大きく育てよ
昼食後、レミリアが魔法による整地を行う中、俺はナーゲスと共に丘の東側にある湖の側へとやってきた。そのあたりはあまり樹木が生えておらず、栄養の少なそうな荒れ地になっている。
俺が魔導書を取り出している横で、ナーゲスは湖に手を差し入れた。
「ナーゲス、水質はどう?」
「んー……好んで浴びたい水じゃねぇな」
この湖の水源は、遥か遠くに見える山々だ。
そこから流れ出た何本かの川がこの湖で合流しているんだけど、上流にある町の生活排水がそのまま垂れ流されているらしい。見た感じではそこそこ綺麗な湖なのに、分からないものだ。ひとまず、水の方はナーゲスに任せよう。
俺は水辺から少し離れる。およそ200メートル四方の荒れ地は、触ってみるとカチカチだ。このままではどんな植物を植えても育たないだろう。
「じゃあアルファ、この辺から始めようか」
『はい、分かりました。ただいま準備をしておりますので、このままお待ちください……第一陣はまもなく到着するようです』
アルファの言葉に、俺は湖に背を向けて来た道を振り返る。
目を凝らしてみれば、大量の白い物体――俺が午前中に作っていたブロックが、地面を蠢きながら群れをなして進んでくるのが分かった。その歩く様子はまるで、多脚型の作業機械でも見ているかのようだ。
「……こう見ると壮観だなぁ」
ブロックの大群を待ちながら、俺は前の世界の技術史に思いを馳せていた。
――大量のモノを作るための、効果的な方法とはなんだろうか。
前世では基礎学校でも習うような常識的な話だけれど、モノ作りの長い歴史の中で、人はその生産手法に様々な工夫を凝らしてきた。
大昔の人は、様々なものを手作業で作った。最初は全てを自分で行っていたけれど、効率を求めて分業化が進むにつれ、専門の職人が生まれるようになる。そして、一箇所で作る方が合理的であったため工場が生まれ、さらに工程が分解されて生産ライン化した。ここまでが産業レベル1と定義されている。
やがて、様々な作業が機械化された。動力の発明により単純作業は機械に置き換わり、立体プリント技術の発展で機械も器用になっていく。また、人工知能が高度化して複雑な作業も機械化されると、工場は無人化し、生産はより安価に、素早く、正確になっていった。これが産業レベル2である。
そしてある時、人々は気づいた。これ以上ないと思っていた産業レベルを、もう一段階押し上げる方法があることに。
「おい、リカルド。何だありゃあ」
「ん? さっき俺が作ってたブロックだけど」
「お前、あんなに大量に作ってねぇだろ。なんか虫みたいで気持ち悪いんだが」
いつの間にか背後にいたナーゲスが、ちょっと気味の悪そうな顔をしているけど……。
産業レベル3の世界。
それは、製品自身が自分を複製するという思想をベースにした生産手法である。まるで生き物が増えていくように、自分自身の子を生むような機械があれば、大規模な生産工場さえ不要になる。
目の前に集まっている白いブロックは、まさにその産業レベル3の思想で作ったものだ。
瓦礫の山を材料にブロックは自己増殖し、様々な作業を汎用的に行う小さな作業機械になってくれる。もちろんその制御は、アルファに手伝ってもらっているわけだけど。
「つまりね、ナーゲス。あのブロックは自分で増えるんだよ。ブロックが自分の子を生むんだ」
「それにしても多すぎじゃねぇか?」
「ねずみ算で増えるからね。親が子を生んで、子が孫を作るんだ。ほら、ナーゲスの実家だって大家族なんだろう。そんな感じだよ」
「んー……まぁいいや。あとで教えてくれ」
ナーゲスは後頭部をポリポリと搔きながら、水辺へと帰っていった。
前の世界だと、軌道エレベーターみたいな巨大建造物だったり、衛星保養地や惑星地球化みたいな環境構築技術も、産業レベル3になるまではSFやファンタジーの類いの扱いだったらしいからね。
自己複製技術を考える上でも、ここが魔法のある世界で良かったと思う。
そうしてしばらく待っていると、広い土地には大量のブロックたちが集まってきた。ここからが、この領都を構築していく肝になる。
「さてと。アルファ、準備はいいかな」
『はい、マスター。汎用ユニットは規定数集まっておりますので、いつでも開始できます』
「よし。じゃあ、作業開始」
このブロック、汎用ユニットについては、冬の間ずっと試行錯誤を続けていた。領地開発を手作業で行うのは無理があるから、どうにか急いで開発を間に合わせる必要があったんだ。
汎用ユニットたちはいくつかのモード切り替えによってその形を変化させる。
あるユニットは大きな鋭い爪を持ち、地面をどんどん掘り返していた。硬い石、草の根、害虫などをどんどん放り出していく。また別のユニットは、身体を荷台の形にすると、地面に落ちている不要物を器用に拾い集めて運んでいった。他にも、大きなブレードを前面につけ土地が平らにするユニットや、地面に足りない栄養素を散布するユニット、故障等で動作が停止したものを回収するユニットなんかも存在している。
汎用ユニットは協調し、植物の生育環境を整える一つのシステムとして働いていた。
「アルファ。作業完了の見込みは?」
『第一段階は夕刻にでも。マスターには集命柱の設置をお願いします』
「そうだったね。深さはどれくらい必要だろう」
『地下作業ユニットの命力補充を考えると、最低でも30メートルはほしいところです』
「わかった、地上部分も含めて、長さ50メートルのポールを四隅に配置すれば良いかな」
レミリアの整地作業、ナーゲスの浄水設備作成もそれぞれ進めてもらっている。その傍ら、竜族護衛の三人は、度々襲ってくる魔物や動物の対処に忙しそうにしていた。
夕刻には、みんなで集まって焚き火を囲む。
ヘビ顔のニシュが仕留めた鹿は、御者奴隷の二人が慣れた様子で捌き、串刺しにして火で炙ってくれていた。
「レミリアはどう?」
「……ん。中央通りの整地は終わった」
「そっか。じゃあ汎用ユニットに舗装工事をしてもらうよ。お疲れ様」
レミリアの人工知能リリアは、夜の間に舗装工事を主導してくれることになっていた。
実際に作業をするのは汎用ユニットであり、彼ら自身が道を構成する要素になる。やっぱり道路自身が自己メンテナンスできないと、運用の手間がかかっちゃうからね。
「ナーゲスは?」
「おう、調整は済んだ。やっとまともな水を浴びられるぜ。リカルドも使うんだろ?」
「うん。植物を育てるのに、良い水はどうしても必要になるからね。ナーゲスがいて助かったよ」
そんな話をしているときだった。
『マスター。土壌の改善が完了しました』
「ありがとうアルファ。さっそく向かおう」
俺は夕食もそこそこに、湖の方へと向かう。振り返れば、レミリアと護衛のトリンも着いてくるようだった。
目の前に広がる光景は、当初からすっかり様変わりしていた。日が傾いて薄暗い空の下、草木の生えない土地は柔らかく耕されていて、四隅には命力を集めるポールが立っている。
俺の横に立ったレミリアが、ポツリと呟いた。
「なんだか……畑みたい」
「うん。これだけ見るとそうかもね」
答えながら、俺は耕された領域へと踏み込む。地中の汎用ユニットが働いているから、足下は吸い付くようにフカフカだ。これなら、植物の成長を阻害することもないだろう。
改めて考えると、随分大掛かりだった。
「木を一本植えるだけなのにな」
そう呟きながら、背負い袋から拳ほどの大きさの種を取り出す。土地の中心にある窪みにそれを置くと、周囲の土をこんもりと被せた。
さて、俺に出来るのはここまで。
あとは順調に育つのを待つばかりだ。
「……楽しみだね、リカルド」
「あぁ。大きく育てよ、世界樹」
願いを込め、俺は地面をポンと叩いた。





