ジャスティス・マスク)一号。

 美少年戦士・世直し仮面(ジャスティス・マスク)二号。


 町中がそんな噂で持ちきりだ。

 ジャスティス饅頭、ジャスティス煎餅、ジャスティスのど飴、ジャスティス珍味など。いろいろなお土産が発売されては、行商人がこぞって買い漁った。試しに飲んでみたジャスティス茶なんかは、なかなかスッキリした味わいだった。


……ところで、二号って誰だろう。


 俺は嫌な予感がして、久々に動画アプリを開いてみる。ランキングページを見れば、なんと1位の動画が入れ替わっていたのだ。


世直し仮面(ジャスティス・マスク)一号・二号、怪獣大決戦! 投稿者:クルス・ローファード】


 それは、俺たちと鉄殻陸亀の戦いを撮影したものだった。


 顔には丁寧にモザイク処理がされ、判別できないようになっている。ただ、見る者が見れば正体は分かってしまうだろう。

 しかも、字幕化された会話には一部クルスの妄想が入っているため、なんだか濃厚なラブロマンス要素まで入ってしまっていた。俺たち、そんなにイチャイチャしてなかったと思うけど……。最後に抱き合うシーンが、それを補強してしまっているのが手に負えない。


 時を同じくして、聖教都市ホーリーライアーのガルームさんからも連絡があった。


『リカルドよぉ。お前、こっちで聖者様の御使いをやったと思ったら、そっちじゃ世直し仮面(ジャスティス・マスク)かよ。もうみんな、すっかりその話題で持ちきりだぜ』


 俺はレミリアと一緒に布団を被り、ジタバタしながら悶絶した。

 狩人協会から討伐報酬が振り込まれたから、宿代については問題ない。そうやって二人で引きこもっているうちに、春は過ぎていった。



 夏になり、動画の人気もようやく少しずつ落ち着いてきた頃。風呂の浴槽では、レミリアが俺に背中を預けながら話をしていた。


「リカルド……ごめんね」

「え?」

「私の事情に、巻き込んじゃって」


 レミリアがマザーメイラを去った理由も、こうして二人で過ごしながら少しずつ話してくれるようになった。それは、そう簡単に解決するようなものではなかったけど。


「まぁ、のんびりやろうよ」

「うん……」

「それより、もう黙って出ていったりしないでほしい。そっちの方が辛いからさ」

「……ん、分かった」


 レミリアは俺の肩に頭を乗せたまま、コクリと頷いた。

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