そうじゃないんだ
朝霧の立ち込める早朝。
俺は感慨深い気持ちでその若木を眺めた。
王都にいたころは失敗と改善を何度も重ねてきたけれど、そうやって必死に考えてきたものが目の前で形になるのは、いつだって心が踊るものだ。
『マスター、良かったですね』
「うん。ありがとう、アルファ」
そう答え、魔導書の表面を撫でる。この研究には、当初考えていたよりもずいぶんと紆余曲折があった。
命力が植物から生み出されると分かり、まずはじめに行ったのは、国中の様々な樹木のサンプルを育てることだった。
そこから生み出す命力量の多い樹種を特定し、細胞内の遺伝情報や生育環境などをデータ化して、アルファに解析をお願いしたのだ。
試行錯誤の結果、この木は現在考えうる最大の効率で命力を生産する樹種になった。また、木の内部には人工知能や論理回路も構築されるようになっているから、高度なコンピュータとしても動作する。
「世界樹……領都マザーメイラにとっては、エネルギー生産と情報管理の核だからね。大事に育てないと」
『もう少し育ちましたら、初期学習データは私のものをインプットすればよろしいでしょうか』
「うん。そこはアルファに任せるよ」
そうやってしばらく会話をしていると、後方から何やら騒がしい声が聞こえてくる。振り向けば、やってくるのはナーゲスだった。
「おーい、リカルド。そろそろ飯の時間だぞ」
「あぁ、ありがとう。すぐ行くよ」
「にしても、それが例の木か……成長が早ぇな。昨日植えたばっかりで、もう若木になってんのか。どんだけ大きくなるんだよ」
ナーゲスは呆気に取られた顔をしているけど、都市作りはまだこれからだし、世界樹もまだまだ大きくなる。今の段階は驚くのは早すぎるだろう。
「そういえばナーゲス。あとで水やりをお願いしたいんだけど」
「おう、いいぜ。完璧に美味い水を撒いてやる」
色々と相談をしつつ、俺はナーゲスの後についてみんなの元へと帰っていった。
中央広場の予定地から南に真っ直ぐ、街道に突き当たるまで伸びているのが、領都のメインにある中央通りだ。
そこは昨日レミリアによって整地され、夜のうちに汎用ユニットによって舗装されたため、現在では白いレンガ道がどこまでも滑らかに続いている。
朝食を終える頃には、俺たちが乗ってきた二台の猪車はすっかり出発の準備を終えていた。
「それじゃあ、都市作り楽しみにしてるっすよ」
「うん、ありがとう。またよろしくね」
御者奴隷の二人が乗り込むと、ほどなくして猪車が進み始める。片側三車線ほどもある広い道を走るのは、今は二台の猪車だけだ。ここもいつか、王都のように賑やかな通りになるのだろうか。
彼らはこれから王都との間を何回か往復する予定になっている。次に来るのは15日後で、この領都で暮らす第二陣の住民を連れてきてもらう手はずになっていた。
「それじゃあ……計画通り、二日目の作業を始めようか。ナーゲスは水まわりの環境整備をよろしく。レミリアは俺と一緒に丘の上だね」
メンバーが減るのは若干心細くはあるけど、彼らが再び来る時までにいろいろと開発を進めておかなきゃいけない。俺たちはコクリと頷き合い、それぞれ今日の作業を始めるのであった。
レミリアは魔法壁で丘の斜面を削り、緩やかな坂道を作っていった。凄まじい轟音を立ててズンズン進む様子は、改めて見ても圧巻だ。
その少し後ろに付いて、俺は汎用ユニットを配置しながら丘を登る。斜面には強度に不安のある箇所もあったから、アルファと相談しながら今後の計画を微修正していった。
車椅子でも登れるよう、坂道はウネウネと蛇行した長いものになっている。それでも、丘の上に到着したのは想定よりも早い時刻だった。
「お疲れ様、レミリア。早かったね」
「……昨日の作業で、コツを掴んだ」
彼女は汗をにじませ静かに微笑む。
「じゃ……あとでね」
そう言うと、レミリアは再び豪快に丘の上の土地を削り始めた。ここには領主館や神殿を建てる予定だから、場所を広く確保する必要があるんだ。
彼女にその場を任せて、俺は先ほど登ってきた坂道へと戻っていく。
見れば、むき出しの地面の上には汎用ユニットが密集し始めていた。途中の資材の山でその数を増やし、坂道の舗装工事を行ってもらうことになっている。彼らは自ら坂道の形に組み上がって、強度や排水を考慮した構造へと変化するよう設計してあった。
「アルファ、途中の斜面の補強箇所は?」
「はい。先ほどマスターに指示された場所には、既にユニットを向かわせております」
「ありがとう。下りながらチェックしようか」
俺はゆっくりと道を下りながら、崩れそうな斜面の補強を指示したり、道端の危なそうな場所に落下防止柵を設置してもらったりと坂道の完成度を上げていった。
この道は多くの住民が利用するはずだから、こういう安全面の確認は疎かにするわけにはいかない。魔法で強引に削られた場所は脆くなっていることもあるから、
丘を下りきったところで水筒を開き、吹き出す汗を拭いながら喉を潤す。ナーゲスの用意した自慢の水が、体に染み渡っていく。
すると突然、護衛のトリンが前に出てきた。
「リカルド、下がれ」
彼は目配せで魔物の襲撃を告げる。俺が何歩か後ずさると、木の生い茂る一画から現れたのは、猿型の魔物であった。
青角猿は、額に青銅色の角を生やした獰猛な魔物である。
そもそも魔物とは、一般的には理性が薄く、他の動物へと本能のままに襲いかかってくる厄介な存在だ。体内に魔石を持っていることや、空間の歪みから現れるという不可思議な特徴があった。いずれ時間があれば、このあたりの仕組みも考えてみたいものだ。
対するトリンの戦闘スタイルは、剣と盾を両手に持ったスタンダードなものである。シンプル故に隙がなく、安定した強さを発揮することができる。旅の中でも到着してからも、これまで何度も魔物から守ってもらっていた。
「ギャギャギャギャッ」
「――甘い」
猿の猛攻を左手の盾でいなし、右手の剣を暴風のように振るう。
こうして見ると、やはり竜族は強いな。
力だけを見れば鬼族が一番であり、堅牢さの観点であれば獣族に軍配が上がる。しかし、竜族は何より動きが素早い。また、ストイックに戦闘技術を鍛える武人が多く、総合的な戦闘能力としては他の種族より頭一つ飛び抜けていた。
動揺する猿の喉もとに、剣先が刺さる。
あっという間に戦闘を制したトリンは、涼しい顔で剣についた血を拭っていた。片付けるまで十数秒といったところだろう。彼の顔には疲労どころか、汗一つ浮かんでいない。
「ありがとう、トリン」
「いや、仕事だからな」
誇り高い竜族戦士は多くを語らない。だけど彼らがいなければ、この領地開発はあっという間に頓挫していただろう。
その後は、トリンが魔物の死骸から魔石や素材を剥ぎ取るのを待ち、形を崩した汎用ユニットたちで構成される滑らかな坂道を通って、再びレミリアの待つ丘の上へと向かっていった。
丘の上の面積は広めに取ってあるため、神殿や領主館を立ててもまだまだ余裕があるだおう。
レミリアは既に整地作業を終えて休憩しているようで、広い更地の隅で護衛のアリーグと共に昼食の保存食を齧っていた。
そういえばもうそんな時間か。俺とトリンも2人のもとへと向かい、肩掛け鞄から昼食を取り出した。
カチカチのパンに、味の濃い干し肉、乾燥させた野菜。それらは決して美味しいわけではないけれど、もうしばらくの間は贅沢を言ってはいられないだろう。
「保存食……飽きたね」
「うん。まぁ、もう少しの辛抱だよ」
「……うん」
早く美味しいものを食べたいなぁ。そんな話をしながら、地面に座ってのんびりと過ごす。さんざん歩き回った疲労が回復したら、午後からは領主館の建設を始める予定だ。
さて、複雑な大型建造物の作り方で考えられる選択肢は、大きく3つほどだろうか。
まずは、人手や機械を使って建築する方法。
この方法は歴史も長く、最も基本的な建築方法である。改めて言うまでもないけど、期間も人数も恐ろしく必要になるから……まぁ、この領地開発で採用することはないだろう。
前の世界では、過去に何百年もかけて壮大な聖堂を建築した例もあるらしい。工具や魔道具の違いはあっても、この世界で見かけるのはこの方式だけだった。
次に考えれれるのは、汎用ユニットを建材に使った建設方法だ。
これは初期の惑星地球化ではかなり活躍した方法だけど、いくつかデメリットもある。シンプルなものなら良いけど、複雑化するほど全体制御が煩雑になってしまうんだ。建材の変化の幅も限られているし、どうしても無機質な建物になりがちだった。
そこで今回、俺が採用するのは3つ目だ。
ポケットから取り出したのは、ほんのり赤みがかった真四角のキューブ。表面には弾力があり、少し熱を帯びている。これは汎用的なユニットではないから、専用ユニットとでも呼ぶのが相応しいだろうか。
「ねぇ……リカルド」
「ん?」
「……それが、どうして家になるの?」
首を傾げるレミリアに、どう説明したものかと考える。
細胞分裂、と言っても彼女には伝わらないか。
この領主館専用ユニットは、いわば領主館の赤ちゃんであり、その一番最初の細胞と言っても良いものだ。もちろん生き物ではないんだけど、設計通りに分裂しながら大きくなっていく様子は、まさに生物の成長を模していた。
さらに専用ユニットは、分裂時に様々に自分の材質を様々に変化させることができる。生き物の細胞が骨にも爪にも眼球にもなるように、領主館専用ユニットは壁にも窓にも扉にもなる。装飾だって自由自在だ。
「そうだね……レミリア。赤ちゃんがどうやってできるか知ってる?」
俺はそう説明し始める。するとレミリアは、ずいぶんと慌てたそぶりで顔を真っ赤に染め上げた。
「10年……ううん、5年だけ待って……」
「?」
「その……リカルドになら別にいいんだけど……まだもう少しだけ、私たちには早い、かな」
「………………あ、いや」
違う、そうじゃないんだ。
俺は誤解されている内容を訂正しながら、竜族護衛たちの生温い視線を掻い潜り、すっかり茹で上がってしまったレミリアへ弁解を続けるのだった。
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