思い出していた
岩山から少し離れた森の中。
開けた土地に野営結界を設置した俺は、その中には汎用ユニットで簡易な小屋を作って過ごしていた。
既に偵察を始めて数日。
虫を使った捜索を続けているけれど、岩山のどこにもレミリアの姿は見当たらない。地下牢や拷問室なども直近で使われた様子はなく、行き場のない焦燥感だけが雪のように積もり続けていた。
風呂に浸かりながら、考えごとの神像を手のひらの上で転がす。
「やっぱり、アレが必要だな……」
決意して湯船から立ち上がる。今のまま闇雲に突っ込んでも、彼女は見つからないだろう。
強化外骨格は快適な状態を保ってくれるとはいえ、やはり風呂に入ってリフレッシュすると疲れの取れ具合が違う。
俺は果実水を飲みながら魔導書を開いた。
「アルファ、相談したいことがある」
『なんでしょう、マスター』
「要件は二つ。今後の流れを考えてみたんだけど、どの展開になっても間違いなく例のモノは必要になると思う。設計と構築を頼んでも良いかな」
『わかりました、マスター』
「もう一つ。偵察方法を変えたい。意見出しを手伝ってほしいんだ」
現在、虫を使った偵察は難航していた。
というのも、王都でも人工魔虫は話題になっていたけど、生き物の少ないこの土地だとさらにその存在が目立ってしまうらしいのだ。身を隠しながら偵察を続けても、得られる情報は限られてしまう。
「どうにか見つからずに偵察したいんだけど」
『そうですね……前の世界ではどのような技術がありましたか?』
「うーん。こういう時の定番は光学迷彩かな。ただ、あんまり高機能の虫を新規に開発する時間はないからね」
闇雲に突っ込むわけにはいかないけど、もしレミリアが捕まっているのなら、早く助け出す必要がある。
その日はいくつかの案を練ると、アルファにその準備をお願いして早めに就寝することにした。
それからさらに数日の偵察で、色々なことが分かってきた。
まず、ここはダーラ教の拠点で間違いないということ。聖女と呼ばれる者のもとに、十数名の神父、千数百名の信者が集まって暮らし、神に祈りを捧げているようだ。
また、神父の下には「特別信者」と呼ばれる者たちがいた。神父の護衛をする武人や、必要な武器・生活用品を生み出す職人などだ。ヘゴラ兄さんもこの特別信者として優遇された生活を送っている。
「寒くて痩せた土地に集まった、迫害された宗教の信仰者……か。暮らしは相当厳しそうだけど」
『ダーラ教信者の宗教行動についてレポートをまとめましたので、後ほどお読みください』
「ありがとう、アルファ」
ダーラ教についても色々とわかってきた。
彼らは神殿のような多くの神を祀る多神教ではなく、唯一神ダーラを崇める一神教である。全ての民は平等とされ、また奴隷の所持を禁止している。それらの理由から、神殿とは全く別の道を歩んできた宗教らしい。
実際に観察すると、確かにこの場所には名目上の奴隷はいない。
信者全員で持ち回りで家事をして、小さな畑を耕し、家畜を育て、拠点の警備をする。そこに明確な上下関係はない。
ただ、神父と呼ばれる立場の者たちは少し違うようだ。彼らは皆を指導する立ち位置にいて、自らは働いていない。小部屋に閉じ籠もっては意味のなさそうな会議を繰り返したり、皆に宗教的なストーリーを読み聞かせることが仕事のようである。
それから……。
「……愛の宗教、ね」
『マスター。珍しく怒っているのですか』
「こういうのは、ちょっとね」
偵察で分かったのは、ダーラ教の陰の部分とも言うべきもの。神父が女性信者に体の関係を迫っている様子が、虫の目から明らかになった。こんな風に弱みにつけこむ手口は、どうも好きになれない。
そして、ここまで隅々まで探しても、レミリアの姿はどこにもなかった。聖女の周辺だけど警戒が強くてまだ調べられていないから、可能性があるとすればそこだけだろう。
『マスター。どうやらこれから、聖女の説法が始まるようです。ご覧になりますか?』
「うん。もちろん」
そう答えると、多目的眼鏡には虫からの映像と音声が再現される。
岩山の中心にある大聖堂は、信者全員をすっぽり収められるほど巨大なものだ。その部屋の最奥には大きな金の杯が置かれていて、そこに火が炊かれている。どうやらこれが、唯一神ダーラへの供物らしい。
大聖堂に集まった信者たちは、みんな床に頭をこすりつけている。
『……顔を上げなさい』
聖女が杯の前に立つと、信者たちは目に涙を浮かべて彼女を拝む。
町の噂で「聖女は仮面をしている」というものがあったが、現実の聖女はみんなにその顔を晒していた。15歳くらいの人族、透き通った長い金髪の女の子である。
そして、聖女の後ろには「世話係」と呼ばれる少女たちが立ち並んでいた。彼女らは白い外套のフードを目深に被り、仮面をして顔を隠している。年齢は10歳に満たない者ばかりのようだが……むしろこちらのほうが、町の噂の姿に近いだろう。
「レミリアがいるとすれば、世話係の中かな」
『情報が足りません。全員仮面で顔を隠していますし、判別は困難です』
「単純にレミリアのパーソナルカードがここにあるだけ……って可能性も高いよね。まぁ、確証を得られるまではちゃんと調べないと」
神父の並んでいる少し後ろの席には、ヘゴラ兄さんの顔もあった。
彼はクロムリード家の魔道具をかき集めているみたいなんだけど、どうやらそれらは全て盗品のようなのだ。魔道具を分解し、再現できずに頭を抱え、神父に適当な報告をして日々を暮らす……というのが、彼の生活サイクルらしかった。
魔道具は組織的に盗んで回っているようで、この拠点にも次々と運び込まれてきた。それだけ見ても、レミリアのパーソナルカードが盗品としてここにある可能性はかなり高いだろう。
あれこれ考えているうちにも、聖女の説法は続いていく。
『神は決してあなた方を見捨てたりはしません。今は耐える時です。聖典の第三章には、こんな言葉があります――』
全知全能の唯一神。神の使いである天使たち。死後に神から認められた守護聖者。そして、生きて皆を導く聖女。それらの登場人物が、悪魔から民を救っていくストーリーが語られていく。
神の教えを信じ、忠実に守った者が救われる。物語として考えれば面白いものだろうけど。
そうして話を聞いていると、聖女の中のひとりが偵察虫の方を見て近づいてきた。
『こんなところにも石が落ちてる……?』
そんな呟きとともに、世話係が虫を手に取る。
実は現在、偵察虫は石に擬態しているのだ。
これにより、虫の見た目のままよりは圧倒的に偵察はしやすくなった。ただ、聖女の周辺は世話係が目を光らせているから、彼女に関してだけは核心に迫れずにいるのだが。
世話係が擬態偵察虫を外に放り投げると、俺は決心を固めた。
「例の作戦。準備ができたら始めよう」
『……リスクが高いのでは?』
「でも、レミリアが岩山にいるかどうかは、これで一気に明らかになる。時間もかけたくないし、このあたりで引っ掻き回した方がいい」
机の上から、一枚の報告書を手に取る。実は兄さんに依頼して、聖女の顔写真から彼女の素性を洗ってもらっていたのだ。
意外なことに、彼女の正体が分かるのに時間はそれほどかからなかった。
「まさか、中級貴族サルソーサス家の長女が、国と対立するダーラ教の聖女をやっている、とはね。ネタは掴んでるから、最悪でも強気に出られる材料は揃っているよ。やってみよう」
そうして、夜遅くまで相談を続けた。
窓の外はひどい吹雪だ。
「レミリア……大丈夫かな」
寒いの苦手だもんな。
そう呟きながら、ベッドに寝転がる。
耳の奥に、彼女の独特なクシャミの音が響いた気がした。俺は両手を握っては開き、彼女の冷えた耳の感触を思い出していた。





