久しぶりのその声に
砂漠に面した荒れ地を、北へ走る。
そんな俺たちの背後からは、無数の荒々しい足音が響いていた。
足音の正体は青角猿。額に青銅色の角が生えた猿型の魔物だ。数十体はいるだろうそれらは、耳障りな唸り声を上げて俺たちを追ってくる。
単体であれば弱い魔物だが、こうも数が多いと立ち回りが難しい。俺はブーツの【スプリング】で一気に前方へと飛ぶと、手甲に起動していた【ブレード/シールド】を解除した。
「ブレードじゃキリがないな」
振り返って魔物の群れを見る。
そして、手甲に新武装【クロー/ガトリング】を展開した。
「弾丸生成」
『……80%……100%、いけます』
左手甲に展開したガトリング砲。
トリガーを引くと、そこから雨粒のような魔力弾が次々と発射されていく。秒間50発ほどだろうか。一発の威力はそこまで高くできなかったけど、数だけは潤沢に発射できるタイプの武装だ。
大半の猿を仕留めた後は、撃ち漏らした猿たちを右手甲の大きな魔爪──クローを使って薙ぎ払う。逃げていった個体もいるが、ここまで数を減らせればとりあえずいいだろう。
「……ふぅ。後片付けが面倒だよなぁ」
汎用ユニットで大穴を掘りながら、スコップを使い青角猿の死骸をそこへ放り投げてゆく。本来なら素材として利用できる部分も多少はあるんだけど、今回はガトリングでボロボロにふっ飛ばしてしまったからな。わざわざ回収の手間をかけるのも割に合わない。
まぁ、数も多いからそもそも処理しきれないんだけど。
しばらく作業をしていると、後ろから狩人見習いの少年クルスが追いついてきた。足元がよろよろしていて、今にも倒れそうだ。
「大丈夫?」
「ひー、は、速すぎるよぉ……」
彼の様子を見るに、少しペースを落とした方がいいだろうか。俺としては、早くレミリアに会いたくてつい急いでしまったんだけど。
というか、こんなんでレミリアの付き人が務まるんだろうか。
「はぁ、はぁ、何その目。ハッキリ言ってよ」
「……言っていいの?」
「いや、やっぱり止めて。心が折れそう」
ずいぶん疲れた様子を見せながら、彼は黙々とスコップで魔物の残骸を片付けていく。
あーでもそっか、そもそも装備が違うからね。
普通の装備でここまでついて来ているのは、実は凄いことなのかもしれない。見習いとはいえ、さすがは狩人だ。
「ひー、はぁ、はぁ、あ、魔石が……」
そうつぶやきながら、クルスは猿から魔石を取り出す。慣れた手つきではあるけど、なにせ獲物の数が多い。
「……早く出発したいんだけど」
「僕も生活がかかってるんだ。最低でもこれは集めなきゃ師匠に怒られる……」
彼はそう言いながら魔石を集めていった。
そういえば、まさにその師匠に頼まれた協会の受付業務を、他の人に押し付けてここまで来たんじゃなかったっけ。魔石の回収程度で許してもらえるんだろうか。
「まぁいいか。それにしてもクルス。このあたりはずいぶん魔物が多いんだな」
「……うーん。これはちょっとマズいかも」
マズい?
彼の物言いに違和感を覚え、首を傾げる。
「こいつら、東の砂漠から押し寄せてるでしょ。まだ弱い魔物だけど、強めの魔物が群れて来たら要注意かな。アレの前触れかもしれない」
「アレ?」
クルスはコクリと頷くと、黙々と作業を続けた。いや、俺としては「アレ」の内容を教えてほしいんだけど。
死骸を埋め終わる頃には、クルスの体力は底をついていたようで、水を飲みながら大の字になって動かなくなった。それなら、魔物の処理は任せてくれればよかったのに。
「大丈夫?」
「ごめん……少し休んだら行けるから」
「まぁ、うん。無理しないでね」
しばらく回復を待って、俺たちはまた北に向かって進む。ジョギング程度の速さだけど、クルスはなんだかんだ言いながらもついて来ている。意外とまだ大丈夫なのかもしれないな。
「はぁ、はぁ……リカルドは……」
「ん?」
「ジャスティスさんの……同類、だね」
クルスは息を切らしながら俺に話しかけてくる。俺は彼の発言の意図を掴みきれず、首を傾げた。
「僕みたいな……凡人を……はぁ、簡単に、乗り越えていく……はぁ、はぁ、何でも出来ちゃうんだね」
「いやいや、何でもは出来ないよ」
俺は魔道具を作るのが得意なだけだ。
魔法は使えないし、片付けも苦手だし、プレゼンは上手くいかないし。調整ごとは父さんたちに丸投げ。獣族や鬼族からは味音痴扱いされて、甲殻族からは情緒が分からないヤツって言われる。ダーラ教の礼の作法は未だに身につかないし……。
あれ、思ったよりダメな気がしてきた。
「はぁ、はぁ……ジャスティスさんは……僕の師匠と一緒に……魔物を討伐しに来てる」
「へー、そうなんだ」
「強さだけなら……師匠より……ゲホッゲホッ」
「だ、大丈夫?」
一度立ち止まろうかと思ったけど、クルスは俺を制して走り続ける。こんな状態でも走れるってことは、彼は相当苦労して自らを鍛えているのだろう。
「僕じゃ……並び立てないのかな……君みたいな能力があれば、はぁはぁ……認めてくれるのかな……」
「……」
「ごめん、リカルドに言うことじゃないか」
俺はクルスのことを応援できない。
彼と俺の利害は完全に対立しているから。
それでも……。
あぁもう、もどかしい。
仕方ないな。
「クルス。俺もこれは受け売りなんだけど」
「……はぁ、はぁ、な、何?」
「その人がどんな人かを決めるのは、どんな能力を持ってるかじゃない。何が好きで、何をするか、だ」
なんで俺がクルスにこんなことを。
そう思いながらも、口は止まらない。
「クルスが彼女を好きなのは、顔の好みでもなければ、単に彼女が有能だからじゃないだろ。優しい心を持っていて、クルスを救ってくれたからだ。協会で力説してたじゃないか」
「……うん」
「能力でついて行けないから、それがどうした。クルスはクルスのやり方で、彼女を狙えばいいと思うよ……俺は俺のやり方で、絶対に彼女を渡さないけど」
前の世界でもよく話題になっていた。
そもそも「何ができるか」の能力で人を判断していたら、人工知能を搭載したアンドロイドには絶対に勝てないし、劣等感すら抱きかねないと。そうではなく、何が好きで、何をするかが人にとって大事なんだと思う。
レミリアを彼に譲るつもりはまったくない。でも俺としては、能力の違いが云々と愚痴愚痴言われるのは心外だ。
まーだいたい、技術が進んでいけば能力も見た目も性別もどうにでもなるのだから、大事なのは心だろう。
そこからは、黙ってひたすら走った。
クルスも何も言わない。時折襲い来る魔物を片付けながら、北へ北へと進んでいった。
昼が近づいた頃、背の高い林の中から何やら赤い煙が上がっているのが遠目に見えた。
「クルス、あれは?」
「……っ! 救難信号だ。先に行ってくれ」
「分かった」
そう答えると、俺はクルスを置き去りにして速度を上げた。赤い煙のもとでは爆音が響いている。どうやら誰かが戦闘しているらしい。
ようやくたどり着くと、そこは酷い有様だった。
地面はボコボコ、木々はなぎ倒され、大量の魔物の死骸が転がっている。また、血まみれの成人女性が結界内に横たわっていた。赤い煙もそこから立ち上っているようだ。
元凶であろう巨大な亀型の魔物が、大気を震わせるような咆哮を上げた。
そしてその前に、フードを被った少女が毅然と立つ。彼女は肩で息をしながら、右手の指輪を前に向けていた。割れた仮面が地面に落ちている。
後ろから見ただけで彼女だと確信した俺は、その左側に立った。
「お疲れ様。手伝うよ、レミリア」
「……リカルド」
久しぶりのその声に、胸が弾んだ。
やっと会えた。
心臓の奥が締め付けられ、トクンと鳴る。俺は緩みそうになる頬をピシャリと叩いた。
目の前の大きな陸亀を見上げた。
まずはこいつを片付けよう。





