嫁にする
王都の屋敷はずいぶんと居心地がよかった。
それは単に機能的な話だけではないのだろう。
グロン兄さんが甲殻族の建築家と相談しながら作った庭園や、それを一望できる大きな窓を備えたリビング。そういったものの端々から、住む人の動線に配慮した細やかな気遣いが垣間見える。
兄さんは、いずれ時間ができたら領都マザーメイラの領主館も改築するつもりらしい。
少し忙しないけど、春の中旬には王都を出て東に旅立つ予定だ。それに向け、俺は屋敷でいろいろな準備を進めていく。
メインは装備の改良だ。
というのも、北への旅で思うところがあり、装備のもう少し充実させようと思っていたのだ。
まず万能作業手甲については、基本思想は大きくは変えずに機能の種類を大幅に増やした。
これまでの機能は7種類。ブレード、シールド、ニードル、レーダー、マグネット、ロープ、スコップであった。魔力で作ったそれらの武装は、破損を気にする必要もなくて非常に便利だ。
ただ、旅をする中でこれだけでは物足りない場面が出てきたのが正直な所だった。今回は試作武装をいろいろと追加してみたから、後ほど王都近郊で試してみるつもりだ。
次に魔導刻印靴について。
これも今までの機能はボム、スプリング、ウォール、スパイクの4種類だったが、もう少し増やしたほうが様々な状況に対応できそうだ。あとで手甲と合わせて実験してみよう。
「手甲とブーツはちょっとくたびれてきたな……素材を見直して作り直さなきゃな。あと、外套はどうするか……」
護身外套を手に取る。
正直、初期は強化外骨格のおまけのような装備で、露出する頭部を保護する程度の機能しか想定していなかった。だけど旅を続ける中で、外套にもっと機能を充実させれば、かなり楽に旅が進むのではと認識を改めたのだ。
それにはベースの部分から大幅な作り変えが必要だ。
「あと多目的眼鏡も大改修かな」
外套と眼鏡はアイデアが色々ある。
逆に、野営結界や聖者の腕輪なんかは後回しでいいだろうか。
そんな風に部屋に篭っていたある日。
装備の改良を続けているところで、居室の扉が突然開かれた。
「リカルド! 元気だった!?」
「ミラ姉さん!」
姉さんは青いポニーテールをぶんと揺らす。
パーソナルカードで通話はしていたけど、直接顔を見て話すのは久しぶりだ。去年の秋以来だから、約半年ぶりってところか。
「姉さん、成人おめでとう」
そう言うと、ミラ姉さんは照れくさそうに微笑んだ。
12歳になったミラ姉さんは今年、王都の神殿で成人式に参加する予定だ。
母さんとフローラは領都で留守番だけど、父さんと姉さんは年明けすぐに旅立って王都に来たらしい。父さんは議会があるし、姉さんは成人式後もいろいろとパーティが待っている。今年は忙しくなるだろう。
二人で椅子に座りながら、久々にゆったりと話をする。
「婚活はどうなの?」
「んー……微妙なのよね。別に夢を見るわけじゃないけどさ、流石に父さんと同い年のオジサンはきついし。パッと見は優しそうでも、既に奥さんが4人もいるところに入っていきたくはないでしょ。老紳士の後妻として年上の息子・娘を抱えるってのも想像つかないし」
「それはちょっとね」
「今のところ、そんなのばっかりよ。現実的には、どこかの有望な職人を下級貴族に抱え込んで嫁入りするくらいじゃない?」
新興とはいえ中級貴族。
流石に平民と結婚するわけにはいかないからね。父さんも、来年の春までには何かしらの決定をするつもりだと言っていた。きっと姉さんの言うとおりになるんだろう。
姉さんは俺の顔を覗き込む。
「リカルドはどうなのよ」
「どうって?」
「レミリアのこと。第二夫人にするのか、妾にするのか、駆け落ちするのか。あ、心中はやめてよね」
正直、そこまで考えられていないなぁ。
本当は俺も、早くレミリアとの将来をハッキリさせなきゃいけないんだろうけど。うちは例外としても、貴族は基本的に幼い頃にほぼ将来が決まっている。職業もそうだし、結婚も平民より早い。
それにしたって、レミリアの気持ちも知らないまま俺が勝手に結婚を考えても仕方ないだろう。
なんてことを思っていると、ミラ姉さんは俺の目を覗き込んで首を傾げた。
「っていうかさ。リカルドは、レミリアと結婚したくて追いかけてるのよね? この先のことはどう考えてるのよ」
「いや……まずはレミリアと会って話してみないと。何も事情も知らないで、先のことは決められないよ」
「もう、煮えきらないわね」
ミラ姉さんはやれやれと両手を上げる。
でも俺としては、今の状態では何も決めようがないと思うんだけどなぁ。
「タイゲル家の婚約者のことが割り切れないのもわかるわ。だけど、それ自体はありふれた話じゃない? 四人も五人もってなると、流石にいい顔はされないけど。第二夫人あたりならいいじゃない」
「いや、だってレミリアの気持ちも分からないし。検討材料がなさすぎるよ……」
俺がそう言うと、姉さんはため息をついた。
こういう所はダメね、と呟いて俺の肩を掴む。
「レミリアがどうとかじゃないわ。リカルド、あなた自身はどうしたいのよ」
「…………」
「あのね、もう答えは出てるじゃない。マザーメイラでじっとしていられなかったんでしょ。去っていくレミリアを放って、知らない子と結婚したくはなかったんでしょ。領都で兄さんに引き止められても、聖教都市で聖女に引き止められても、迷わず出てきたのよね。どう言い繕ったって、行動に嘘はつけないわ……。もう一度聞くけど、リカルドはどうしたいの?」
ガツンと殴られた気分だった。
俺はただ、とにかくレミリアと話をしようと思っていたんだ。先のことはその時に考えようって、心に折り合いをつけるのを後回しにした。
だけど、そうやって領都を飛び出した時点で。
俺の気持ちは、奥底では固まっていたんだ。
「……嫁にする」
「ん?」
「レミリアは……俺の嫁にする。どういう形になるかは、これからだけど」
「うん、よし。まぁ及第点ね」
ミラ姉さんは俺の頭をグシャグシャに撫でて笑った。なんだか姉さんには一生頭が上がらない気がするなぁ。
それから、姉さんは一つの小袋を手渡してきた。冬の研究成果で、レミリアに渡してほしいのだとか。
「あ、そうそう、成人式が終わったらタイゲル家での成人パーティもあるから、リカルドの婚約者がどんな子なのかもチェックしてきてあげるわよ」
「う……うーん」
「覚悟を決めたんでしょ。レミリアを嫁にするって。それなら、どうやったって間違いなく傷つける子なんだから、逃げずに向き合いなさい」
ミラ姉さんに額を弾かれる。
はぁ、どうにかならないかな。
「そうねぇ。リカルドらしく、婚約を破棄する魔道具でも作ってみたらどう?」
「うん。実はそれも検討中なんだけど」
「へ? ちょっと、そんなの真面目に考えないでよ。さすがに無理でしょ。そんなのができるなら、先に私の婚活用の魔道具でも作りなさいよ」
ミラ姉さんは笑いながら俺の背を叩いた。
んー、でも作れそうな気がするんだよね。
婚約破棄の魔道具。
その後もいろいろな話を姉さんと続けた。フローラもなかなかお転婆に育っているらしく、クマタンをお伴にして様々な騒動を巻き起こしているらしい。次会う時が楽しみだ。
「そういえば、道中で耳にしたんだけど」
「?」
「例の噂。あれ、やっぱりレミリアよね」
「……あー、うん、たぶん。だから、この後は東のドラグル地方に向かおうと思ってるんだ」
俺の目の前で、ミラ姉さんは微妙な表情をして後頭部を掻いていた。その気持ちはよくわかる。
さて、無事にレミリアに会ったら、どう声をかけようかな。





