理想の都市とは
応接室で待つことしばらく。
レミリアの捜索状況についてアルファからの報告を聞いているところで、世話係の少女が現れた。
「お待たせいたしました、こちらへ」
彼女の後に付いていくと、そこにあったのは大聖堂を小さくしたような部屋だった。
俺は驚いて息を飲む。
部屋の中央では、聖女は地面に膝をつき、頭を下げていたのだ。
この様子は予想外だった。まさか宗教のトップがこんな風に客人を出迎えるなんて、思ってもみなかったのだ。本来であれば、もっと堂々としていなければならない立場のはずだろう。
世話係の少女たちも、思いもよらない聖女の行動に慌てている様子だ。
「……お待ち申しておりました」
震える声でそう言って、聖女は顔を上げる。
彼女の印象は、信者を前にした話していた時とはまた異なるものだった。
透き通った印象はそのままだが、張り詰めていた糸がプツンと切れてしまったように脱力してしまっている。この極限状況の中、いろいろと限界だったのかもしれない。その顔は、ホッとしているようにも悲しんでいるようにも見えた。
俺は彼女に向かってゆっくりと歩を進める。
「私は聖者ロニン様の使いです」
「……はい」
「この地で苦しむ信者たちを救いにきました」
俺が聖女の前で立ち止まると、世話係の少女は拳ほどの石を俺に手渡してきた。証拠を見せろということだろう。
俺は石をパンに変え、聖女に差し出す。
しかし、彼女はそれを受け取ろうとしない。潤んだ瞳で俺を見たまま、小さく震えるばかりだ。
「どうされました?」
「いつか……こんな日が、来るんじゃないかと思っていました。信者たちを救えない私に、聖女失格を言い渡しに来たのでしょう」
そう言って涙を流し始める聖女。
俺は慌てて胸を貸し、その背をとんとんと叩く。少しして、聖女の嗚咽が部屋に響きはじめた。世話係の少女たちも、対処に困って右往左往しているようだ。
俺はまだ、何もやっていないんだけど……。
そうしてしばらく慰めているうちに、聖女も徐々に落ち着いてきたようだ。その頭を撫でながら、どうしてこんな展開になったんだろうと自問する。
「……私の話を、聞いていただけますか?」
「あ、はい」
そして、彼女は自分の置かれた状況をポツリポツリと話し始める。
彼女の母親はダーラ教の聖女だったが、とある貴族に嫁入りして彼女を産んだらしい。幼くして聡明だった彼女は4歳にして聖女の名を受け継いだ。
それからは、お飾りの聖女という立場には満足せず、苦しむ信者たちの生活をなんとかしようと改革を行っていった。また、長い歴史で枝分かれしていた宗派をあの手この手で統合し、王国や帝国による迫害から多くの信者たちを保護していったのだという。
気がつけば、ダーラ教は王国が危険視するほど大きな集団となっていた。
「素晴らしいことですね。常に信者のためを思い行動する。なかなか出来ることではありません」
「ですが、私の力ではそこが限界でした。集団が大きくなるにつれ、段々と暴走する信者たちを制御しきれなくなっていったのです」
組織の規模が大きる頃には、彼女が直接会話をする相手は神父たちのみになっていった。一般の信者たちは、彼女を神格化して感謝を表明するだけ。具体的な相談は何も聞こえてこない。
そして徐々に、ダーラ教は意図しない動きをするようになっていった。
「まさか大きな戦争が起こして、皆に苦しい生活を強いるなんて。私は……せっかく新しい人生を頂いたのに、私は……」
新しい人生、という言葉。
信者たちの話題に上がっていた改革を聞いてから予想はしていたけど、おそらくは彼女も別の世界の知識を持つ転生者だろう。
その行動から推測するに、彼女は神の存在こそ信じてはいるものの、古い教え自体にはそこまで固執していないようだ。
客観的に宗教をとらえ、信者のために教義の取捨選択を行っている。おそらく彼女の前世は、宗教戦争がある程度落ち着いた後、宗教が完全に廃れる前の、過渡期の時代を生きた者ではないだろうか。
彼女は本当に優秀な人だと思う。
各宗派の教義の違いを屁理屈で押し込めるセンス、王国との小競り合いを対立宗派の戦力削りに利用する強かさ、関係者の本音と建前を知った上で清濁あわせ飲む柔軟さ。技術一辺倒の俺には真似できない頭の良さだ。
それでも、体は15歳の女の子なのだ。
俺も経験があるから分かるけど、感情面は肉体年齢に大きく引っ張られ、理性では抑え込めない時もある。ここまで追い詰められれば、こうして感情が爆発してしまうのも仕方ないのかもしれない。
「聖女様、落ち着いてください。私はあなたを非難したり、立場を奪おうとなんてしていません。ここまでダーラ教のために尽くし、信者たちを導いた聖女は、未だかつていません。貴女でなければ到底なしえなかった」
それは、偵察のときから思っていたことだ。
神父たちとは違い、彼女や世話係は教義に従って清貧を心がけている。立場上飢えるようなことはないが、最低限の食料しか口にしない。ダーラ教の聖女として、本当に立派な人だ。
「いえ、御使い様。もとより私には過ぎた使命だったのです。すみません……奇跡の力を持つあなたにお願いです。私の代わりに、ここに集まった信者たちを導いてください。どうか……」
そう言って頭を下げた聖女は、もう心が折れかけているように見えた。そんな彼女を、世話係の少女たちも気遣わしげに見守っている。
俺は聖女の手を包むように握り、語りかけた。
「聖女様、そう落ち込むことはありません。皆を幸せにするのは、間違いなくあなたの役目ですよ」
「でも……でも、もう私には」
「安心して下さい。大丈夫です。私は今日、その為の提案を持ってきたのですから」
偵察で聖女の人柄を知ったからこそ、俺は今回の作戦に踏み切ることにしたのだ。心の底から信者のためを思う彼女なら、きっとコレに乗ってくれるはずだ。
俺は背負袋から魔導映写機を取り出すと、それを魔導書と接続した。
ドキュメントフォルダを開き、徹夜で作ったプレゼン資料を選択する。少し待つと、空中に四角い画面が投影され、資料のタイトルが表示された。
よし、ここからが本番だぞ。
気合を入れよう。
【新・聖教都市構築のご提案書 by 聖者ロニン様の使い】
聖女様は目を丸くしてそれを見た。
世話係の少女達も釘付けだ。
実は、プレゼンについては一家言あるんだ。
前世ではもともと、相手の理解を待たずに説明を畳み掛けてしまう癖があった。職場の仲間からはよく「お前の説明ヘタすぎ」なんて呆れ笑いをされたものだ。だから、悔しかった当時の俺は、いくつかのプレゼン講習を受けて独自の説明メソッドを構築したんだ。
結果は上々。仲間はみんな、俺のプレゼンを聞くと、なんだか優しい目を向けてくれるようになったのだった。
そのスキルを今、遺憾なく発揮しよう。
聖女の顔を見る。
今回のタイトルはけっこう悩んだんだけど、シンプルなものでも興味は引けているようだ。変に奇抜な方向に倒さなくてよかった。
「本日は、新しい都市計画の提案に来ました」
「と……都市計画?」
俺はコクリと頷き、ダーラ教式の礼をする。
聴衆の注意を引きつけたことを確認して、俺はページを進める。まずは主題の投げかけからだ。
『あなたの思い描く理想の都市とは?』
聖女の表情は、なんだか険しいものに見える。
1、2、3。
俺は少し間を置き、彼女に語りかける。
「さて、聖女様。理想の都市にはいろいろな観点があるかと思いますが……聖女様としてはやはり信者の皆が笑顔で暮らせる、というのが大事な部分でしょうね。奴隷などいない。みんなが美味しいものを食べて、暖かい家に住み、歌ったり絵を描いたりしながら穏やかに過ごせる」
「そ、そうですね……。確かにそうですが、そんな夢のような都市を現実にするのは、難しいのではありませんか?」
「ふむ。では、こちらをご覧ください」
俺は魔導書のキーを叩く。ページが一つ進み、一本の動画が始まる。聖女は口を大きく開けてそれを見始めた。





