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面白い人だよな

 春も下旬になる頃には、領都の住民は300名を超えていた。基本的な都市機能はだいたい作れたと思うから、しばらくは数や規模を大きくしていく開発が中心になるだろう。


 最近は少し手が空いてきたため、領主館の中庭で体を動かすことが多くなった。


「トリン、もう一度さっきの動き、いいかな」

「わかった」


 俺は現在、竜族護衛の3名から戦闘の訓練をウケていた。といっても、目指すのは最低限自分の身を守れるところまで。中級貴族ともなれば、何かの利害関係で命が狙われるシチュエーションもありえるため、みんなの勧められたのだ。


 トリンからは剣盾術、アリーグからは足技主体の格闘術、ニシュからは狙撃術をそれぞれ教わっている。細かいことは知らないけど、それぞれ竜族国では武術が非常に盛んなので、様々な流派があるらしい。


「──やっぱり体が持っていかれるね」


 種族が違えば、真似できないことは多い。特に竜族はみんな動きが素早いから、注視していても目で追えないことが多かった。真似して動いていても、時々自分の体ですらどうなっているのか分からなくなるくらいだ。


 俺は吹き出す汗を拭いながら試作強化外骨格(プロトパワードスーツ)を脱いだ。魔導書(グリモワール)で彼らの動きを解析してるけど、単純に同じ動きをするだけでも難しい。


「人族でここまで動ければ、大したものだ」

「いやぁ、道具で補ってやっとだよ」

「道具だって力の一つだろう。それに多少でも時間が稼げるようになれば、有事の際に護衛が間に合わないというリスクも減る。良いことだ」


 話をしながら荒い息を整える。


 そうだなぁ。子供の体格で竜族の動きを完全再現するのは無理があるけど、ただ動作自体にはまだ無駄が多い気がするんだよね。

 身体能力の許容範囲のギリギリのところを上手く把握して、それを超えない範囲で最適な動きを追求していけば、あるいは……。


 考えながら顔を上げると、そこには水を持ったレミリアが立っていた。


「……リカルド、ちょっといい?」

「どうした?」


 彼女も予定していた整地作業をあらかた終え、残りは汎用ユニット(ノルン)たちに任せていた。広範囲の環境整備をのんびり進めるだけならば、それで十分だ。


 立ち上がって水を受け取ると、話をしながら居住棟の方へとゆっくり戻る。


「……頼まれた件。調査結果が出た」

「そっか、ありがとう。どうだった?」

「結果から言うと……地上よりも上空の方が命力濃度が低下する、ということが分かった」

「うーん、そっか。予想はしてたけど……」

「これ……高度と命力濃度の分布」


 彼女から渡された紙には、高度と命力濃度のデータがプロットしてあった。このデータから考えて、研究中の魔道具の基本設計は少し練り直す必要がありそうだ。


 そう思いながらレミリアを見る。

 あれ……?


「レミリア。髪、少し切った?」

「……ん」

「すっきりしたね。いいと思う」


 俺の言葉に、彼女は照れくさそうに微笑む。

 こんな風にして、領都マザーメイラでの生活は穏やかに過ぎていった。


 ちょうど、その日の夕刻のことであった。


『マスター・リカルド。領都外からの来客です』


 領主館の人工知能が来客を告げる。

 来客といえば、最近は行商人の立ち寄りが増え始めていた。獣族が中心となって改良を進めている農作物は、美味しいものがずいぶん増えた。それに目を付けた商人が余剰分を買い付けに来て、小規模ながら交易が始まっているのだ。


 ただ、今回来たのは――


『港町リビラーエの代官とのことです』

「モリンシーさんか。応接に通してくれるかな」


 もう少し早いかと思ってたけど、意外とのんびりだったな。そんなことを思いながら、俺は久々に貴族らしい窮屈な服装に着替え、応接室に向かうのであった。


 前の冬にモリンシーさんからもらった手紙には、父さんが丁寧に返事をしていた。

 今後もリビラーエの町は彼の一族に管理をお願いすることや、町の産業に無理に手を加えようとはしないこと、町を急激に変貌させるような事業は行わないこと。彼の要求を、ほぼ全面的に飲んだ内容になっていたはずだ。


 だというのに……応接室では、何やら表情を無くしたモリンシーさんが佇んでいた。一体どうしたというのだろう。


「お久しぶりです」

「あぁ……リカルドくんか。責任者を呼んでくれと言ったのだが、まさか君を寄越されるとはな……ハハハ、これは本格的にダメかもわからんね……」


 ずいぶんと疲れた顔をしてるな。出されたお茶にも手を付けていないし、去年の冬のギラギラした顔とは似ても似つかない覇気のなさだ。


「……あの、どうかされたんですか?」

「どうか……どうかしたか、だと?」


 そうかと思うと、突然顔を押さえて語気を荒くする。どうにも話が見えないな。うーん……。

 この領都の開発が、リビラーエに何か悪影響でも及ぼしただろうか。可能な限りそうならないよう、いろいろと配慮したつもりだったんだけど……。


「すまないな。リカルドくんに怒りをぶつけても仕方がないのに」

「いえ、お気になさらず。それより、リビラーエの町に何かありましたか? この都市が悪影響でも及ぼしていたら申し訳ないのですが」

「……いや、変わらないよ。何も……本当に何も、全く変わっていないんだ」


 頭を抱えるモリンシーさんによく話を聞いてみると、つまりはこういうことだった。


 地味な田舎の港町に一大ニュースが飛び込んできたのは、ちょうど一年近く前。去年の夏の終り頃のことだった。

 あの有名な新興貴族クロムリード家が、新たに中級貴族になることが決まった。しかも、この町を含めた周辺の小村が切り取られ、クロムリード領となるらしいのである。


 港町は、領地の中で一番大きな町だ。クロムリード領都となることは決まったようなものである。とはいえ、町の人口はせいぜい3000人程度で、町並みも古い。客観的に見て、領地を代表する都市だと胸を張るには足りないものが多すぎる。


『この町はどうなるんだ』

『クロムリード家って、あの新しい魔道具をバンバン作ってる家だろう?』

『この町も魔道具の実験場にされるんじゃ』

『私たちにも生活があるのよ!?』


 おそらくは良くも悪くも、今まで通りの町というわけにはいかないのだろう。町の漁業組合、農業組合などから代表者が集まると、町の会合は荒れに荒れた。

 新しい住民がどんどん入り、自分たちの仕事が他の誰かに奪われるのではないか。これまで通りの穏やかな生活が送れないのではないか。この町を何も知らない奴らが、権力を振り回して全てをメチャクチャにしてしまうのではないか。


 怒る者もおどける者も、みんなが怯えていた。


 モリンシー家にしてもそうだ。

 彼ら一族は、代々ドルトン家に仕え、この港町を切り盛りしてきた旧家だ。平民上がりの新興貴族に大きな顔をされるのは実に腹立たしい。そういった感情が、住民の思いと重なり合う。


「……そんなことがあってね。それで、冬の間に王都を訪れて、君のお父さんに直訴したんだ」

「えぇ。その意図は正しく伝わったと思っていますよ」


 そして、クロムリード家から手紙が届いた。そこには、リビラーエの港町はこれまで通りモリンシー家に代官として運営をお願いすること。また、町の住民の職を奪ったり、生活を大きく変えるような干渉はしないと書かれていた。


 これは大きな勝利である!


 モリンシーさんは興奮して、この手紙の内容を町の住民に大々的に知らせた。それこそお婆さんから赤ちゃんまで、この手紙の内容を暗記するほどしつこく宣伝してまわったのだ。


「へぇ、そこまでやってたんですか」

「あぁ。そうさ……」


 そして、年が明けた。春の元老院議会で正式にこの町がクロムリード領になったあとも、諸連絡はあれど内政への干渉はなかった。おそらく大きく事が動くのは、議会の終わる頃だろう。


 もしクロムリード家が約束を反故にすれば、我々は黙っていない。権利を害されれば、立場が弱くても一致団結して噛み付いてやる。そうやって、腹を括っていた。


「そうだったんですね」

「あぁ。だが一方で、相反する期待もしていた」


 そう、住民の心にあるのは反抗心だけではなかったようなのだ。


 領都になれば、いままでパッとしなかったこの田舎町も多少は華やかになるだろう。王都のモダンな服飾が、珍味が、美酒が流れ込んでくるかもしれない。領主の長男は芸術に明るいらしいから、噂に聞く甲殻族の楽団が演奏会を開くかもしれない。


 なにせ! このリビラーエは! 領地を代表する都市になるのだ!


 若い年代の者ほど、そういった良い方向への変化に希望を持っていたのだという。


 そうやって、待って待って待ち続けた。戦う準備をする者は、毎日みんなを鼓舞しては抗議用の旗を作成していた。受け入れるつもりでいる者も、すっかり古くなったファッション雑誌を眺めながら新しい文化を夢想していた。明日こそ、いや明日こそ何か変化が、と。


 そんなある日、町を訪れた行商人が呟いた。


『え? 領都なら別のとこに作ってたよ』


 そう言って指を指したのは、最近急に見るようになった巨木。まさかと思い人をやれば、本当に新しい都市を作っているではないか。しかも、港町よりモダンで、機能的で、美しい巨大都市を。


 知らせを聞いたリビラーエの住民は、全員が表情を失い膝を落とした。


「……町の住民の落胆と言ったら」

「そうだったんですか……」

「娘にもわんわん泣かれたよ。今からでもちゃんと謝り倒して、領都にしてもらって来いと……。漁業組合や農業組合の者たちも、みんな私のせいだと言うんだ。みんなだって反対してたじゃないか」

「なるほど、それは辛かったですね」


 うわぁ……。そんなことになってるとは、思いもしなかったなぁ。


 てっきりリビラーエの町は、一切の変化を望んでないと思ったんだ。だからこそ別の場所に領都を作って、なるべく彼らの生活に影響が出ないよう配慮していた。だというのに。

 実は変化を望んでいた……? いや、何か変化をもたらしていたら、それはそれで不満が出ていたんだろう。


「もう少し掘り下げさせていただけますか?」

「……あぁ」

「リビラーエの町は、決して変化したくなかったわけではない。例えば、新しい文化や便利な道具、美味しい食べ物なんかは歓迎する……と思っていいですかね?」

「……まぁ、そうだな」


 なるほど。

 例えば前の世界では、外の世界の文化を一切持ち込んではいけない惑星なんかがあったんだ。懐古主義者って言ったかな。その星で生まれ育った人たちには、宇宙へ出るための知識を外部から与えることすら禁忌とされていたんだ。


 リビラーエの町は、そういう主義主張とは毛色がが違って、ある程度であれば新しいものは受け入れたいと思っているらしい。


「逆にみなさんが否定的になるのは、住民が増えることや、新しい産業が興ることについて?」

「……人が増えると職が奪われるかもしれない。今いる住民が生活していけなくなると困る。だから、否定的な者が多いだろうな……。新しい産業も、今の仕事を食いつぶさないモノなら良いが……」


 なるほど、やっとモリンシーさんや町の人が望んでる事が分かってきた。

 要は今まで通りの生活ルーチンを守っているだけで安心して暮らせていけることが大前提で、それを崩さない程度の新しい刺激だけを受け入れて過ごしていきたいのが望みなんだろう。


 こうして言語化してみることで、ようやく俺の中でも納得がいった。やっぱり領地運営っていうのは難しいんだなぁ。


「細かいことは父さんと調整が必要ですが、大きな方針として、こういうのはどうでしょう」

「うん?」

「リビラーエの運営は、今後もモリンシー家に任せます。そして、リビラーエの町民の生活は大きく変えないよう注意します。住民も増やさない、税制度も変えない。まずはそれをベースにして」

「……あぁ」

「その上で、目新しい物品や便利な道具、鮮度の高い情報なんかは町に提供されるようにする。方法はこれから検討しますが、方向性としては間違っていませんか?」


 俺が問いかけると、モリンシーさんは目を白黒とさせて何やら困惑しているようだった。


「え? あー……うん。じゃあそれで」

「良かった、やっと理解できました。やっぱり統治については素人なので、考えの行き届かないところが多くて……。父さんとはその方向で話して詳細を詰めさせていただきますね」

「あー……あぁ、うん」


 モリンシーさんはずいぶんと疲れた様子だ。

 町民との調整ごとでいろいろと大変な思いをしただろうから、今日はこのまま領主館で寛いでもらうのが良いだろう。ナーゲスの水で沸かした風呂は、疲労回復に効くって評判なんだ。


「甲殻族の楽団については、私には伝手がないので兄に相談してみますね。リビラーエも演奏会の旅程に加えられると良いんですが」

「あ、あぁ……ありがとう」

「すみません、はじめから町のみなさんの意図を汲みきれていれば良かったんですが……。お手数をおかけしました。どうぞ、今日はゆっくりしていってください」


 俺はそう言うと、一礼して応接室を後にした。


 獣族が日々改良を重ねた農産物は、素材だけでもその美味しさが全く違う。その上、料理人も日々研究を重ねて新料理を生み出していた。

 澄んだスープは繊細で濃厚。サラダの野菜は驚くほど甘みがあり、酸味のあるドレッシングが素材の味を引き立てる。パンを割ればゴマの香りがふんわりと広がり、肉汁の滲み出す肉団子はいくら食べても飽きることがない。

 その夜、モリンシーさんは絶品食事を堪能し、デザートの汁一滴に至るまで幸せそうな顔で完食した。


「……鬼族の水と獣族の芋で作った蒸留酒は、こんな味になるのか……そうか、ここが天国か」


 すっかりリフレッシュした翌朝、魔導書(グリモワール)を使って父と遠距離会談をしたモリンシーさんは、深く安心した笑みを浮かべてリビラーエへと帰っていった。リビラーエとの交易もこれから盛んになっていくだろう。


 楽しそうに去っていく背中を見て、俺はホッと胸を撫で下ろした。彼はやっぱり面白い人だ。今後とも、ぜひ仲良くやっていきた。

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