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自慢したくなるもんだな

 予定通り東へ進むこと2日ほど。

 遠くに見えるのは、王族の直轄領と東のドラグル地方との境目にある大きな関所町だ。旅人の中で目立たぬよう、外套の色は薄茶色。俺はのんびりと街道を歩いていく。


 右手に広がるのは、大きなトウモロコシ畑であった。これが製粉され、パンの材料になる。国民を支えている主食だ。

 穀物としては他にイネやムギなども美味しいものが出回ってたりするけど、やはり子供の頃から慣れ親しんだ味というものはそう簡単に変えられるものではないんだろう。


「改めて見ると壮大だけど……こうして土地を平面にしか活用しないのは、ちょっともったいな」

『マザーメイラのように高層ビルで縦に作る農法は、他に存在していないようですから』

「だね。まぁ、獣族の品種改良は凄いからさ。収穫も年中できるし、南のフェニキス地方の大穀倉地帯は生産量も多いから、不足するってことはないんだろうけど」


 ちなみに、マザーメイラで生産してるトウモロコシは味も評判になってきていて、領外ではけっこうな高級品として取引されているらしい。

 もちろん安価で大量に出荷することも能力としては出来るけど、市場を食い荒らして迷惑をかけるのは本意じゃないからそこは自粛している形だ。


 そういえば、出発前にそんな話を王都の屋敷でしていたら、父さんが俺の顔を二度見して何やら驚いていたな。兄さんもなにやら乾いた笑い声を出していたけど。


「うーん、父さんや兄さんが調整可能な範囲の改善しかしていないと思うんだけどなぁ」

『同意します、マスター』


 アルファもそう言ってるし、間違いない。


 そうそう、調整といえばポイント協会だ。

 去年のうちに神殿の銀行部門にポイント協会を売り払ったんだけど、この春あたりから本格的に業務を始めたらしい。パーソナルカードの発行手続きやポイント両替なんかも国中の神殿で出来るようになったし、現場レベルの混乱も世界樹(ユグドラシル)が上手く捌いてくれているようだ。


 そんなことを考えながら歩くことしばらく。

 関所町へと到着したのは、予定より随分早い時刻だった。


 俺は今夜の宿をおさえ、狩人協会へ向かう。情報収集……というより、レミリアに関する例の噂を確かめるためだ。


「こんにちは」


 挨拶をしながらスイングドアを通り抜ける。


 受付には身長2メートル半ほどの大鬼(オーガ)のおじさんが座っていた。

 彼が持っている本の表紙には、何やらセクシーなポーズを取った蛙鬼の女性の姿絵が書いてある。おじさんは食い入るようにその雑誌を見ていた。


「あのー……」

「ん? おぉ、どーした」

「ちょっとお話いいですか」

「ん? あぁ、いーぞ」

「仮面の少女について聞きたいんですが」


 仮面の少女。

 それが、レミリアに関係しているだろう噂だ。


 俺の問いかけに、おじさんは面倒くさそうなため息を吐く。


「おぉ、取材か?」

「いえ、知り合いでして」

「へー、そう言う奴は多いな」

「今彼女はどの町にいますか」

「……ん? あぁ、そりゃ教えねぇ決まりだ」


 おじさんはこちらをチラリと見ただけで、すぐに視線を雑誌に戻す。返答も上の空だ。


 俺はふと、彼の見ている雑誌が気になって覗き込んだ。


「何見てるんですか?」

「ん? あぁ、マザーメイラのカタログよ」

「カタログ?」

「おう。性の都マザーメイラでは、姿絵の娘とめくるめくヌルヌル体験が出来るって話だろ。そのサンプルのカタログだ」

「……あぁ、それですか」


 なんだか領都が不本意な呼ばれ方をしてるけれど。


 ナーゲスの夜の方面の事業は、鬼族を中心してに大成功していると言っていい。最近ではそれを目的にして、地方を跨いでマザーメイラを訪れる者も多いのだとか。


「あの……」

「ん? まだ何か用か?」

「俺、マザーメイラから来たんですけど」

「っ!? お前それを早く言えよ。こっち来い。茶飲むか? ほれほれ詳しく聞かせろよ。もうすぐ旅費が貯まるんだが、事と次第によっちゃいっそ移住しちまってもいいかと思ってな」


 おじさんは突然覚醒したかのように雑誌をたたみ、マザーメイラのことを根掘り葉掘り聞いてきた。もちろん、俺に答えられないことはほとんどない。おじさんも色々と具体的にイメージを膨らませられたようで、ワクワクとした顔をしている。


 話は小一時間続いただろうか。


「働かなくても生きていける、か。まぁ、イイコトをするにはポイントがいるから、結局働くことになるんだろうけどな」

「そうですね。結局はみんな、何かしら仕事をしてポイントを稼ぐって流れになってますかね」


 お茶もすっかり冷めているけれど、おじさんは俺からの回答に満足した様子だ。


「鬼族にとっては、水が美味いってのも魅力だよなぁ……聞いた限りでは楽園だ」

「まぁ、旅行で訪れてみてから移住を検討してもいいと思いますよ。どうしても合う合わないはあると思いますし」

「……よし、分かった。とにかく一度行ってみるわ。悪いな、長いこと拘束しちまって」


 自分の作った街だ。やっぱり、こうやって興味を持ってもらえるとすごく嬉しいし、自慢したくなるもんだな。


 長話になってしまったが、そろそろ行こう。

 席を立とうとすると、おじさんに留められた。そして、お茶を淹れ直して持ってきてくれた。まだ何か聞きたいことがあるのだろうか。


「礼だ。お前の質問に答えるぜ」

「……いいんですか?」

「大事な情報は隠せと言われてるが、普通の雑談は禁止されてねぇ。可能な範囲で答えるぜ」


 気のいい人だな。

 俺は頭を下げて礼を言う。


 おじさんはニヤッと笑い、口を開いた。



「――で、魔法美少女・世直し仮面(ジャスティス・マスク)の活動場所だったな」



 そう言うと、おじさんは丁寧に教えてくれた。彼女は東のドラグル地方を南回りに巡り、今は南東の大きな都市に滞在しているようだ。

 あと、いつの間にか主題歌(テーマソング)も作られていたらしい。おじさんは丁寧に振り付きで歌ってくれた。


 けっこうポップな感じだった。

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