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気に入ってくれるといいな

 領都マザーメイラを作り始めてから15日ほどが経ち、都市の中心部も少しずつ機能し始めていた。


 まず目につくのは、世界樹(ユグドラシル)だろうか。

 その高さはようやく30メートル程度にまで到達して、遠目からも随分と目立つようになってきた。想定通りに育っていけば、まだまだ成長するはずなんだけどね。


 次に都市浄化装置(ウルザルブルン)。これはナーゲスが作った浄水場を中心として、都市全体に網のように広がる水路システムだ。これにより、都市全体の水や空気の状態が人工知能により統括管理されている。

 都市の至るところにある噴水では、周囲の水や空気を常に浄化している。そして汚れた水は、地下の下水路や貯水池を通って排水場に集まり、再び浄化されて川の下流へと流れていく。各水路の中でもまた、水質浄化ユニットが仕事をしていた。


 こういった形で、様々な魔道具によって都市環境が整えられている。いやぁ、ここまで作り上げるのはけっこう大変だったなぁ。


 領主用の執務室でそんなことを考えていると、部屋の中に一つの声が響き渡った。


『マスター・リカルド、報告です』

「どうした?」

『都市の入り口に猪車が来ているようです』


 その声の主は、領主館を管理する人工知能だ。みんなからは単に「領主館」と呼ばれていて、この建物で主に領地運営関係の業務をサポートしてくれている。


「猪車の特徴は?」

『クロムリード家の紋があります』

「じゃあ、第二陣のメンバーかな。出迎えの準備を始めることにするよ」


 いよいよこの都市に住民が来るのか。俺はなんとなく落ち着かない気持ちのまま、簡単に着替えを済ませると、領主館の入り口へ向かっていった。


 領主館は二つの建物が繋がったような形をしている。街側から見て一番奥にあるのが、クロムリード家の家族が暮らす居住棟。そこから渡り廊下で繋がっているのが、領地運営の仕事や住民へのサービスを提供する執務棟だった。その一階は、吹き抜けのある大きなホールになっている。


 御者奴隷の2人に先導されてやって来たのは、30名ほどの団体だった。種族は様々だが、比較的若い年代が多いだろうか。みんなキョロキョロと興味深げにあたりを見渡している。


「ようこそ、クロムリード領都マザーメイラへ。私は領主の次男、リカルド・クロムリードです。はじめまして……ではない方もいらっしゃいますが、とにかく長旅お疲れ様でした」


 ホールには簡易的なテーブルと椅子が置いてある。腰を下ろせば、みんなはようやく少し安心したようだった。その顔には、ずいぶんと疲労が溜まっているようにも見えるけど……。

 この頃は雨の日も多かったし、道中は大変だったのだろう。都市を案内する前に、まずは食事を取った方が良いかも知れない。


 料理を運んできたのは、ナーゲスや竜族の三人だった。

 ちなみに、レミリアは身元を隠しているため、フードと仮面を被って部屋の隅に佇んでいた。その姿は想定より格段に怪しくて、残念ながら逆に目立ってしまっている。


「この水、美味しい!」


 はじめに叫んだのは、獣族の少女だった。

 ウサギの頭をした獣族家族の末っ子で、椅子にピョンと立ち上がっている。歳は俺やレミリアと同じくらいだろうか。


 慌てて止める両親のそばで、その兄もピョコンと立ち上がった。


「ホントだ、水が美味しい!」


 そんな言葉に、ナーゲスは大きな笑い声を上げながら子どもたちに近づいていった。


「だろぉ、やっぱ獣族は分かってんな!」

「でも肉はマズいぞ!」

「あはは、だってよリカルド。残念だったな!」


 子どもの素直な発言ほど刺さるものはない。そうか、不味かったか……。

 俺としては、絶品とは言わないまでも、それなりに食べられる肉を用意したつもりだったんだけどなぁ。獣族は生まれながらの美食家だ。そんな話を、今ほど実感したことはない。


 子どもたちとナーゲスの会話を皮切りに、徐々にみんなが会話を始める。


 御者奴隷は全部で5名に増えていて、道中の苦労話で盛り上がっていた。最近の長雨で途中の山道がぬかるみ、運転が大変だったのだとか。お小遣いは弾んであげよう。

 神官の3名は随分と興奮した様子で、この都市の構造について激論を交わしていた。話題に上がっている都市機能については、このあとちゃんと説明するつもりだ。


 みんなの空腹もある程度落ち着いて、ようやく雰囲気も緩んできた頃。俺はみんなの前に出ると、改めて説明を始めた。


「まずはじめに、皆さんには住民登録をしてもらいます。と言っても、この装置の前に立って質問に答えていただくだけです。あと、顔写真も取りますから」


 最初に前に出てきたのは、顔見知りの神官さんだった。彼が住民用端末の前に立つと、画面には質問が表示され、人工知能の声がそれを読み上げる。

 名前、種族、年齢、性別……回答に応じて、様々な基本情報が入力されていく。最後に水晶に手をかざすと、生体認証情報として命力パターンが登録された。


 端末から出てきたのは、一枚のカードだ。


「このカードは……?」

「パーソナルカードというものです。今後の生活で必要になるので、大切に持っていて下さいね」


 そうやって神官さんの登録が終わると、次に前に出てきたのは子どもたちであった。互いの服を引っ張りながら、我先に端末を使おうとする。その結果、回答内容はそれぞれのものが混ざり合ってすっかりハチャメチャになっていた。


『この内容で登録してよろしいですか?』

「「「「はい!」」」」

『マスター・リカルド……』

「分かって言ってると思うけど、ダメだよ?」


 見かねた親たちが彼らをなだめ、ようやく順番に登録が始まったのだった。


 ようやく全員の登録が終わり、みんなが物珍しそうにパーソナルカードを眺める中、俺は先導して領主館の出口に立った。


「それではこれから、領都マザーメイラを案内しますね。まだ開発途中の部分もあるんですが……そこは、皆さんと一緒に作っていければと思っています。質問はいつでもどうぞ」


 そう言って領主館を出る。空を見上げれば、分厚い雲は随分と低く漂っていた。この後、ひと雨来るかもしれない。


 最初に向かったのは、領主館の隣の空き地だ。


「ここは神殿の建設予定地です」

「なんですと!?」


 強い興味を示したのは、やはりと言うべきか神官の3名であった。みんなが高所からの気色を眺めている中、彼らからは矢継ぎ早に質問が飛ぶ。


「神殿の建設はいつ頃の予定で?」

「設計が固まれば、いつでも着手可能です。今日の案内の後、少し時間をいただけますか?」

「それは構いませんがな。すぐに着手するとしても、完成までは年単位で掛かるのでは?」

「いや、一晩で出来ると思いますよ」

「一晩ッ!?」


 俺は神官さんたちからの質問に答えながら、みんなと共に街を見下ろした。


 丘のふもとにある中央広場は既に完成しているけど、道路はまだ少ない。南北に縦に伸びる大きな通りは5本。それと直行するように、東西に横に伸びる通りが4本。

 いわゆる碁盤目状の街並みは前の世界でも古くからあるけど、惑星地球化(テラフォーミング)の都市計画にも採用されるほど管理のしやすさに実績がある。


 そんな道の間を縫うように水路が整備され、所々に噴水が設置されていた。


「……それにしても、この都市は空気が美味しいですなぁ。都市に入ってすぐ、空気が違うのがわかりましたよ」


 そう呟いたのは、ロップさんというウサギ獣族の男性だった。先ほどのウサギ顔の子どもたちの父親だ。

 彼の発言に、近くにいたナーゲスが鼻の穴を広げながら前に出てくる。


「さすがは獣族。お目が高いな」

「おや、あなたは先ほどの水を作った……」

「ナーゲスだ。実はこの都市の空気は、さっき飲んだ水と同じモンをたっぷり含んでんだ。ほら、あちこちに噴水があるだろう? あれは単に景観だけのモノじゃねぇ。淀んだ空気を吸い込んで、俺の水を含んだ綺麗な空気を出す魔道具なんだよ」

「ほう、空気に水を……?」


 空気に溶けた水が美味しいのかどうかは俺は分からないけど、ナーゲスとロップさんは何やら通じ合っている様子だった。

 都市浄化装置(ウルザルブルン)は水だけではなく、空気中の埃や病原菌の除去をしたり、気温や湿度、元素割合や命力濃度を計測して適切な状態に保つ機能を持っている。この都市の目に見えない快適さを支えるものだ。


 現在、都市機能が充実しているのは主に丘の南側だ。北西の荒れ地はまだ自然の林が点在していて、北東の湖は浄水場以外の設備は手つかずだ。


「それでは、丘の南側に下りて中央広場へ行きます。本格的にこの都市の説明をしますね」


 さて、ここからはこの世界では見慣れない新しいモノが色々と多くなってくるだろう。みんながこのマザーメイラを気に入ってくれるといいな。


 そう願いつつ、俺はゆっくりと坂道を下っていった。

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