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彼女はいいねと微笑んだ

 王都から離れていくごとに道幅はだんだんと狭くなり、山道に入れば猪車の揺れは無視できないほど激しくなる。そうして進むことしばらく、目的地にたどり着いたのは、まだ午前中のことだった。


 猪車が停まったのは、野営に使われる小さな広場だ。


「みんなお疲れ様。着いたよ」


 見渡しても、辺りは木々が生い茂るばかり。

 そもそもここはリビラーエの町から猪車で1日ほどの距離にあり、普段から人の暮らしている場所ではないのだ。


 俺は魔導書(グリモワール)に表示した地図と照らし合わせながら、場所を確認していく。地図に描いてある丘があのあたりで、湖はその東だから……。


「リカルド……本当にここ?」

「うん。リビラーエの交易は海路がメインだから、この道の利用頻度は低いんだと思う。人の気配がまったくないけど、地図で見ても間違いないよ」


 そう言って、みんなの顔を見る。

 人族のレミリア、鬼族のナーゲス。護衛である竜族のトリン、アリーグ、ニシュ。ここまで猪車を運転してくれた御者奴隷の2人。


「さて、と。それじゃあ早速、ここにみんなで作ろうか。俺たちの新しい領都(・・)を」


 俺の呼びかけに、おうという声が上がる。そして早速、事前に打ち合わせていた作業へそれぞれ取り掛かった。


 実はこの前の冬、モリンシーさんの来訪があった後で、父さんや兄さんと考えたんだ。

 例えば、魔道具工房に赤の他人が突然現れ、経営に口を出してきたらどう思うだろう。しかもそれが、知識も実績もないド素人だったとしたら。やはり、いい気分はしないのではないかと。


 俺たちが当初リビラーエの町に対してやろうとしてしまっていたのが、まさにそれだった。

 モリンシーさんやその親族は、これまで苦労して町民を取りまとめ、町を運営してきたはずだ。そんなところに、ポッと出で中級貴族になった俺たちがやってきて、好き勝手に手を出すのはおかしな話だろう。あの港町はこれまで通り、モリンシー家に任せるのが良い。


『じゃあ、領都は別に新しく作ろうか』


 ごくごく自然な発想だと思うんだけど、俺の提案に父さんと兄さんはなぜか目を丸くしていた。

 まぁ、この世界では新しく町を作るのに凄く労力が掛かるから、なかなかそういう発想には至らないのかもしれないな。


 それでも最終的には、みんなで意見を出し合って新しい都市の計画を立てることができた。虫を使って場所のあたりもつけたし、地形や地質を計測して開発計画も練ってある。父さんや兄さんが来る頃までには、それなりに住みやすい領都が出来上がっている予定だ。


 そんなことを思い返しているうちに、レミリアも準備ができたようだ。


「……行ってくるね。リカルド」

「うん。よろしく頼むよ」


 彼女は小さく微笑むと、俺に背を向ける。

 その左手には魔導書(グリモワール)、右手には命力増幅器(マジックリング)。さらに背負っているバックパックには大型の人工魔石が入っていて、左右の手に有線で接続されている。


 彼女は森に向かって真っ直ぐ立つと、凛とした声で魔導書に語りかけた。


「……準備はいい? リリア」

『はい、マスター・レミリア』

「動物の退避は?」

『予定エリアは対処済みです』

「ん。準備開始。増幅率は200に固定。発動時の目標命力値は1200。充填を開始する」


 レミリアは右手を複雑に動かしながら、ボソボソと呪文をつぶやく。それに合わせ、彼女の指輪が淡い光を纏う。


『命力充填中……75%……90%……今です』

「発動。結界魔法<反射魔法壁>」


 ほどなくして、彼女の前に真四角の巨大な光壁が出現した。この<反射魔法壁>は、物理衝撃を反射する機能を持つ結界魔法だ。

 通常は結界魔法使いが十数名ほど集まって発動する大規模魔法であり、戦争時の拠点防衛に利用されるものだ。レミリアの手の動きに合わせて魔法壁が動くけど、反動はないらしい。


 彼女が歩く先には轟音が響き、草木や大地が荒々しく削られて瓦礫と化す。さらには、余計なものの取り除かれた地面を魔法壁で上から押さえつければ、強固な地盤が出来上がっていく。


「レミリアはすげぇな」

「あれ? ナーゲスは見たことなかったっけ」

「話には聞いてたがな」


 ナーゲスと話しながら彼女を見る。

 魔法行使の核は、右手にある指輪型の命力増幅器である。そして普通なら個人では扱えないほど魔法を用いるために、必要とされる命力は背中の大型人工魔石が補い、細かな制御は魔導書の人工知能リリアがサポートしてくれていた。


 今現在この世界であんなことが可能なのは、レミリアだけだ。


「あれだな、リカルド。夫婦喧嘩になったら一瞬で潰されると思うぞ。気をつけろよ」

「だから夫婦じゃないってば」


 レミリアの通った後に道が出来ていく。

 彼女には大規模な整地作業をお願いしていた。メインになる大通りや中央広場、都市の中心になる領主館周りなんかは最初に着手することになる。人工知能のサポートもあるし、魔物からの護衛にはワニ顔のアリーグがついているから、今のところ大きな心配はないだろう。


 そんな様子をしばらく眺めた後で、俺も頬をパンと叩いた。さぁ、仕事を始めることにしよう。


「それじゃあ……ナーゲスとニシュは猪車を引き入れたら、例の立入禁止の看板と車止めの設置をお願い。クロムリード家の紋が入ってるやつね。トリンは俺と来てくれ」


 そう言って、俺はレミリアが作ったばかりの道を進んで行った。



 結界魔法で削り取った地面や草木は、一定間隔ごとに道端に積まれ小山になっている。

 その一つに近づいた俺は、背負袋から取り出したいつもの魔導書(グリモワール)と、大鍋の形をした魔道具を接続する。


 これは錬金釜(ドヴェルグ・ポット)。以前は平面だった魔法陣ボードを改良し、複雑な三次元物体を構築可能にしたものだ。


「アルファ、例のものを作ってくれ」

『はい、マスター』


 俺は錬金釜(ドヴェルグ・ポット)の蓋を開けると、材料となる土や木を乱雑に投入する。蓋を締めれば魔法陣が起動し、設計した通りのモノを出力してくれるのだ。


 ほどなくして、側面の排気口から白い湯気が立ち上る。


『構築完了です。マスター』

「うん。ありがとう」


 蓋を開けると、そこにあったのは白いレンガ状のブロックだった。出来立てホヤホヤで、まだ温かい。パッと見は設計した通りだけど。


「どうかな、アルファ」

『はい。解析の結果は問題ありません』


 俺はホッと胸をなでおろすと、そのブロックを小山の上に置いた。


 ここは終了。

 さて、次に行こう。


 その後も俺は、資材の山に行き当たるごとにブロックを一つずつ構築していく。作業は順調に進んでいき、気がつけばあっという間に昼過ぎになっていた。


 小高い山のふもとまで辿り着くと、そこではレミリアが水を飲んで座っていた。彼女はタオルで汗を拭いながら、俺に向かって手をふる。


「リカルド……お疲れさま」

「レミリアもお疲れ。ナーゲスたちが着いたら、昼食にしよう。少し遅くなっちゃったね」

「……ん。お腹空いた」


 彼女の後方には長いポールが一本立っていた。これは周囲の空気から命力をかき集める装置で、先ほどまで背負っていた特大の人工魔石が接続されている。午後からの作業に向けて、命力を補充しているところなのだろう。


 強い風が吹き抜け、熱い身体を冷ましていく。俺はレミリアの隣に腰掛けると、少し体を伸ばし、そのままゴロンと横になった。


「リカルド……そういえば」

「ん?」

「……領都の名前って、決まってるの?」


 レミリアの問いに、俺は頷きを返す。

 まだみんなには公表していないけど、この都市の名前は父さんたちと話し合って決めてあるんだ。ここまで来れば、もう彼女には話していいだろう。


「この都市の名前には、願いを込めたんだ」

「……願い?」

「うん。ここで暮らす者たちが、みんな安心して過ごせるようにしたい。みんなの日常を優しく守ってくれるような領都になってほしい。そんな願いを込めて──」


 俺はレミリアの顔を見上げる。


「クロムリード領都マザーメイラ。母さんの名前だ」


 レミリアは目を丸く見開いた。

 そして、いいね、と微笑む。


 柔らかい風が吹くと、土の匂いがふんわりと鼻を抜ける。遠くの方から、鳥の鳴く声が響き渡っていた。

本格的な魔改造、始めました。

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