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思うままに

 兄さんと話した数時間後。

 立体プロジェクタで映された父さんの顔は、ずいぶんぐったりとしていた。タイゲル家との諸々の交渉ごとは昨日の夕刻から始まり、丸一日をかけてつい先程終わったばかりらしい。


『グロンから報告が入っていると思うが……婚約の件、私の力不足だ。本当にすまなかった』


 父さんは頭を深く下げる。

 俺としても寝耳に水だけど、こんなに疲れ果てるまで交渉を続けてくれた父さんを責められるはずもない。


 ただ、それにしても。


「今回の婚約、何かおかしくないかな……」


 本来であれば、婚約の打診から決定までは入念に準備をするはずなんだ。特に上級貴族ともなれば相手の素行調査にもかなり慎重だと聞いている。成り上がりの中級貴族の次男ごときが、そうそう婚約を結べるような相手でもないだろう。


『そうだな……。今回に限っては、提案されたその場で決定を迫られた。印を押すまで屋敷に帰してもらえず、当主も他の予定をキャンセルしてまで私との交渉を続けた……あれは本気の目だ』


 権力のある上級貴族だからといって、進め方があまりにも強引だ。クロムリード家を重要視しているのならば、もっと機嫌を取りに来るのではないだろうか。


 繋がりを作り、友好的な関係を築くと言うよりむしろ……警戒されているような感じだ。


『私も同意見だ。ただ、警戒の対象はおそらくクロムリード家ではないだろう』

「……どういうことですか?」

『リカルド、お前だ。タイゲル家はおそらく、お前を警戒している。マザーメイラの住民の中には既にタイゲル家の手の者もいるようでな……領都の細部まで知られていたよ。お前が主導して都市を開発していることもな』


 そして、やたらと俺のことを聞きたがったのだという。それを隠そうともしないあたり、釘を刺しに来る意図もあるんだろうけど。


『……庇護してくれると思っていたタイゲル家が、完全に味方ではない可能性もあるのか』


 そう言うと、父さんは四つん這いになってゲロゲロと吐き始めた。とりあえず今は、俺の婚約よりも父さんのメンタルの方が心配だ。


 通話を切ると、ソファに体を預ける。


 姉さんが婚活をしていたのは知っていたけど、自分にはまだ先の問題だと思っていた。なにせ、社交界デビューもしていない成り上がり貴族の目立たない次男坊だ。そんな俺にこんな形で婚約者ができるとは……全く想定外だったなぁ。


 そんな風に思考の海に沈み込んでいると、気がつけばレミリアが豆茶を持って立っていた。


「リカルド……」

「……ん?」

「もしかして……婚約者ができること、全然考えてなかった……?」

「うん。のらりくらりと回避できるかなって」


 しかも、まさか相手が上級貴族で、相手の顔も知らずに強引に決められてしまうとは思わなかった。正直、レミリアとの将来はぼんやり考えていたけれど、他の可能性なんて微塵も想定していなかったし……。

 これからどうしようかな。


「レミリア。一緒にどこかへ逃げる?」

「……ばか」


 彼女は豆茶のカップをテーブルに置くと、顔を綻ばせて抱きついてきた。俺の頭を胸の中に抱え込み、トクン、トクンと心音を響かせる。


「嬉しい。でも……だめだよ」

「だめか」

「……みんなが悲しむ。マザーメイラの開発もまだこれからだし。それに……中級貴族になるって聞いてから、私は覚悟してたから」


 そう話す彼女の胸元からは、ほんのり花の香りがした。なかなか上手くいかないもんだよな。


「それに……あんまりリカルドらしくない」

「俺らしく?」

「うん……。何があっても、なんだかんだ魔道具を作ってなんとかしちゃうのがリカルドだから」


 顔を上げれば、彼女は柔らかな微笑みを浮かべていた。その表情に、俺の心臓がトクンと鳴る。


「こんなこともあろうかと、婚約を破棄する魔道具を作っておいたんだ……なんて言い出すほうが、リカルドらしいよ……?」


 クスクスと笑う彼女に少し見惚れながら、俺はそのまま彼女の背に腕を回していた。婚約を破棄する魔道具、か……。そうだな。


 そうしていると突然、部屋の扉が乱暴に開かれた。


「おいリカルド、ちょっと触手の魔道具を作――おぉ、悪い。邪魔したな」


 ナーゲスが入ってきて、すぐに去って行く。それでも今だけは、俺はレミリアから離れようとは思えなかった。



 さて、あまり考え込んでも仕方ない。

 それに、これからは戦争の準備も始めなくちゃいけないんだ。正直、戦争なんて物語の中のものだと思っていたから、全く実感がないんだよね。


 領主軍のための軍人街は、領都の北西部に位置している。

 そこには兵たちの過ごす専用宿舎や、戦闘指南をしてくれる各種道場、様々なシチュエーションを想定した訓練場まで一通りの設備が揃っていた。兵士たちは普段から都市の警備、保安、消防など多岐にわたる活動をしながら、戦時には戦えるよう心身を鍛えいるんだとか。


 軍人街にある騎士団長の邸宅についた俺は、応接室でしばし待たされる。


「――リカルド殿。例の戦争の件ですかな」


 そう言って車椅子で入ってきたのは、新設されたクロムリード騎士団の団長であるシュバルゴ・ノルブレイドさんだ。曲がった鼻を金具で支え、傷だらけの顔に眼帯をしている。


 ノルブレイド家は下級貴族とはいえ、北部の武門貴族としては古い名家であった。だが、戦争での怪我が原因で当主は前線を離脱し、家は存続の危機に陥っていた。

 彼の子どもは女の子ばかりで、跡継ぎは当時3歳の末の男の子一人きり。戦にも出られず税も払えない状況で貧窮していたのだ。


 寄親だった中級貴族家と話し合った末、我が家が買い上げる形で配下に加わったのがこの前の冬のことだ。


「もう聞いているかもしれませんが、北部で大規模な戦争があるようです。王国軍は秋頃に仕掛けるようですね」

「ふむ。冬前に短期で叩くつもりでしょうな」


 ノルブレイドさんはコクリと頷く。


「近年は異教徒との小競り合いが激化していましたからな。北のトータス家もいい加減、決着を付けたいのでしょう」


 異教徒、か。よくは知らないけど、どうやらこの世界には神殿に組み込まれていない宗教が少数ながら存在するのだという。

 王国の各町には神殿が存在しており、統治にも重要な役割を果たしている。だから、異教徒とのいざこざはリスクでしかないのだ。


 クロムリード領からも、秋までには北に戦力を送る必要がある。領地も小さいため、指示された兵力は300程度と相対的には少ないものだ。

 しかしそれでも、ノルブレイド家の連れてきた兵士は80名程度、港町リビラーエの兵士は50名程度であり、都市部の治安維持に残す分を考えても素直に300名を提供するのは無茶と言えた。


「うーん……。兵力の提供は、お金や魔道具で済ませられないものですかね?」

「300はそれ(・・)も込みの数字でしょうが、兵士ゼロは無理ですな。北部ではどの家も常に命をかけている。金や物だけ送ってくる家は、何かと軽蔑の目で見られていたものですよ……」


 戦争の準備は、ノルブレイドさんが統括して行うことになる。

 大きな方針としては、港町リビラーエには頼らないほうが良いこと。兵士の増員を急ぎ、訓練計画も見直すこと。領都を発つまでに、武器や兵糧を規定量準備すること。


 話し合ったことをメモにまとめながら、俺も自分にできることがないか考える。


「ありがとうございました。団員はこれから増やすとして、クロムリード騎士団100名と金銭・魔道具の提供。このあたりでタイゲル家と調整するよう、父さんに伝えておきますね……いろいろとご苦労をおかけします」


 右手を差し出すと、彼は俺の手を引き寄せ、背中をポンポンと叩いた。


「何、私はリカルド殿に()をもらったのですから。この程度、苦労というほどのものでもありませぬ」


 そう言うと、車椅子を指差して口の端を不器用に歪めた。

 彼には片足が存在しておらず、もう片方の足も動く様子はない。一時はほぼ寝たきりで過ごしていたらしいだが、そんなタイミングで車椅子が発売されたのだという。そういえば、感謝状をくれたこともあったな。


 ノルブレイドさんは俺の顔を覗き込んだ。


「何かお悩みかな?」

「……いえ」

「君は不思議な子ですな。ずいぶんと好き勝手に生きているようにも見えるが……その結果、多くの者を幸せに導いている。私も含めて、な」

「そんな……」


 俺はただ、自分の好きなものを追求して努力しているだけだ。そんな風に言ってもらえるような偉い人間ではないと思うんだけど。


「君のような人間は、自由に、思うままに生きるのが一番良い。私はそう思っておりますよ」


 彼はそう言い残して応接室を去っていった。

 思うままに。俺はレミリアの顔を思い出し、彼の言葉を反芻しながら、領主館へと帰っていったのだった。


 顔を青くしたモリンシーさんが港町リビラーエからやってきたのは、翌日の夕方のことだった。


 どうやら戦争のことを耳にしたらしく、リビラーエの兵力にはあまり余裕がないことを必死に伝えてきた。俺が「町から兵は取りませんよ」と言っても信じず、美味しい料理と酒に舌鼓を打って、領主館に宿泊して長風呂を堪能すると、次の朝に父さんと遠隔会議をしてようやく肩の荷が下りたように町へ帰っていった。


 面白い人である。

 それから、彼がお土産に持ってきた魚介類はとても美味しかった。フローラがこの都市にやって来たら、きっと気に入ることだろう。

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