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想像はしていたけど

 王都から南西に三日ほど進んだところには、ロミツリーバという大きな宿場町がある。そこはタイゲル地方の各方面へ向かう街道が合流していて、大昔から交通の要所として栄えていたらしい。


 俺たちがその町に到着したのは、日も落ちかけて薄暗くなってきた頃だった。

 こんな時間でも町の雰囲気はとても賑やかで、猪車の中にいても人々の喧騒が聞こえてくる。春になり、町への商人の出入りが多くなってるのかもしれない。


「いらっしゃいませ。クロムリード家のご子息様でございますね。道中お疲れでしょう、早速お部屋へ案内させていただきます」


 宿の前では、従業員が一列に並んで頭を下げていた。中級貴族になって面食らうことも多いけど、こういうのにも慣れていかなきゃいけないな……。

 宿の主らしき人が手を叩くと、何人もの従業員がゾロゾロと集まってきて俺たちの荷物を持って運んでいった。


 今回の移動は冬の間に旅程を組み、泊まる予定の町では既に宿を予約してある。天候やアクシデントで町まで辿り着かないこともあるけど、宿の方もそれを折り込み済みで、前後何日かは部屋を空けてくれているみたいだ。その分の部屋代は掛かるんだけどね。


 この町一番の宿という評判通り、案内された部屋は想像していた以上に快適だった。

 広さはもちろん、調度品も貴族屋敷のそれと比べても遜色ない。皺一つないベッドシーツや、何気なく飾られた生け花からも、持て成しの気持ちが伝わってくるようだ。


 すっかり緩んだ気持ちでソファに体を預け、レミリアの髪を何気なく撫でていると、そこにやってきたのは御者奴隷の二人だった。


「じゃあ、我々は行ってくるっす」

「朝までには戻ってくるぜい」

「あ、お疲れ様。はいこれ、お小遣い」


 そう言って数枚の銀貨を手渡すと、二人は鼻の下を伸ばして行き先を相談し始めた。

 夜の街には奴隷を相手にした商売もあるらしく、こういった大きめな町を通り掛かると嬉々として外出していた。この町には行きつけの店があるみたいで、好みの店員もいるそうだ。


「いつもありがとよ、坊っちゃん」

「まぁ、ずっと御者を任せきりだからね。こんな時くらい、ゆっくり羽根を伸ばしてきてよ」


 俺たちがのんびり旅をできているのは、文句も言わず猪車を走らせてくれる二人のおかげだ。これくらいのリターンはあってもいいだろう。


「奴隷専門の飲み屋なんすけどね。店主が獣族で、けっこう美味い飯を出してくれるんすよ」

「あそこのモツ煮込みは肉がトロトロになるまで煮込んであるからよ。酒にも合うんだ」


 2人のそんな話を聞いてしまうと、なんだか俺まで腹が減ってきてしまった。そう思い、胃のあたりを擦りながらレミリアやナーゲスを見れば、彼女たちもまったく同じ仕草をしている。


 顔を見合わせて吹き出してしまった俺たちは、早々に宿の御飯処へ向かうことにしたのだった。



 俺、レミリア、ナーゲス。それから3人の竜族護衛たちは、御飯処の個室に案内されていた。

 中級貴族ともなると、宿泊客の大勢集まる場所での食事は難しい。もちろん表向きは俺たちを守るのが理由になってるけど、酔った平民客が貴族に失礼なことをやらかして処罰されるケースなどを防ぐ目的も大きいのだろう。


 順番に出てくる料理を、みんなであれこれと会話しながら楽しむ。


「うーん。少し味付けが濃くない?」

「ん……でも新しい味……」

「でもこの水はイマイチだぜ」


 鬼族のナーゲスはゲラゲラ笑いながら水に文句を言っているけど、やっぱり水の良し悪しは俺にはよく分からないな。

 一方で、竜族の護衛たちは酒が入っていつもより少し態度が柔らかくなっていた。ヘビ顔のニシュはかなりガバガバ酒を飲んで平気な顔をしていたけど、ニワトリ顔のトリンなんかは一杯飲んだだけでトサカを真っ赤に染め上げていた。もちろん、平気そうな表情を装ってるけどね。


 そうして過ごすことしばらく。腹も満たされてきたところで、個室の扉が叩かれた。


「……失礼します」


 入ってきたのは一人の少年だった。

 歳はミラ姉さんと同じくらいだろうか。やや緊張した面持ちで、俺のことを真っ直ぐに見ながら話しかけてくる。


「今日の料理はいかがでしたか」

「美味しかったけど……誰ですか?」

「あ、えっと。申し遅れました、僕はこの宿の息子で、ドラル・ヤトゥといいます」


 彼はそう言って深々と頭を下げる。

 宿屋の息子かぁ。一体何の用事だろう。


「実は、今日の料理は僕が作ったのです」

「えっと……ドラルさんは、この宿の料理長か何かなんですか……?」

「はは、料理長だなんて。僕はただの宿屋の息子でしかありませんよ。今はまだ、ね」


 そう言って照れ笑いをしているけれど、発言の内容はとんでもないものだった。

 護衛のトリンはさっと立ち上がり、水の入ったグラスをグイッと飲み干す。トサカの赤みがスッと引くと、俺に目配せをして静かにその場を去っていった。


 中級貴族は移動の際に事前に宿を予約する。その理由は、他の客とのトラブルを未然に防ぐためでもあれば、毒を盛られるリスクなどを排除するためでもあるのだ。

 今回の宿泊に関して、宿屋の息子が料理をするなんて話は聞かされていなかった。むしろ通常であれば、信頼の置ける熟練の料理人を担当に付けるのものだ。老舗の宿なので、そういった機微を知らないはずはないと思うんだけど。


 そう考えていると、ほどなくして宿の主人が現れた。彼の後ろでは、トリンが鋭い目つきで仁王立ちしている。


「クロムリード様……! た、大変申し訳ございません。この度はとんだご無礼を……!」


 主人は禿げ上がった頭を地面に擦り付ける勢いで小さくなる。それも当然だろう。

 王国法において、貴族と平民は対等ではない。中級貴族の機嫌を損ねることは、当然ながら宿の評判に直結する問題というだけではなく、彼と息子の生死に関わる危機でもあるんだ。


「親父、一体何をして……」

「ドラル! お前も謝罪するんだ。今だけは言うことを聞け……!」

「な……なんでだよ……」


 ドラルは状況が飲み込めていないんだろう。先ほどまでの得意満面から一転、不満げな顔をしながら地べたに這いつくばる父親を眺めている。彼自身が頭を下げる様子はなさそうだ。


 俺個人としては謝罪なんていらないんだけど、この宿は貴族が利用することも多いだろう。気性の荒い貴族に同じことをすれば、その場で切り捨てられても文句は言えないからなぁ。

 彼の今後のためには、状況を正確に伝えておいたほうがいいのかもしれない。


「あの、ドラルさん? ちょっと良いですか」

「な、なんでしょう」

「貴方は料理人ではないんですよね。そもそも、どうして今日の料理を担当することになったんですか? 料理人を目指すにしろ、ステップというものがあると思うんですが……」


 俺が問いかけると、彼はクビを横に振った。


「違う。違うんだ。俺は料理人になりたいんじゃない。ビッグになりたいんだ……!」


 てっきり料理人になりたい願望が暴発した行動だと思っていた俺にとっては、予想もしていなかった回答だ。


 彼は普段から新しい料理を考案して一目置かれている。そんな立場を利用し、料理長を言葉巧みに騙すことで調理担当の座を得たのだという。自慢気に話すことではないと思うけど。


「俺は! こんな宿の経営を継ぐなんてまっぴらなんだ。そうじゃなくて……貴族に気に入られて、王都にでも行ってさ」

「うんうん」

「狩人にでもなって、でっけぇ獲物を一人で仕留めてよぉ。尊敬を集めたりして」

「うーん?」

「戦争で活躍したりして、王様に気に入られて、お姫様を嫁にもらって、妾もいっぱいいてさ」

「うーん……」


 なんというか、山火事が燃え広がるように語り続けているけど、発言内容に破綻があることには気づいていないんだろうな……。


 俺の隣では、レミリアの視線の温度が急激に下がっていくのを感じた。宿の主人は慌てた顔で息子を止めようとしているけれど、俺はそれを手振りで抑える。


「俺は、俺だけの成功を掴みたいんだよ!」

「成功って?」

「誰もが羨む人生だ。実は、俺には秘密がある……今日の料理を食べただろ。この世界には存在しない料理だ。俺の頭の中にはな、料理だけじゃねぇ、まだまだアイデアが溢れてるんだ」


 その言葉に、やっぱりなと思う。

 この少年は俺と同じく、前世の記憶が……。


「噂も聞いてるよ、リカルド・クロムリード。優秀な兄に隠れた、目立たない次男だってな。その立場じゃ、いろいろと鬱憤も溜まってるだろ。俺と手を組もうぜ。絶対に損はさせねぇ。今のクソみてぇな状況を、ひっくり返そうぜ!」


……別にひっくり返したくないんだよなぁ。


 そう思いながら、俺は彼の発言内容をよく考えてみる。ビッグになるというのが漠然としているから掴みきれないけど、ようは人から羨ましがられたいということなんだろうか。


 首を傾げる俺に対し、彼は笑みを浮かべて手を差し出した。


「これからよろしくな!」

「いや、よろしくじゃなくてね。よく分からないんだけど……結局のところ、ドラルさんは最終的に何が欲しいんですか? 今の話、あまり魅力的には聞こえなかったんですが……」

「何がって……」


 要素を見ていけば、それを羨ましがる人はいるのだろう。

 美味しい料理を誰かに食べさせたくて料理人になる人もいるし、誰かを守るために魔物を狩ったり戦争に参加する人もいる。憧れの人を奥さんにしたいと頑張る人もいるだろう。


 だけど、人から羨ましがられたいという目的のためだけに、好きでもない料理で成功して、好きでもない戦いで活躍して、好きでもない相手と結婚する人生は……それほど魅力的だろうか。


「ドラルさん、すみません。俺には貴方の言うビッグになるというのが、よく分からないみたいです。せっかくのお話ですが、手を組むのは遠慮しておきます」


 俺は面白い人が好きだ。だけどそれは、特別な知識や能力を持っている人ということじゃない。


 何もなくても良いし、足りなくても良い。自分の好きなものや欲しいものがハッキリしていて、それが簡単には手に入らなくて。葛藤して、人を羨みながら、それでも諦めきれずに懸命にもがいている。そんな人が好きなんだ。


「えっと。宿のご主人。顔を上げて下さい」

「はい……」

「幸いにも今回は、連れに気分の悪くなった者もいませんから、大事にするつもりもありません」

「……ありがとうございます」

「ご主人はご存知かと思いますが……相手が悪ければ、今回のケースは従業員含めて全員処刑されていてもおかしくありません。そこに関してだけは、息子さんにもしっかり教えておいてくださいね」


 実際、貴族の機嫌を損ねた平民が打ち首になった話なんて、王都にいる間に何度も聞いた。パーティの場で自慢気に話す者すらいるのだ。貴族と接することの多い職業の者は、特に気をつけた方が良いだろう。


 ドラルさんもようやく事態を飲み込んだのか、顔を真っ青にして小刻みに震え始めていた。



 部屋に戻った俺は、なんだかドッと疲れてソファに沈み込んだ。するとその横にレミリアがやってきて、俺の腕を掴んで体を寄せてくる。


「……リカルド」

「ん?」

「あの人……何か秘密があるって言ってた」

「うん。たぶん、転生者なんじゃないかな」

「転生者?」

「他の世界で死んで、こっちで生まれた人」


 あらかじめ想定はしていたけど、やっぱりこの世界には俺の他にも転生者が暮らしてるんだな。これから先、他の転生者に出会うことがあるのかもしれない。


「もしかして……」

「うん?」

「リカルドも……転生者?」

「うん、そうだよ」


 別に隠すつもりもなかったけど、上手く説明できる自信がなくて黙ってたんだ。まぁ、話したところで何が変わるわけでもないだろうし。


 前の世界のことをざっくり紹介すると、レミリアは顎のあたりに手を置いて、俺の顔をジッと覗き込んだ。


「ん? どうかした?」

「ううん……納得しただけ。いろいろ」

「そっか」


 俺が大きなあくびをすると、釣られたレミリアも口を開けて背伸びをした。今日は早々に寝てしまおう。


 この宿の風呂は部屋に備え付けだった。時間短縮のため、俺とレミリアは一緒に風呂に入って体を洗い合う。その後一緒にベッドに入る俺達を見て、ナーゲスは「お前らどう見ても夫婦じゃねぇか」と呟いていた。一体何を言っているんだろう。


 そうして、旅の夜は更けていった。

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