思ったとおりの人だった
大聖堂には冷たい風が吹き込んでいた。
パンは踏みにじられ、酒樽は壊され、小杯は火が消えて倒れている。布団に包まる女性や子供たちの傍らでは、男性信者と神父が激しい言い争いを繰り広げていた。
俺はゆっくりと大聖堂に入っていく。
「一体どうされたのですか?」
すると、神父の一人が顔を真っ赤にして俺に詰め寄ってきた。
「貴様か。この大聖堂に汚れた布を持ち込ませ、信者たちを堕落させようと企む悪魔は」
俺は神父を無視し、部屋の中央で倒れされた小杯のそばへと歩み寄る。
神父は何やら怒鳴りながらついて来るが、今は体調不良の者を休ませるのが最優先だろう。そう思いつつ、聖者の腕輪を使って小杯に火を灯すと、神父は少しだけたじろいだ。
俺はその小杯を一人の少年に手渡す。
「倒れないように、持っておいてくださいね」
「わ、わかりました!」
結界が起動すると、冷たい空気は再度遮断されたようだった。まぁ、聖堂内が暖まるまではもう少しかかるだろう。次はパンの作り直しかなと思いながら、聖堂の奥へと足を進める。
「待て。逃さんぞ、悪魔め」
神父たちに行く手を阻まれた。
それにしても、悪魔か。
「いやぁ、知りませんでしたよ。聖堂には布団を持ち込んではいけない。飢えたものが食事を取ることも、凍えるものが暖を取ることも、病んだものが眠ることも禁止されているなんて。どこの誰が言い出したことなのです? その悪魔のような教えは」
俺は落ちている石をパンに変えた。
怒っている神父に放り投げる。神父はそれを床に叩きつけ、踏みつけた。
「どうして食べ物を粗末に扱えるんですか。この地下教会では、信者たちは平等。苦楽を共にして、同じように飢えに耐えてきたはず。皆さんは涙を流して大事そうにパンを食べるというのに、あなたはそうやって容易に踏みにじられるのですね」
「ふん。信者と神父では覚悟が違うのだよ。どんなことがあっても、悪魔の施しは受けん」
信者たちを眺めれば、みんな神父に対しては憎々しい視線を送っている。彼は気付いていないのだろうか。それとも、気付いていて気にもしていないのだろうか。
「おい、あのガキを捕らえろ」
神父がそう言って下がると、彼の後ろにいた特別信者が出て来る。
竜族2名、鬼族3名、獣族3名。いずれも武器を持っている、強そうな武人たちだ。信者たちの不安そうな視線が俺に集まる。
俺は神父に向かって告げた。
「私もあなた方には言いたいことが──そうですね。3つほどあります」
俺は両手足の武装を起動する。
手甲に展開するのは【マグネット/ロープ】、ブーツに展開するのは【スプリング/ウォール】の機能だ。さらに今回は、白い外套からキラキラした金のエフェクトが出るようにしている。これは戦うための機能じゃないけど、神聖っぽい感じになっているといいな。
構えをとると、そこに竜族の1人が襲い掛かってきた。やはり彼らは素早い。
俺は強化外骨格のサポートでそれを避け、右足のスプリングで地面を蹴りながら、左足のウォールで空中に足場を作る。外套を流れ星のように翻し、三次元の動きで特別信者たちの間を駆け回った。
「なんだあのガキ!」
叫ぶ武人のそばに寄り、左手に展開したマグネットの機能で鉄製の武器を一つずつ回収していく。子供相手だと油断しているからか、全て回収するのにそこまで時間はかからなかった。
俺は息を吐き、彼らに告げる。
「ひとつ。ひと口のパンだけじゃ、みんな腹が減って動けないのは当たり前だ」
そう言いながら右手のロープを伸ばし、竜族の1人と獣族2人をまとめて縛りあげる。ついでに、回収した武器を部屋の隅へと捨てた。
「ふたつ。普段は贅沢ばかりしているのに、困ったときだけ神父面しても、信者がついてくるはずないだろ」
鬼族の3人にロープを巻く。彼らは強い力で暴れているが、魔力で作られた縄はそう簡単に切れるものではない。
「みっつ。淫らなことは合意の上でやれ。弱みを握って脅すなんて、許せるわけないだろう!」
残った竜族と獣族を縛りあげた。戦闘自体は1分もかからなかっただろうか。神父も信者も、目を見開いて俺を見ている。
「ふぅ……別に、私のことを悪魔と呼ぶのは構いません。誰にどんなことを言われようが、私はただ信者の皆さんをお助けするだけです」
俺は両手足の武装を解除する。
そして聖堂の奥に向かうと、潰れたパンを一度石に戻し、再度パンを作り直した。
パンの一つを神父に放り投げる。
「今は引いてください。体調を崩され、休んでいる方がいます。話し合いは落ち着いた頃にでも」
その場にいる神父たちは、顔を赤くしたり青くしたりと様々な反応をしているけれど、まだ闘志を萎えさせていない神父もいる。少なくとも、このまま大人しく引き下がりはしないだろう。
「……ふん。後悔するぞ。我々に楯突いて、ここで生きていけると思うな」
そんなセリフを吐けるのは、神父たちが職人として働く特別信者を抱えているからだろう。その協力なくして、冬を越すことは難しい。逆らう者には肉の一欠片も与えられず、餓死してもおかしくないだろうから。
神父たちは縛られた武人たちを強引に立たせ、ゾロゾロと大聖堂を後にしていった。
ピシャリ、と扉が閉めらる。するとその瞬間、信者たちからは大きな歓声が上がった。
「御使い様! すげぇや!」
「こんなに強いとは思わなかったわ」
「いやースッキリしたぜ」
もう少し不安がる顔もあるかと思ったけど、みんなこれまでの鬱憤を多少なりとも晴らせたことのほうが嬉しかったようだ。
さて。後は聖女がどう出るかだけど。
「……聖者ロニン様の御使い様」
そんな声がして、神父たちが出ていったのとは別の入り口から聖女が現れた。
おそらくは一部始終を見ていたのだろう。みんな慌てて頭を下げようとするが、彼女はそれを手振り一つで留める。
「決めました。例の計画、乗りますわ」
そう言って柔らかく微笑む。
俺は歩み寄り、彼女と握手を交わした。あぁ良かった。やはり、彼女は思った通りの人だった。





