面倒なことになった
流星のように現れて〜
白い仮面は正義のし・る・し☆
悪の拠点は更地に変えちゃうよ〜
泣いてるあの子を助けたい〜
黒いフードは奴らの墓標☆
怖い魔物は肉片にしちゃうよ〜
僕らの明日を取り戻せ(キラキラ)
クールに一発ぶっ放せ(キラリン)
ジャスティス ジャスティス
魔法の美少女
ジャスティス ジャスティス
世直し仮面
俺は個人用携帯端末の動画アプリに釘付けになっていた。すごい歌だ。
ちなみにこの動画アプリは、冬の間に公開したものであるだ。
これにより、カードのカメラ機能で撮影した動画を編集し、世界樹ネットワーク上に投稿できる。現在は様々な人が面白がって動画を投稿していて、思い思いのものが雑多に並んでいる状況だ。
犯罪絡みが面倒だから、いわゆるオトナの動画なんかは世界樹の検閲を入れて投稿できないようにしてるけどね。
「アルファ。この動画が投稿されたのは?」
『春くらいですね。魔法美少女の噂はその前から聞こえてきていましたが、この動画によっていよいよ国中で有名になったようです』
俺はパーソナルカードに目を向ける。
動画の少女は、見慣れた背格好で見慣れた外套を羽織り、見慣れた指輪をつけて見慣れた仮面を被っていた。
一体誰なんだろうね……。
ポップな主題歌に合わせ、魔法壁で魔物の巣を更地に変えている仮面の少女。彼女自身のパーソナルカードは俺の手元にあるから、この動画の投稿主は他の誰かなのだろう。画面下には丁寧な字幕がついているから、誰でも歌えるようになっている。
現在この動画は現在、アプリ内の評価ランキングのトップだ。ちなみに、同じ曲の振り付け動画が二位。甲殻族楽団によるオーケストラバージョンが三位である。
「……すっかり有名人だな」
レミリアはパーソナルカードを持っていないけど、果たしてこの動画の存在は知ってるのかな。街では子供がコスプレをして歌を口ずさんでいるから、曲自体は彼女もどこかで耳にしていると思うけど。
……仮面で顔が隠れているのがせめてもの救いだろう。
様々な情報を集めながら、俺はドラグル地方を南東に下っていく。
冬の間、レミリアはこの地方の南部を中心に活動していたのだとか。俺も極力そちらを通って情報を集めながら進んだ。
「ジャスティスの嬢ちゃんな。あの子はパーソナルカードを無くしちまったみたいでよ。飯代を稼ぐ必要もあるからって狩人登録をしに来たんだ。最初は止めたんだが、まさかあんな強力な魔法使い様だとはな」
当初は秘匿されていた情報も、狩人協会に登録して魔物を売り払うようにしてからは容易に集まるようになっていた。
どうやら俺も、子供なのに魔物を狩りながら一人旅をしているという部分で、レミリアの同類として見られるようになってきたらしい。
「仮面がちらっと外れた時に横顔が見えたんだが、そりゃあもう美少女だったぜ。魔法美少女って呼称は俺が付けたんだよ。ジャスティスたんって呼び始めたのも俺だ」
魔法美少女・世直し仮面の名付け親は自分だ、というおじさんには道中で複数出会った。誰が本当のことを言っているのかは今のところ闇の中だ。
ただ、仮面の下は美少女らしいという噂は、相当広まっているらしかった。
「なぁ、お前の動画も撮らせてくれねぇか? 魔法少年、なんてな。動画が評価されたらポイントが振り込まれてウハウハって話じゃねぇか。俺も動画チューバーに──」
そんな誘いを受け、俺は慌ててマスクを被るようにした。見た目で言えば世直し仮面のコスプレをしてる子供と変わらなくなってしまったけれど、素顔を晒されるよりはいいだろう。
ちなみに、動画アプリにはクロムリード領都マザーメイラや聖教都市ホーリーライアーの公式チャンネルが存在していて、各都市のPR動画やその日のニュース、名産品の通販番組なんかもアップロードされている。
リンクしている通販アプリでは、獣族の作る美味しそうな食材や料理、甲殻族の作る可愛らしいスイーツなどもお取り寄せの定番となっていて、瞬冷処理をしたものが大商会を通じて国中に配送されていた。
その町に着く頃には、春も下旬になっていた。
砂の町サンマーノ。
ドラグル地方の南東に位置し、東側を広大な砂漠に接している小さな町だ。レミリアがこの町の方向に向かったという目撃証言があったため、ここまで最速で走ってきたのだった。
宿を取ると、さっそく狩人協会へ向かう。
カウンターではいつものように狩人協会の会員証を見せ、道中の魔物や危険生物を買い取ってもらった。これらは武器や魔道具、薬なんかの材料として他の協会に卸されているらしい。
気がつくと、受付にいる10歳ほどの耳長人の少年が、何やらキラキラした目で俺を見ていた。
「その出で立ち、もしかして君も世直し仮面さんのファンですか?」
彼はずいぶんと前のめりで俺の手を掴む。
そう言う彼も、レミリアのファンだろうか。
「あー、ファンというか知り合いなんです」
「え……本当ですか?」
「はい。と言っても、何か証拠があるわけじゃないんですけど。彼女に届け物があって後を追っているんですが、なかなか会えなくて」
そう言いながらレミリアのパーソナルカードを見せると、彼は納得したように頷く。道中でもそうだったが、どうやら彼女がカードを紛失したことは、それなりに多くの人たちが認識しているようだった。
ふと見ると、少年は何やらモジモジしている。
一体なんだろう。
「あの、彼女って、その……」
「?」
「彼女、恋人とかいるんですかね?」
「……え?」
少年は顔を赤らめている。
見れば、周りの狩人もニヤニヤと愉しそうな笑みを浮かべてこちらを眺めていた。
ふーん、そっか……。
「ぼ、僕はその……。彼女、一人で旅してるじゃないですか。寂しくないかなって。付き人でもいいから、雇ってもらえないかなって思ってるんです」
「……」
「彼女には一度断られたんですけど、どうしても諦めきれなくて。知り合いなら、君からも口添えしてくれないかな?」
熱を帯びた目で俺を見る。
そんな風に見られてもなぁ。
彼は熱心に語り始める。
レミリアに助けられた時の様子。見返りを求めない優しさ。静かに立ち去るクールさ。彼女の強さではなく、心に惚れ込んだのだと拳を握る。
「彼女の役に立ちたいんです。彼女が望むのなら、どんな苦難だって乗り越えて見せます。容姿がダメだって言うなら、顔を作り変える覚悟だってありますよ。僕のすべてをかけて彼女に尽くしたいんです。ぜひとも口添えを!」
「すみませんが、協力はできません」
「えぇぇ……」
ポカンと口を開けて俺を見る。
その顔からは、断られるなんて欠片も思っていなかった様子が読み取れた。その根拠のない自信は、どこから来ているんだろう。
「ど、どどど、どうして?」
「彼女は……レミリアは俺の嫁だ」
嫁、というのはちょっと言いすぎだけど。
これに関してだけは、誰が何を言おうとも、協力してあげる気はさらさらないんだよね。レミリアの気持ちも何も全て無視した、完全なる俺のワガママとして、だ。
彼はその場に尻もちをついた。
動揺しているのか、ワナワナと震えている。
「嫁……? う、嘘だ。ははは。絶対信じない、僕は信じないからな」
「いや、別に信じなくてもいいよ。単純に、俺から口添えはしないっていうだけだし」
彼はガバッと立ち上がった。
そして、俺の肩を強く掴んでガクガクと揺らす。騙されないぞ、僕は騙されないぞとツバを飛ばしながら、顔を真っ赤にしてダンダンと足を踏み鳴らしていた。
周りの狩人たちに目を向ければ、みんな気の毒そうな顔で俺のことを見返してきた。いや、見てないで助けてほしいんだけど。
「ぼ、僕の名はクルス。彼女は町の北に狩りに出ているはずだ」
「あ、うん」
「一緒に行こう。ど、どっちが彼女に相応しいか……しょ、しょ、勝負だ」
「え……えぇ……」
勝負ってなんだ……。
行動が全く読めないぞ。
なんだか面倒なことになったと思いながら、俺は少しだけ気分が高揚していた。ずっと探していたレミリアが、もうすぐ近くにいるのだ。





