家族っていいな
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第五章「聖なる嘘つき」の始まりです。
秋も中旬に差し掛かると、領都マザーメイラでは住民による様々な催しが行われるようになった。領主代行である俺も、なんだかんだと忙しい日々を送っている。
その日も執務室の椅子に座りながら、いくつかの案件を処理していた。
『マスター・リカルド。今回の移住で、マザーメイラの人口は6000人を超えております』
「そっか。かなり増えたね」
『どうされましたか? お疲れのようですが、少しお休みされたらいかがでしょう』
「……そうだね、ごめん。少し仮眠を取るよ」
そう答えて、ソファに寝転がる。
昨日は夜遅くまで魔道具を作っていたから、少し寝不足だったんだ。幸いにも、緊急で片付けなければならない案件は残っていない。
――レミリアは今頃どうしているだろうか。
そんな風にとりとめもなく考えているうちに、いつの間にか意識を失っていたらしい。気がつけば時計の針は昼を回っていて、しばらく何も入れていなかった腹がくぅと鳴った。
『おはようございます、マスター・リカルド』
「おはよう。悪いな、仕事の続きをしよう」
『いえ。この都市に来訪者がありましたので、マスターにはご対応をお願いします』
来訪者? と首を傾げると、領主館は説明を続ける。
『クロムリード家の紋が入った猪車が来ました。領主様御一行ではありませんか?』
なるほど、父さん達が着いたのか。俺は手早く身なりを整えると、領主館の入り口へと向かった。
しばらく待っていると、何やら聞き覚えのある声が聞こえてくる。
目を向ければ、ちょうどミラ姉さんがこちらへ駆けてくるところだった。その後ろには、よたよたと走るフローラの姿もある。あぁ、みんなに会うのは久々だなぁ。
「リカルド、久しぶりー! すごい都市ね」
「りーにぃー!」
ミラ姉さんが俺の髪をくしゃくしゃと撫で、フローラが足元にしがみつく。なんだか気恥ずかしくもあり、落ち着く感じがする。
ふと見ると、フローラの横ではぬいぐるみのクマタンが彼女の頭を優しく撫でていた。
「ん……? 記憶違いかな。このクマって、動くように作ってたっけ」
「あぁ、それはね――」
ミラ姉さんが何かを言いかけたところで、二人の向こうから父さんと兄さんが現れた。真剣な顔であれこれと議論を交わしているみたいだ。ここに来るまでに、領都の姿を見ていろいろと思うところがあったんだろう。
兄さんは俺を見て軽く手を挙げる。
「リカルド、いい街になったな」
遠隔でも状況は話してたけど、実際に目にすれば気になることはまた違うだろう。このあとは、都市の各所を視察に行く予定だ。これから領主として街を回していくのは、父さんや兄さんだからね。
と、そこまで考えたところで、この場にいるべき人物が足りないことに気がついた。
「そういえば、母さんは……?」
「ククク……。ほら、後ろから来るぞ」
兄さんがニヤニヤしながら指差した先では、母さんがずいぶんと動揺した様子でふらふらと歩いていた。いつも落ち着いている母さんらしくないけど、一体どうしたというのだろう。
「母さん、久しぶり」
「リカルド……あの……」
「ようこそマザーメイラへ!」
「はぅっ!?」
俺がそう言うと、母さんは両手で顔を抑えてジタバタと悶え始める。ずいぶんと耳が赤い。
「母さんは、ここに来て初めて都市の名前を知ったんだ。自分の名前が付いてるって知らなくてな」
「あぁー、それで身悶えてるのか」
「……こんな姿、なかなか見られないからな。今のうちにしっかり目に焼き付けておこう」
グロン兄さんを見ると、イタズラが成功したような楽しそうな顔をしていた。
遅めの昼食を取りながら、久しぶりに一家揃って団欒する。いくら話しても話題は尽きなかった。
ミラ姉さんの婚活は、まだ実ってないらしい。
一応アプローチも受けてはいるけど、相手は高齢だったり既婚者だったりと微妙な者しかいないらしい。それでも、貴族の友人はそれなりに増えたみたいだから、じんわりと前進はしているようだ。
それから、妹のフローラは天才だった。
勉強はクマのぬいぐるみが家庭教師になって教えてるみたいなんだけど、何事も吸収がすごく早いのだとか。その上、家に転がっていた触手の魔道具をクマタンに組み込んで、手足が動くように改造してしまったらしい。
「まったく。リカルドといい勝負だと思うわ。それに、ぬいぐるみが動いた時のグロン兄さんの顔がまた凄くてね」
「ぐーにぃ、おもしろかった。あばばばって」
「……ミラとリカルドの適応が早過ぎるんだ」
明るい笑いがリビングに満ちる。
あぁ、この雰囲気は本当に落ち着くな。
離れていたのは半年ほどだけど、家族っていうのは近くにいるだけで、こんなにも心が救われるものなんだな。なんというか……前の世界ではもう少し違ったから。家族っていいな、と素直に思う。
昼食が済んだ後は、父さんと兄さんを連れて領都の各所に挨拶まわりをした。
神殿のカノッサ神官長に、軍人街のノルブレイド騎士団長。事務所街の職業協会や大商会、農業街や繁華街。都市機能として、都市浄化装置や都市結界、世界樹なんかも見て回った。
「ところで父さん、国への税の支払いは?」
「あぁ、今年の分は王都で済ませてきた」
実のところ、我が家の財政は余裕がある。
出費だけを見れば、確かに沢山の財貨が流出はしている。国に収める税のほか、移住者の所有奴隷の買い取り、移住元の貴族へ払う移住税なども決して安くはなかった。
ただ、それ以上に収入が多いのだ。
なにせ移住者はほとんどの財産をポイントに替えていた。つまりはポイントを「商品」として見ると、みんなが大枚をはたいてポイントを購入してくれていることになる。ポイント協会の金庫にはどっさり硬貨が積まれており、単純な硬貨の量で言えば我が家が困ることはそうそうないだろう。
兄さんはうーんと頭を悩ませる。
「何だか世の中の通貨価値がおかしくならないか。ポイントと硬貨が両方流通するんだろう?」
「そうだね。対策として、納税で再度流通させる金額に応じて、世界樹には生産量なり他の部分で釣り合いを取ってもらってるよ」
ざっくり言ってしまえば、モノの量が変わらないのに通貨の量が倍になったら、単純に考えてモノが倍額に/通貨の価値が半分になるだけ。実際はもっと複雑だけど、一見すると錬金術のように見えるこの方法には相応の生産管理能力が必要だってことだ。
その後も丸一日かけて父さんや兄さんに引き継ぎを行い、領主館の人工知能ともいろいろ話し合いをして、家族みんなで夕食を取った。
みんなといろいろな話をして、ひとしきり笑って、日が落ちたところでそれぞれの部屋に戻る。
自室に戻った俺は――旅支度を確認し始めた。
生産の基本である魔導書や錬金釜。連絡用の個人用携帯端末はもちろん、自分用に作った多目的眼鏡、強化外骨格、緊急避難腕輪、万能作業手甲、魔導刻印靴、護身外套、野営結界、命力補充機、あとは……。
「やっぱり行くのか」
「うん」
部屋の入口に立っていたのは、グロン兄さんだった。その声を背中に聞きながら、俺は出発の準備を続けていく。
「彼女を連れ戻せても、お前には婚約者がいる」
「……そうだね」
「妾にでもするのか」
「そんなの……分からないよ」
そう都合よく、望んだ未来は手に入らない。
そもそもレミリアがなぜ出ていったのかも、何を望んでるのかだってちゃんと知らない。追いかけても、苦労だけして得るものは何もないのかもしれない。
「フローラが泣くぞ。お前の天使なんだろう」
「うん」
幼いフローラの横にずっといて、彼女の成長を見守れたらって強く思う。兄として出来ることは、何だってしてやりたいと思ってる。だけど。
「母さんもミラも寂しがる」
「うん。今日は嬉しかった……家族っていいね」
俺はゆっくり立ち上がり、部屋の中を見た。
前世の頃から片付けは苦手だ。今もいろんなモノがごちゃごちゃと散乱しているけど……だからこそ、いなくなってしまった人のことを意識せざるをえなかった。
ほんの少し前までは、彼女が鼻歌交じりに片付けてくれていたんだ。
「とにかく、レミリアと話をしたい。その先でどうなるかはまだ分からないけど。でも、このまま黙って他の未来を考えることなんて、無理だから」
俺は持ち物を入れた背負袋を持ち上げた。
薄い強化外骨格を服の下に着ているお陰で、重さはほとんど感じない。これなら旅も問題なさそうだ。
兄さんは俺を見てため息をついた。
「10歳の春だ」
「え?」
「結果はどうあれ、それまでに帰ってこい」
あと2年半……か。
俺はそれまでに、レミリアと面と向かって話をすることができるだろうか。
「んー……なるべく頑張る」
「絶対だ、リカルド。お前なぁ、俺とマールの結婚式に出ないつもりか?」
「あ、そっか。うん。わかった」
レミリアが抱えている事情はわからないけど、そうだね。それまでには全てを片付けて、帰って来よう。
覚悟を決め、俺は首を縦に振った。
「それからな。お前に一つ、王都での噂話を教えてやる。よく聞け」
「……噂話?」
「なんでも、成り上がり貴族クロムリード家の次男リカルドはとても病弱で、今は領地を離れられない状態、ということになっているらしいぞ。大変だな。社交界デビューなんてかなり先の話──きっと10歳くらいまで無理だろうな」
兄さんはそう言って口の端を上げる。
「それは……そっか。大変そうだ」
「ドルトン殿にも証言してもらっている」
「迷惑かけてごめん」
「まったくだ」
兄さんはクスクスと笑い声を漏らした。
そうだね。俺の病弱設定が生きているうちに、早くレミリアを見つけて帰ってこよう。
「リカルド。体に気を付けてな」
そう呟いて、兄さんは部屋を去っていった。
このお礼はまた、帰ってきた時にしよう。
まだ日の昇らないうちに、俺はマザーメイラを出発した。
レミリアを追うこと自体はそう難しくはない。実のところパーソナルカードには、人工衛星の魔力波を利用して位置情報を特定する原始的なGPS相当の魔導機器が搭載されているんだ。彼女のパーソナルカードもまた、位置情報を発信し続けている。
魔導書を開き、地図を見た。彼女の行き先は、この国の北だ。俺は白い息を吐きながら、旅の一歩を踏み出した。





