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もう少し探ってみる必要がありそうだ

 粉雪の舞う、まだ薄暗い早朝。ピンと張り詰めた空気の中を俺はまっすぐ走っていた。

 多目的眼鏡(マルチスコープ)のスピーカーからはグロン兄さんの声が聞こえてくる。兄さんは現在王都のクロムリード邸にいて、主に国や神殿との調整ごとに奔走しているらしかった。


『お前が出発したあと、サルトさんが正式にマザーメイラに引っ越してきたんだ』

「そっか。サルト兄さん、元気そうだった?」

『あぁ。子供を抱き上げて幸せそうにしていた。お前に会えなくて残念がっていたぞ』


 元弟子のサルト兄さんが作った魔導家具は、既にマザーメイラの生活に欠かせないものになっていた。改めてお礼も言いたいし、帰ったら挨拶に行こう。


『サルトさん、相当嬉しがっていたぞ。大勢の人が、自分の作った魔導家具を使ってくれてるって。夢のようだ、なんて言いながら、興奮して小一時間喋り続けてたよ』

「あはは、目に浮かぶようだよ」


 サルト兄さんは我が家から独立した後、魔導家具専門の職人として有名になっていた。もとから生活用の魔道具を研究していたし、奥さんは家具職人の家の娘だったから、自然な流れだろう。

 ただ、高価な魔道具を気兼ねなく生活に使えるのは、稼ぎの良い商人や貴族ばかり。一般的な平民の生活では、火種や照明などの安価な魔道具を使うのがせいぜいだった。


『新しく作る領都で、各家庭にサルト兄さんの魔導家具を標準配備したいんだけど──』


 そんなサルト兄さんへの打診は、彼にとってかなり嬉しいものだったらしい。さらにこの功績がもとになって、次の春からは彼は我が家の配下の下級貴族として取り立てられることになったんだ。


「ところで、王都の様子はどう?」

『あぁ。ポイント協会に対しては、国は今のところそこまで脅威を感じてはいないらしい。まぁまだ規模も小さいからな。神殿の提案にもさほど難色を示さなかったから、想定どおりに事は運ぶだろう』


 その報告にホッと胸を撫で下ろす。グロン兄さんに調整してもらっている今一番の課題は、ポイント協会の今後についてだ。

 基本的な業務も見えてきたし、この数ヶ月の運用で世界樹の予測精度も上がってきた。ここまで来れば、俺たちは早々にポイント協会をクロムリード家から切り離し、神殿に業務を移すつもりでいた。


 この世界である意味大成功を収めている神殿の組織も、すべての部署がうまくいっているわけではない。特に通貨まわりでは、古くから世界通貨とも呼べる「神殿通貨」が規定されているんだけれど、既存通貨と比べたときの利点も少ないためすっかり形骸化していた。神官ですら神殿硬貨を見たことのない者がほとんどだ。


 要はこの部署に、ポイント業務の矢面に立ってもらうのが俺たちの腹積もりだった。


『王国はポイント協会を神殿に売り渡し、多額の売却費用を得る。神殿はポイント協会を使って世界通貨思想を実現できる。で、我が家は他家からの横槍を回避できるわけだ』

「大きくはその方向で決着が付きそうだね」

『あぁ。細かくはいろいろあるけどな』


 どうにか上手いこと、皆に利益がある形になりそうで良かった。そう話しながら、兄さんは別の話題に移る。


『港町リビラーエについて相談があってな』

「何か不満でも上がった?」

『逆だ。もっと大幅に町を改造してほしいと言ってきているんだ。モリンシー殿がまた死んだ顔をしていたよ。お前の言うとおり、あの人もいろんな板挟みで大変なんだな』


 町の人たちも、マザーメイラの繁栄ぶりに思うところがあるらしい。前とは状況も違うし、心境の変化もいろいろとあるんだろうな。


「それじゃあ、やるの? 例の改造」

『あぁ、やる。ただ、海族の生活について俺は詳しくないからな。町の構成を相談してもいいか?』


 海族は、誤解を恐れずに言えば二足歩行の魚と言えばいいだろうか。


 海中でも陸上でも呼吸は出来るけど、体が乾くとどんどん元気が無くなっていく。だから基本的には海中で生活しているらしい。他の種族とは、なかなか共存の難しい種族でもあった。

 また、彼らの性格は、せっかちで怒りっぽい。港の作業員の間では怒号が飛び交うのが日常で、とにかく何でも速いことが良いことという価値観を持っているようだった。


「海中レース場を作ってもいいかもね」

『それはいいな。大会を開けば名物にもなるか』

「いいねぇ。ところで地下鉄道の実験は?」

『想定通りだ。後でデータを送っておこう』


 領都マザーメイラと港町リビラーエの間は地下鉄道で繋ぐつもりでいる。それに、冬の間には海族の代表とも新しい町作りの相談をするらしい。


『それから、一つ大事な報告がある』

「大事な報告?」

『母さんが、妊娠した。出産予定は来年の夏くらいだな。母さんの年だと少しリスクが高いのが気になるが』


 その報告に、俺はつい返答を忘れた。

 そうか……今度は弟か妹か。無事に生まれてくると良いけど。それまでに帰るのは難しいかもしれない。


 こちらの状況もいろいろと話しながら、荒れた土地をひたすら走っていく。

 多目的眼鏡(マルチスコープ)に表示される気温は氷点下。遠くに見える大きな滝も一部が凍りついていた。強化外骨格(パワードスーツ)のおかげで疲れや寒さは感じないけど、周囲には猪車一つ見当たらなかった。



 昼休憩も挟みつつ、サルソーサス領都から北東へ走ること約8時間。国境からそう遠くない地点にその場所はあった。

 ゴツゴツした大小の岩山。流れが激しい川。深く暗い森。冬だということもあり、日は早くも傾いてきている。


 薄暗い空の下、俺は多目的眼鏡(マルチスコープ)を望遠モードにして岩山を見た。


 その表面には何やらボコボコと穴があいていて、薄っすらと光が漏れている。地面に近い洞穴がおそらく出入り口なのだろう。数人の見張りがその辺りの岩に座り、談笑しながらあたりを警戒していた。


「アルファ、人工魔虫を用意してくれ」

『承知しました、マスター』

「位置情報は分かる?」

『はい、問題ありません』


 俺は樹木の陰に身を隠す。そして、虫の視聴覚情報を多目的眼鏡(マルチスコープ)と同期しながら息を潜めた。


 大小の岩山は複雑にくり抜かれていて、大人数が暮らす住居になっているみたいだ。外壁の穴は窓を兼ねた空気穴らしい。

 虫は小まめに飛びながら、やがて、虫は一つの窓にたどり着いた。どうやらレミリアの位置情報は、この中を指している。


『侵入します』

「あぁ、頼む」


 窓の隙間から中に入る。蝋燭のみが灯された薄暗い部屋には、いくつかの音が響いていた。ギシギシと何かが軋む音。ペチャペチャと響く小さな水音。それに、数人の荒い息遣い。俺は虫の目を暗視モードに切り替えながら、部屋をぐるりと見る。


 ベッドの上では、一人の少女が男に組み敷かれていた。また、男の左右には二人の少女纏わりついている。どうやら情事の最中らしい。

 俺は少女たちの顔を確認しようと、物音を立てないようにゆっくりと近づいていった。


 俺は息を止め、男と絡まり合う少女たちの顔を確認する。


『……マスター』

「あぁ。あの中にレミリアはいない」


 はぁと息を吐き、背後の木に背中を預ける。

 脈打つ心臓を落ち着けながら、とりあえずはホッとした気持ちで、虫に向かって指示を送った。


 虫の視界から見渡した部屋には、多くの魔道具が転がっていた。中には修復不可能なほどバラバラにされたものもある。それらをよく見てみると、何やら馴染み深いものばかりだ。


『クロムリード家で開発したものばかりです』

「レミリアのパーソナルカードも転がってるな。なんだろう、魔道具の作りを調べてるのか?」


 そうしてしばらく虫に探らせている時だった。

 男が突然ベッドを降りて、スタスタと近づいて来る。その手には、小さい虫打棒を持っていた。おそらく虫を潰すつもりなのだろう。


 そして男が棒を振り上げた瞬間、虫の目はその顔を捉えた。


「……ヘゴラ兄さん?」


 見覚えのある顔だった。

 突然我が家からいなくなった父さんの弟子の一人――ヘゴラ兄さんが、どうしてダーラ教徒の拠点にいるんだろう。


 驚いている間に、虫の視界が消えた。

 棒で潰されたのだろう。


 これは、もう少し探ってみる必要がありそうだ。

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