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ここからが本番だ

年内に次章に入るべく、少しだけ投稿ペースを上げます。

 俺を先導して歩いているガルームさんは、ずいぶんと遠回りをしているようだった。何か意図があるんだろう。


 擬態虫にはレミリアを探してもらっているから、時間を稼ぐこと自体は俺にとっても好都合だ。そう思いながら、俺は大人しく彼の後ろを歩く。

 もしかすると、彼女はこの岩山にいないのかもしれない。まぁ、まずはこの拠点を隅々までひっくり返して判断するしかない。


 廊下の気温はとても低い。

 多目的眼鏡(マルチスコープ)に表示される気温は、かろうじて水が凍らない程度。俺は強化外骨格(パワードスーツ)があるから寒くないけど、ガルームさんなどはよく平気そうにしているものだ。


 改めて岩山の内部を眺める。

 無機質な色の岩でできた廊下。外気を防ぎきれていない木窓。時折吹き込んで舞っている雪。

 虫の映像とはまた違う感慨でそれらを見た。ダーラ教の信者たちは、こんな場所でずっと暮らしてきたのだろうか。少なくとも、一朝一夕で出来たような拠点には見えないけれど。



 中央の大聖堂に着くと、奥の杯に火が灯され、信者たちは冷たい床に頭を擦りつけた体勢で固まっていた。


「皆さん、頭を上げてください」


 俺がそう言うと、彼らは顔を上げる。

 その顔には困惑の色が浮かび、探るような目線で見る者もいた。なにせ見覚えのない子供が突然来訪してきたのだから、当然の反応だろう。


 俺はダーラ教式の礼をしてから話し始める。


「私は聖者ロニン様の使いの者です。この地で苦しい生活をする真の信者たちを救うように、とのご意思を授かってまいりました」


 そう言って、聖堂の奥へと向かう。

 懐から取り出したのは、小さな杯型の魔道具だった。それを大杯へと近づけ、火を移す。振り返り、小杯を掲げながら信者たちの中心へと向かっていく。


「まずは皆さんを、この寒さから救いましょう」


 俺は部屋の中央に小杯を床に置いて、起動部に命力を込める。するとすぐ、結界の魔法陣が起動した。


 この結界は、室外との空気の熱交換を遮断するだけの簡易なものだ。人や空気の移動自体は可能であり、仕組みとしては野営結界の一部を流用しただけに過ぎない。

 見た目が杯型なのは、単にダーラ教の祭具を模しただけだ。火を灯しているのにも特に意味はないけど、たぶん雰囲気は出ていると思う。


 この世界に来てはじめて知ったけど、宗教っていうのは雰囲気が大事らしいんだよね。少しくらい変なことを言っても、神官服を着ているだけで逆に良いことを言っている風に聞こえたりするから、不思議なものだ。

 なんてことをマザーメイラのカノッサ神官長に話した時は、ずいぶんと大爆笑されたけれど。


「さぁ、この聖堂は簡易な聖域になりました。これで外から寒さが入ってくることはないでしょう。では、信者ガルーム、私のもとに石と水を運んでください」


 信者たちが訝しげな視線を俺に向ける中、俺はガルームさんに目配せをして、部屋の隅にいるお婆さんのもとへと歩いていった。


「さぁ、どうぞ」


 俺がやることはシンプルだ。

 石をパンに、水を酒に変えるだけ。


 俺が差し出しだしたそれを、お婆さんは震える手で受け取った。

 ダーラ教式の礼をするお婆さんは、パンをゆっくりと口に運び、恐る恐るといった様子で齧りつく。すると、その目から涙が溢れた。周囲の信者たちにはどよめきが走る。


「……順番にパンと酒を配ります。動ける者は石と水を運んでください。それから、お酒が飲めない方は申し出てくださいね」


 そう話し、端から順にパンと酒を配った。

 当初は俺を睨んでいた者も、目の前で石をパンに変えるととその場にひれ伏した。どうにかして顔を上げてもらうと、彼らは何やら決意を秘めた目つきでガルームさん達を手伝い始めた。


 動く者が増えてくれば、大聖堂の気温は徐々に上がっていく。すると、みんなは今更ながらに結界の効果に気がつき始めた。聖堂中央の小杯の周囲には小さな人だかりができて、みんな興味深げにそれを眺め始めているようだった。


「あー、まだ床が冷たいですからね。敷布や掛け布団があればどうぞ持ってきてください」


 そう言うと、若い男たちが手分けして寝床から布団を運び込んだ。そして、誰が何を言わなくても、それらは幼子を抱えた母親たちのもとへと優先的に運ばれてゆく。


 その光景は、間違いなく愛の宗教と呼ぶべきものだった。



 全員にパンを配り終えて、ようやく一息つく。

 今はまだ別の場所で仕事をしている者もいるから、あとはセルフで持っていってもらうえばいいだろう。そう思い、聖堂の奥にパンの山を築いて、その横に酒樽を積み重ねる。


 信者のみんなを見れば、久々の酒に酔っている者や、布団に包まってウトウトとしている者も多かった。かなりの疲労が溜まっていたのだろう。


「どうぞ、このまま大聖堂で寝てしまって構いません。こう寒くては、夜もよく眠れなかったでしょう。ゆっくりとお休みください」


 俺のその言葉を皮切りに、かろうじて起きていた者も安心して意識を手放したようだ。

 一方で、ガルームさんたちは見張り部屋に戻るらしい。彼らは俺に一礼すると、パン袋と酒樽を受け取って意気揚々と去っていった。


 信者たちをここに集めておけば、レミリアの捜索は格段にやりやすくなるだろう。既に多くの擬態虫が岩山の中を動き回っていて、アルファが情報を解析してくれていた。



 大聖堂の外に出ると、そこには三人の少女が待っていた。白い外套と仮面からして、聖女の世話係の者たちだろう。

 神父の方が先に来るかと思ったけど、どうやら彼らはまだ眠りこけているようだ。


「……聖女様がお呼びです」


 一瞬、レミリアかと思うような声色だった。ドキリとしたけれど、耳の形が違うから別人だろう。俺はゆっくり頷くと、彼女たちの後ろについて石造りの階段を上がっていった。


 さて、ここからが本番だ。

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