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答えは返って来なかった

 まだ薄暗い早朝、領主館のバルコニーへ出る。街を見下ろせば、中央広場には既に楽しそうに歩いている住民が見えた。

 改めて考えてみれば、春から秋にかけての半年でよくここまで都市を作りきれたものだと思う。碁盤目状の白い道路。噴水や街路樹。ビル群や広場。そして世界樹(ユグドラシル)


 さて、いよいよ次のステージだ。

 俺は自分のパーソナルカードを取り出し、話しかけた。


世界樹(ユグドラシル)。予定通り、全個人用携帯端末(パーソナルカード)のアップデートをお願い」

『わかったよ、マスター・リカルド』


 しばらく待っていると、パーソナルカードが淡く光る。そしてカードの表面にはメッセージが表示されていた。


『通話アプリがインストールされました。使い方動画を見てみますか? [はい]/[いいえ]』


 バルコニーから外を見れば、先程まで楽しそうに歩いていた人たちが、立ち止まってカードを見つめていた。おそらく、初めてのことに困惑しているのだろう。

 その様子を眺めていると、とある集団が連絡先を交換し始めた。初めてのことだけど、使い方は上手く広まっていくだろうか。


 俺は連絡先リストを開き、レミリアの名前を選択する。しばらく呼び出し画面が表示されたあと、彼女の顔が表示された。寝起きなのだろう、口の端に涎の跡がある。


「おはよう、レミリア」

『リカルド……? なに、これ』

「通話アプリだよ。ほら、今日から配信の」

『びっくりした……』

「着替えたらこっちにおいでよ。街のみんなの様子を見てみよう。あ、顔がカピカピだから洗ったほうがいいよ」

『ぁ……』


 ブチッと通話が切れ、カードが黒くなった。

 通話品質は良好だ。


 少し顔を赤くしたレミリアがやってくる頃、街ではカード越しに通話をして笑い転げる様子が所々で見られるようになっていた。


「おはよう、レミリア」

「いじわる……」

「街の様子を見てみようよ」

「……ん」


 どんなことを話してるんだろう。聞いてみたくはあるけど、あの様子を見るにあまり意味のある会話はなされていないだろう。

 みんな新しい玩具を手に入れた子供のように楽しげにカードをいじり回していた。実に平和だ。


 ふと横を見ると、レミリアは俺を見つめて微笑んでいた。


「どうして……今のタイミングだったの?」

「ん?」

「通話アプリ。初めから、組み込んでおけば」

「あぁ、人工衛星の準備がやっとできたからね」


 俺はポケットから、実験に使っていた紙魔道具を取り出す。真ん中に平たい魔石の付いた円形の紙だ。


「これが人工衛星の試作品。実際にはこれのもっと大きいやつが、クルクル回転しながら空の上を飛んでいるんだ。ほら、前に空に打ち上げてたやつ」

「空……? 何も見えないけど」

「すごく高い場所を飛んでるからね。この星の周りをいろんな軌道で飛んでる。まだ個数は少ないけど、徐々に数を増やしていく予定だよ。世界樹(ユグドラシル)との通信を中継するだけだから、これ自体はあんまり高度な処理はしないけど」


 ひとまず運用するのに最低限の個数は飛ばせたけど、もう少し増やして冗長化しておきたい所だ。俺はレミリアに説明を続ける。


「──それで、遠隔での命力補充方式はムダも多いことかが分かったから、次は植物の命力生産機能を魔法陣化しようと思ってて」

「リカルド……」

「デブリ化も考慮して古いものは大気圏で燃え尽きるようにしてるから」

「……待って、リカルド」

「え?」

「そろそろ……本当に分からない」


 しまった。つい悪い癖が出て、話しすぎてしまったみたいだ。俺が頭を下げてると、レミリアはクスリと笑った。


「……まぁ、リカルドらしいからいいけど。このあと、ちょっと付き合って」

「?」

「……プレゼントがある」


 レミリアは俺に背を向けて歩いていく。

 思いかえせば、彼女は出会った頃より随分と逞しくなったものだ。俺の袖をつかんで隠れているだけだった女の子が、この都市を建設するにあたっては他に代わりのいない重要な役割を果たし、困難な仕事を次々と成し遂げていった。


 俺にとって今の彼女は、他に代わりのいない重要なパートナーだった。実務面だけじゃなく、気持ちの上でもそうだ。


「……リカルド」

「ん?」

「この前……魔水晶を作った、よね」

「うん。あれは衝撃だった」


 彼女はあれからも研究を続け、ついに人工魔石の超小型化に成功していた。以前背負っていた大きな人工魔石は不要になり、ビー玉程度の大きさで同程度の命力を利用できるようになっている。


 ここまで来るとすでに魔石とは別物であったため、俺たちはこれに「魔水晶」という名前を付けて呼ぶことにしたんだ。


「その魔水晶関係で、リカルドに渡したいものがある。こっち……裏庭まで来て欲しい」

「うん」


 彼女は魔水晶でペンダントを作った。これには人工知能リリアとの同期機能も搭載され、彼女は指輪とペンダントだけを身につければ魔法を行使できるようになっていた。

 いずれもっと小型化していければ、指輪一つだけで魔法を使えるようになるかもしれない。


「これまでは、大型人工魔石も魔水晶も、私が魔法を使って作成していたけど……でも、それでは発展性がない」


 彼女は俺にゆっくりと説明する。

 確かに、レミリアがいないと領地運営が回らないのは不都合が多いだろう。彼女の負担も大きいし、次の世代に都市を引き渡すことすらできない。


 そう思って魔水晶の作成が魔道具化できないかも試していたんだけど、これまでは上手くいかなかったんだ。


「もしかして、魔法陣化に成功した?」

「……ううん、少し違う。魔法陣として作成するのが難しかったから、アプローチを変えた」


 レミリアと共にやってきたのは、裏庭にある一本の木の前だった。


 彼女は振り返って俺を見る。

 コクリと頷くと、長い耳が揺れた。


「この方法は、リカルドが教えてくれた。生き物は遺伝子を持っていて、どう育つかを設計できる……知らなかった。潰すと調味料の出て来る豆や、甘いお菓子の実がなる枝なんて……そんなものが実現できるなんて、想像したこともなかった」


 そう言うと、レミリアは木からヒメリンゴを一つもぎ取る。まだ果物農場ができる前、都市開発の当初はこうしてよく食べたものだけど。


「これを割ると……」


 レミリアは小さくつぶやくと、指先に風の刃を作り、果実に切れ込みを入れる。そしてそれをパカッと半分に割った。果実の中央部には黒い宝石のようなものがある。これはもしかして……。


「魔水晶入りの果実……改良すれば、無駄な果実部分は除けるかも。遺伝子をいじれば、もっと大きい魔水晶も作れると思う。研究してみて欲しい」


 それは、想像もしていなかった成果だった。

 俺が興奮気味にレミリアの手を握ると、彼女は顔を赤くして下を向き、口をモニモニと動かして言い淀む。


「その……これで、私が手を動かさなくても領地開発が出来るようになった。研究データは送るから、続きはリカルドが研究して、役立てて」

「えっと、レミリアは……」

「やりたいことが、別にある」


 彼女はそう言うと、俺の手をギュッと握り、顔を上げた。その目には涙が溜まっている。


「レミリア……?」

「どうしても他にやらなきゃいけない事がある。だから……続きはよろしく、ね。リカルド」


 そう言うと、レミリアは俺に魔水晶を手渡した。


――レミリアがこの街から消えたのは、翌日のことだった。


 彼女専用の強化外骨格(パワードスーツ)魔導書(グリモワール)、服や雑貨なども含めて、一切の持ち物が消えてしまっていた。まるで、最初からそこには誰もいなかったかのように。


「どうして……」


 俺の呟きは、秋の澄み渡った空気に溶けた。

 どこからも答えは返って来なかった。

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