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いつかまたこの街に来れるといいな

 中央広場の噴水前。

 ガルームさんは芝生に座って燻製肉を摘みながら、俺にダーラ教式の礼を指導していた。どうも、俺のやり方は全くなってないらしい。


「いいか、リカルド。格上の者、同格の者、格下の者、それから男女を相手にした時とで、礼をする時の手の組み方や位置が微妙に異なるんだ。あと挨拶と感謝と謝罪でも違う」

「……完全ランダムだと思ってたよ」

「んなわけあるかよ。まぁなんつーか、基本的には『守ってやるよ』って気持ちを表すのか、『守ってくれてありがとう』って気持ちを表すのかだ。そのあたりの違いで、こうキュッてやるのかヌーってやるのか変わってくるんだよ」


 微妙すぎて全く分からない。

 やっぱり、俺に宗教は難しすぎる。


 そのあたりの挨拶が雑すぎて、俺がダーラ教徒でないことは信者たちには割と初期からバレバレだったらしい。そして、みんなが何となく言い出せない空気の中で、俺がパンや酒をポンポン出すものだから、戸惑いながらも受け入れてしまったのだとか。


 そりゃあ、慢性的な空腹状態だったからね。

 どうやら全く意図しないところで、彼らには信仰か飯かを選べ、と叩きつけてしまったらしい。その点は本当に申し訳なかったと思う。


「ったくよぉ……入信したがってる逃亡奴隷かと思って、ちぃっとばかり優しくしてやってたら、まさか聖者様の使いを名乗り始めるとはな。大胆過ぎて顎が外れるかと思った。恐れ入ったぜ」

「あはは……。いや、あんまり優しくしてくれたもんだから、あの時はすごく申し訳なくなっちゃってさ」


 ガルームさんはガハハと豪快に笑いながら酒瓶を傾ける。まぁ、計画が穴だらけだったにせよ、結果的には何とかなったしな。ひとまずは良しとしておこう。


「そういやリカルド。ヘゴラの野郎の沙汰は?」

「うん。ことが大きいから、俺に口出しする権利はないんだ。今は上級貴族家の預かりになってるよ。たぶん春の間には決まるんじゃないかと思う」


 ヘゴラ兄さんは、王国法に照らし合わせるとなかなかの罪を犯してしまっている。法的には、少女との姦淫についてはあまり大きな罪にはならないんだけれど、研究資料持ち出しと魔道具窃盗の件はかなりの重罪になるようなんだ。

 個人的には、このまま平穏に暮らしてもらえば良いと思ってたけど、そうはいかないらしい。罰の決定はこれからだけど、おそらく四肢の一つを切り取る刑あたりになるそうだ。


 こういう生々しい刑罰は心が痛むなぁ。

 こっちの世界では一般的らしいけど、こればかりはなかなか慣れない。


「まぁ、奥さんも1人残ったし。ヘゴラ兄さんもなんとかやって行けるかなぁ」


 この都市に来てから、ヘゴラ兄さんは3人いた奥さんのうち2人から見事にフラらていた。その捨て台詞の切れ味の良さは、しばらく都市内でも噂されるほどだった。

 それでも、残った1人は本当に心の底から兄さんを愛していたらしい。まぁ、本心を確かめる良い機会だったとも言えるかもしれない。


 ちなみにその奥さんは『うふふふふふ。手足を欠損すればさすがにもう他の女にうつつを抜かすこともないよね。私は寛大だからこれまでのことには目を瞑ってあげる。これからは私が何から何までしてあげるから、むしろヘゴラに手足は不要だよね。ねぇ、あの時みたいに私が一番可愛いって言ってよ。最初で最後の女だって。他の誰よりも綺麗で気持ちよくて柔らかくて暖かくて優しくて最高の女だって抱きしめてよ。愛してよ。どうして顔を青くしてるの。ねぇ、何かしら後ろめたい事でもあるの。怒らないから教えてよ。どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして──』と呟いていた。


 あんなに愛にあふれていたら、何かしらの刑罰があった後でも平和に過ごしてくれるんじゃないかと思う。


 この都市の世界樹(ユグドラシル)は200メートルほどの大きさで成長を止めた。教会神殿の前には大きな中央広場が広がっていて、みな思い思いに過ごしているようだった。

 農業街や都市浄化装置(ウルザルブルン)など、都市を構成する大きな要素はマザーメイラとそう変わらない。この都市の住民もポイントとパーソナルカードで生活をしているし、日々ポイントが振り込まれるから働く必要がないのも同じだ。


 ただ、違う点もいろいろとある。

 どうやら教会神殿よりも背の高い建物は極力避けているようで、マザーメイラでは高層ビルになっていた農場なども地下に穴を掘って作っていた。噴水の台座が杯の形をしていたりするのも、宗教的な感覚が絡むものなんだろう。


「おーい、リカルドくーん」

「神官さーん!」


 向こうで手を振っているのは、神殿の神官であった。実はいろいろな調整を経て、ダーラ教は正式に神殿に組み込まれることになったのだ。今後は神殿の中の「ダーラ派」という団体として活動していくことになるそうだ。

 公式には次の春から体制が変わるんだけど、この街では大半の人に穏やかに受け入れられている。


 ダーラ教は、全知全能の唯一神を祀っている一神教である。ただその教えは、歴史の中で変化しなかったわけではない。そもそも一神教というのは、その性質上、大きな矛盾を抱えることが多い。


『全知全能の神がいるのに、これほど教えを守っているのに、どうして我々の生活はこんなに苦しいのか』


 ダーラ教も例に漏れず、その疑問に答えるために各時代の教徒が知恵を絞ることになった。

 ある者は、別の地域で流行っていた二元論の考えを取り入れ、身に降りかかる不幸を悪魔のせいにした。そうなってくると、善側にも人員が必要になってきたので、既に亡くなった尊敬すべき信徒を聖者として崇めたり、神の手下である天使を登場させたり、様々なテコ入れが行われていった。


 本来、すべてを知りなんでも出来る唯一の神がいれば、どちらも必要のないはずの概念だ。


 ダーラ教の教えは地域ごとに微妙な変化を続け、過激なものから緩いものまで様々な宗派が増えていった。そして、その多くをあの手この手で一つにまとめ上げたのが、他でもない聖女アンジェラである。


「聖女様は折り合いをつけるのが上手いぜ」


 ガルームさんは苦笑いをする。

 アンジェラさんはけっこう乱暴な理屈で、ダーラ教と神殿の融和の方向性を早々に固めた。


 簡単に言ってしまえば、神殿の主神と唯一神ダーラは同一の存在。神殿の他の神とダーラ教の天使・聖者は同一の存在。解釈が違うだけで同じ宗教だ、ということにしてしまったのだ。

 対応表も作られているし、もともと多数の宗教を取り込んでいた神殿の神々に不足はない。


 アンジェラさん個人としては、奴隷制度さえなくなるのであれば、教義の細かい部分にはそこまでこだわっていない様子だ。


『屁理屈をこねくりまわすのは得意なの』


 そう笑う彼女はずいぶん生き生きとしていた。


 北のトータス家にとって、ダーラ教の神殿統合は面白くない展開だろう。これまでの異教徒征伐にかけた情熱や金銭は相当なモノだったろうから、肩透かしを食らったようなものだ。


 ただ、王国全体としての反発はそこまで強くないだろうとのことだ。

 神殿は数多の宗教を束ねてきた国際組織である。こういった場合の国との交渉についても、ある程度パターン化されているらしい。未統合だった周辺集落の支配権をチラつかせ、「神殿のダーラ派」を保護対象にするよう交渉したらしい。


 それにしても……。

 ダーラ教信者たちからはもっと異議があることも見込んでいたけど、意外とすんなり受け入れられてしまったな。


「なんでこんなにスムーズなんだろ……」


 俺がそう呟くと、ガルームさんは何やらツボに入ったようで笑い転げた。そして、俺の背をバンバン叩くと楽しそうに言った。


「そりゃお前、ここには偽物の御使い様に救われちまった奴らしかいねぇんだぜ。信仰をかなぐり捨ててパンを受け取っちまった。異教徒のお前に向けて、心の底から感謝しちまってる。いまさら、どの面下げて反対できるんだよ」


 えー、俺のせいか。

 ガルームさんは酒瓶を傾けてニヤニヤと笑う。


「他の地域の信者には、まだ飲み込みきれねぇ奴もいるだろう。だが、こうして奴隷のいない街を見せりゃ、いずれ納得するさ」

「そんなもんですかね」

「おう。地下教会に残った奴らとか、極端に過激な宗派は残ってるがよ。まぁ、大半の奴らはこの街の生活に満足するんじゃないか。マザーメイラの方にもきっと隠れたダーラ教徒がいるはずだが、神殿で堂々と礼拝出来るとなりゃ喜ぶと思うぜ」


 そう言ってガルームさんは腰を上げる。

 これから彼は学校で勉強をするそうだ。農業街でビルを持って調味料の研究をしたいのだと言っていた。


「じゃあな。お前ももうこの街を去るんだろう」

「うん、準備ができ次第すぐね」

「聖女様も気の毒になぁ。想い人が女の尻を追いかけ中とあっちゃ、報われねぇよ」

「そんなんじゃないってば」

「あはは、そうかもな。お前の中では」


 実際、アンジェラさんにはけっこう引き止められた。恋心ではないだろうけど、いつでも帰ってこいとも言われている。住民のみんなも気さくでいい人たちだ。


 レミリア探しをやめるつもりはないけれど、いつかまたこの街に来れるといいな。


 そう思いながら、俺はこの都市を発つ準備を進めていた。王都を経由した後、東に向かう予定だ。

 兄さんから聞いたとんでもない噂(・・・・・・・)を確かめに行かなきゃ。


 たぶん、そこにレミリアがいる。


 汎用ブロック(ノルン)で作られた広い道をゆっくりと進み、中央の街門を抜ける。するとそこで、教会神殿の鐘がなった。何気なく振り返ると、門に書かれた文字が目に入る。


「え……こんな名前にしちゃったんだ」


 ようこそ、聖教都市ホーリーライアー(聖なるウソつき)へ。


 そんな文言が、恥ずかしげもなく大きく書かれていた。俺はなんだかむず痒い気持ちになりながら、一度大きく手を振って、踵を返し歩いていった。


 教会神殿の鐘の音は、俺が都市を出ていくまで、何度も何度も鳴り続けた。

第五章終了です。

たくさんの応援ありがとうございます。

ご感想やポイント評価など、とても励みになっております。

この場をお借りして皆様に感謝を。

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