明日はそこに行ってみるつもりだ
北のトータス地方、サルソーサス領都。
ようやくその都市に着いたのは、冬も始まる頃だった。途中の関所で長らく足止めをされ、随分と時間がかかってしまったんだ。
「レミリアの位置情報は、この領内か」
サルソーサス家といえば、ずいぶん前に当主が俺に接触してきたことがあったな。弟子のヘゴラ兄さんの失踪について、何かしら関わりがある様子だった。タイゲル家も調査をしてくれたらしいんだけど、結局尻尾は掴めずじまいだ。
レミリアは東の出身だと言っていたし、ヘゴラ兄さんの件に彼女が関わっているようにはあまり思えないんだけどな。
領都で宿を取った後は、早速酒場に向かう。この体で酒は飲まないけど、情報を集めるのにはうってつけの場所だった。
「坊主、一人なのか?」
「うん。この酒場は料理も美味いって聞いて食べに来たんだ。おすすめはある?」
「あぁ、ここの名物は石窯パンだな。おーいマスター、この坊主に一切れ持ってきてやれー」
赤ら顔のおじさん達はなかなかに気がいい人ばかりだった。俺はすっかり出来上がっている彼らに混ざりながら、それとなく最近の出来事を聞き出していく。
「戦争か……。あぁ、結局異教徒は取り逃がしちまったって話だったな。ただ、戦果はかなりデカかったって話だぞ」
聞けば、戦争は既に終わっていたらしい。
相手はダーラ教という異教徒の集団だったらしく、彼らが暮らしていた土地を制圧して王国の領土を広げることに成功したらしい。また、過激な宗派の重要人物も捉えることができたため、それだけを聞くと大勝利と言っても良かった。
ただ、教団の上層部は捕らえることはできないまま逃げられてしまったのだとか。トータス家の当主はずいぶんイラついた様子で周囲に当たり散らしていたという噂だ。
「そういや、例のクロムリード騎士団がかなり活躍したって話だぜ」
「そうなんですか?」
「あぁ。なんでも、険しい山道を疲れた様子一つみせずに行軍してな、負傷者も出さずに少人数で大量の捕虜を持ち帰ったらしいんだ」
捕らえた者は北で買い取られ、新しく奴隷となったらしい。クロムリード家には捕虜の売却代金や国からの報奨金が支払われたみたいだけど。そんなので儲けても嬉しくないなぁ。
前世では戦争なんて過去の歴史で学んだだけだった。思うところはいろいろとある。今回は仕方がないけど、できれば戦争なんてこれっきりにしてほしいものだ。
まぁ今はとにかく、騎士団のみんなが無事で良かったとだけ思うことにしよう。
話をしているうちに、おじさんはどんどん増殖していった。おじさんがおじさんを呼び、そのおじさんも別のおじさんを呼ぶ。俺の周りはおじさんで埋め尽くされていった。
北の人たちは酒好きが多いらしい。酒が入れば、顔見知りかどうかなど関係なく盛り上がっていた。種族すらごちゃ混ぜだ。
「俺は直接見たんだけどよ、あの騎士団はすげぇ。末端の兵卒に至るまで凄ぇビシィッとしててな、あれはやべぇぞ。クロムリード領都マザーメイラは武の都だって噂だぜ」
興奮しながら話すおじさんに、他のおじさん達がガヤガヤと群がる。
「いや、マザーメイラは食の都だろ。酒も食材も、今や産地がクロムリード領ってだけでどんな高値でも買い手がつくくらいだ」
「ちげぇよ、性の都だって。姿絵の仮想乙女と実際にイイコトが出来る町なんて他にないだろ。俺も旅費が溜まったら来年は絶対行くって決めてんだ」
「芸術の都でもあるらしいよ。音楽・歌劇・彫刻・絵画に、服飾や小説なんかも流行ってるって。なんでも、変なパトロンを見つけなくて生活できるし、芸術家の天国だって話さ」
「金の都だろ。今や国中の金がどんどん集まっていってる。俺も自由商人だったら飛びついてたな」
ずいぶんといろんな噂が広がっているらしい。それに、話す人によって観点が全然違うのが、純粋に面白いなと思う。
「いやいや、堕落の都だって話だよ……働かなくても生きていけるみたいだし」
「そりゃ流石に眉唾じゃねぇか?」
「マジだよ。親戚が住んでるんだ」
「それ俺も聞いたぜ──」
そういえば、関所町でも聞いたな。最近西地方に、というかクロムリード領に人が流れてるって。父さんは他の貴族にかなり嫌味を言われているらしい。
確かに国の制度としては、移住税を支払えば引っ越し自体は禁止されていない。移住元の領主に対して相応の金額を払う必要があるが、地方を跨ぐことすら可能であった。
ただ、金銭で補填はしているものの、人が減るということは税収が減るということ。加速していく人口流出に、近隣の中級貴族はかなりナーバスになっているらしい。まぁ、上級貴族はあまり気にしていないみたいだけど。
俺は果実水を飲みながら会話に耳を傾ける。すると、一人のおじさんが、思いついたように何かを取り出した。
「そうそう、これ見ろよ」
「紙? 随分精巧な絵が書いてあるが」
「北の帝国で作られた、紙の金だってよ」
「なんだそりゃ」
あるおじさんが取り出したのは、一枚の紙幣だ。そこには皇帝らしき人の顔が書いてある。これを使えば、硬貨をジャラジャラと持ち歩かなくても済む、というのが触れ込みらしい。
目にするのは初めてだけど、噂自体は聞いていた。実は神殿は銀行業務も行っているから、マザーメイラのカノッサ神官長経由で情報は流れてきていたのだ。
「北の帝国に、やべぇ軍師がいるらしいんだ。この紙の金もそいつの発案なんだとよ」
「マジかよ。って言うか、なんで軍師が金まわりに口出ししてんだ。専門外だろ」
おじさん達はわいわいと紙幣をまわし見る。
それにしても、紙をお金にしてしまうなんて、ずいぶん思い切ったことをするよなぁ。前の世界では昔話でしか聞いたことなかったけど。昔の人のチャレンジ精神には頭が下がる思いだ。
ただ、ざっと見た感じでは、いくつか魔道具を作れば割と複製は簡単そうだ。紙質にしても、濡れたり燃えたりすれば無くなってしまいそうなヤワな紙だし。
おじさんの一人が紙幣を眺め、ボソッと呟く。
「ポイントの方が便利じゃねぇか……?」
まぁ、そうだよね。
ポイント協会は国内各地に徐々に広まっていて、パーソナルカードを持っている人も日常的に見かけるようになってきている。行商人を中心にポイント決済も広まりつつあるし、単に通話アプリを使いたいって理由でカードを持つ人も多いみたいだ。
人も多く集まってきたところで、俺は本題を切り出すことにした。
「ねぇ、おじさん。ところでさ」
「どうした坊主」
「俺と同じような服装で、フードを被って仮面で顔を隠した女の子って最近見ませんでした?」
「んー……いや、覚えはねぇな」
やっぱりレミリアの目撃証言はないか。他のおじさんに聞いてみても、首を横に振るばかり。仮面をした子なんてそういないし、目立つ格好だと思うんだけどな。
実は、関所町あたりまではレミリアの目撃情報があったんだけど、そこから北に来ると途端に情報が集まらなくなったんだ。
服装を変えたのか、隠れて移動しているのか、それとも……。確かなのは、彼女のパーソナルカードがこの領地にあるということだけだ。実はカードだけここにあって、彼女は別のところにいる、なんて可能性もある。
ふと、一人のおじさんが思い出したように手を叩いた。
「そういや、ダーラ教の聖女は仮面をしてたな」
「ダーラ教って、例の戦争の?」
「おう。蛮族のやつらが信じてる宗教さ。最近は奴隷の間でも妙に広まってきててな……なんでも、すべての種族・すべての民は本来平等だ、って主張する愛の宗教なんだとよ」
「ふーん」
それだけ聞くと変には聞こえないけどな。
ただ、神殿に統合されていない宗教に出会ったのは初めてだ。神殿は世界中のいろいろな宗教を取り込んで大きくなった組織のはずだけど……ダーラ教が独立して残っているのには、何か特別な理由があるのだろうか。
「その聖女に会うにはどうすれば?」
「ガハハハハ、そう簡単に居場所がわかったら、王国軍も苦労はしねぇよ。今回の戦争でも結局逃げおおせたそうだしな」
「そうですか……」
「どこにいるんだろうな。ダーラ教の残党どもは」
おじさんの言葉を聞きながら、俺はいつも見ている地図を思い出していた。サルソーサス領内の、町など何もないはずの地点に固定されたアイコン。国境からそう遠くない場所だ。
レミリアの位置情報は、少なくともここ30日間はそこから動いていない。
俺はおじさんたちにお礼をすると、ご飯代を支払って宿へ向かった。
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