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優しい人だな

 この頃は暖かい日が続いていた。


 ドルトン家の一室にいるのは、兄さんの想い人であるマールディアさんだった。彼女は現在、布一枚を体に巻きつけただけの状態で俺のことを見つめている。

 その後ろには、同じ格好をした三人の少女が椅子に座っていた。彼女たちは皆、マールディアさんの世話役である奴隷の少女たちだ。


「すぐに終わります。楽にしていて下さいね」

「はい。よろしくお願いします」


 軽く頭を下げるマールディアさんを前に、俺は一冊の本を取り出すと、テーブルの上に置いた。表紙の魔法陣に魔石を乗せる。


 これは魔導書(グリモワール)。前世の論理と今世の魔道具をもとに作成した魔導コンピュータだ。

 ミラ姉さんが改良した魔導インクを使うことで、最低限の機能を持つ正式版として完成した。まだまだ改良の余地はあるけど、俺の今後の魔道具作りの中核を担う重要な道具である。


「それでは、まずはマールディアさんから測定を始めます」


 魔導書(グリモワール)の表紙には8つの接続口が開いていて、様々な魔導機器を接続できるよう設計している。

 今これに繋がっているのは、モノクロ表示のみの試作モニタ。簡易なキーボードとポインタ。それから、今日のメインである命力測定器である。


「どこか体でお辛いところは?」

「そうですね……少しだけ、いつもより肘が曲げづらいように感じます」


 話をしながら、エディタアプリを起動する。

 メモリキューブにアクセスして、マールディアさんの体調を記録しているファイルを読み込むと、キーボードを叩いて今日の日付を入力した。


「それでは、ちょっと見てみますね」


 俺が命力測定器を手に取ると、マールディアさんは体に巻きつけた布を取り去り、一糸まとわぬ姿になった。

 体の主要な関節付近に測定器をあて、その状態で測定器のボタンを押すと、体の各部に溜まった命力量の数値データが入力される仕組みだ。順番に計測を続けていく。


「右膝に痛みはありませんか?」

「そういえば、多少違和感が……」

「他の関節より、少し数値が高いようです」


 計測が終わると、マールディアさんは再び布を纏い始めた。計測した数値を見ながらあれこれ話をする。


 マールディアさんや世話役の少女達が患っているのは、魔力硬化症という病気だ。

 一般には魔力が溜まる病気と言われているけれど、実際には魔力ではなく命力が体内に過剰に蓄積する病気である。放っておくと関節や筋肉がどんどん固くなっていき、いずれ心臓まで達すると死に至るらしい。


 この病気に対しては、有効な対処法はまだ見つかっていなかった。


 例えば、空になった魔石に命力を吸わせたり、魔道具を利用して一時的に命力を消費することで、病気の進行を多少は遅らせることはできる。だがそれも、寿命が多少伸びる程度だ。

 過去に最長で生きた人は、暇さえあれば庭にファイアーボールの魔道具を撃ち続けたらしいけれど、それでも24歳で命を落としている。そもそも、ファイアーボールを撃つだけの人生など望む人もいないだろう。


「では、次の方。前へどうぞ」

「はい。よろしくお願いします」


 俺はキーボードをカタカタ打ちながら、世話役の少女たちの体調を順にチェックしていく。

 彼女たちは皆ドルトンさんが集めた奴隷で、これまでも魔力硬化症の効果的な治療方法を探る被験者になっていたらしい。


 現在は彼女たちに協力してもらって、体内の命力量を計測しながら治療方法を探っている。といっても、魔道具的なアプローチだけだけどね。投薬でもできれば良いんだろうけど、あいにく俺には医学や薬学の知識もない。


 やがて、全員の計測が終わった。

 数値を見比べながら話をする。


「今回の結果で分かったのは……うん。光のネックレスを常用している方が、空になった魔石を持ち替えながら過ごすより効果が高いみたいですね。全員これに切り替えた上で、他の案と併用して行きましょうか」


 正直に言ってしまえば、今試している治療方法はどれも劇的な効果は生んでいない。

 複数の魔石で急激に命力を吸っても気分が悪くなるだけだし、命力を通しにくいフィルタ付きのマスクは息苦しくて耐えられない。結局はどれも、命力の蓄積速度が多少緩やかになる程度だった。


 それでも、俺が今ここで不安な顔をするわけにはいかないだろう。


「……データを見ると、いろいろな傾向が分かってきましたね。また10日後まで頑張っていきましょう。この後はグロン兄さんも来ますから、皆さん服を着てくださいね」


 俺はみんなにそう言い残し、席を立った。

 確か今日はこの後、兄さんが新作の楽器魔道具を持ってくるんだったな。既に様々な音色を再現できていて、なかなか面白い楽器に仕上がっていたはずだ。


 俺はふぅと息を吐いて、検査結果を持ってドルトンさんの執務室へと向かった。



 ドルトンさんは忙しい身だけれど、マールディアさんの診察の日には必ず在宅してくれている。領地管理も含め、実務の多くは既に独立した四人の息子さん達に任せているようだ。


 部屋に入ると、随分とにこやかに俺を出迎えてくれた。


「やあ、リカルドくん。よく来たね」

「こんにちは。今日は暑いですね」


 椅子に座った俺の前に、氷の浮いたお茶が運ばれてくる。同じものがドルトンさんの前にも置かれている。


 溶けた氷が、カランと小気味いい音を立てた。


「リカルド君。これこれ……魔導製氷機、だったね。これマジでちょーいいよ」


 そう言って、目の前のグラスを指差す。実はこの世界では、氷の浮いた飲み物はあまり一般的ではなかったんだ。


 冷蔵庫や冷凍庫といった魔道具は以前から存在している。ただ維持費がネックだ。大きい魔石を次々と交換する必要があるため、それこそ裕福な貴族や大商人にしか利用されていなかった。

 その冷やし方も、気圧を操作して作られた冷たい空気を作るという原始的な方式である。当然、水は固体になるとと膨張するわけで、例えば食材なんかを凍らせると細胞が破壊されて食材は劣化する。


 前の世界のように、電子レンジの「冷やす」ボタンで瞬冷するような魔道具は存在しないのだ。


 そんな状況で、俺が瞬冷装置を実験する中で生まれたのがこの魔導製氷機である。欲しい氷の量に合わせてダイヤルを調整すれば、最低限の魔石消費だけで数秒で氷を作れる。


「……必要なとき、必要なだけ氷を作れるって、いいよね。今年の夏はマジで暑くなりそうだし」

「そうですね。思ったより売れてて驚きました」

「冷凍庫は維持費がねぇ。これはマジで良いよ」


 お茶を飲みながら、なんとなく友達のようなノリでのんびりと雑談をする。製氷機のこと、最近王都で見かける虫のこと、獣族農家の野菜のこと、話題は尽きない。


 気さくな人だからつい忘れそうになるけど、うちを庇護する中級貴族の当主なんだよなぁ。


「……すみません、ずいぶんと脱線しましたね。では、マールディアさんの病状を説明します」

「うん、よろしく」


 俺は魔導書(グリモワール)を起動する。

 今日取得したデータを追記し折れ線グラフを作ると、持ってきていたプリンタを接続して紙に出力。ポケットから赤いペンを取り出し、書き込みながら説明を始めた。


「マールディアさんの体内の推定命力量はこのあたりです。前回より増加量は抑えられました。他の三人のパターンと比較すると、光のネックレスでの命力消費の効果だと思われます。次回はこれをベースに──」


 生活の注意点、次回の目標数値を伝える。

 治療案については、グロン兄さん、ミラ姉さん、レミリアと事前に案を出し合っていたため、それを交えながら今後の方針を相談していく。手探りだけど、こればかりは仕方ないだろう。


 ドルトンさんはお茶を飲み、深く頷いた。


「いやぁ、リカルド君。こんな風に数値で話せると、違うもんだねぇ。分かりやすいよ」

「もっと効果的な手を打てるといいんですけど」

「いやいや、マジでね……他の医者はさ、根拠のない気休めしか言わんのよ。最近は体調も良さそうですね、なんてさ。僕が知りたいのは、納得できる現実なんだ。それがどんなに辛くてもね」


 ふぅ、と吐いた息に込められた感情は、俺に想像しきれるようなものではないだろう。


「君たち家族は優秀だ。ここだけの話、古い家ほど使えないヤツが多くてさ……クロムリード家は全員、マジで頭一つ二つ飛び抜けてるよ」

「……ドルトンさんからそう言っていただけると、みんな喜びますよ。特に兄さんは」

「グロンくんね……。まぁ、彼も優秀なのは認めるけどさぁ。父親としては悔しいものだよ」


 ドルトンさんの顔が大きく歪む。

 俺に対しては、いつもそうやって父親の嫉妬だと語っているけれど……きっと本当は、それだけではないのだろう。


「マールディアはねぇ、本当にいい娘なんだ。幼い頃は、パパと結婚するんだーなんて言って、周囲を困らせたものだよ」

「……そうなんですか」

「健気でね。どんなに辛い時にも、周囲にそんな顔を一切見せようとしない。本当にさ……本当に、いい娘なんだよ」


 そう言って、お茶のグラスをテーブルに置く。

 カランと氷が揺れる。


「話題の新興貴族クロムリード家。その優秀な次期当主が、いつまでも婚約者不在、というわけにもいかんだろう」

「……そうですね」

「だが、マールディアはやれん。病気の娘を配下の家に押し付けた……今の状況では、そうとしか見られんだろう。本人たちの気持ちがどうあれな」


 やっぱりそうだよな。

 ドルトンさんが、それを考えないはずがない。


「マールディアを悲しませたくないんだよ。今ならまだ、傷が浅い……」


 ドルトンさんと目が合った。

 グロン兄さんとマールディアさんの未来は、明るいとは言い難い。それでもきっと、俺はこれからも兄さんたちを応援するだろう。


 どこかから、魔導楽器の音が聞こえてくる。

 爽やかで、少し寂しげで、でも前向きな。


「いや、今の発言は忘れてくれ。娘を嫁にやりたくない父親の、ちょっとした戯言だ。マジでさ」


 ドルトンさんは冗談っぽく笑うと、お茶をぐっと飲み干した。俺は資料をトントンと揃えると、彼に手渡す。


 口には出さないけど、彼はきっとグロン兄さんの将来のことも考えてくれている。だからこそ、今の状況に割り切れないものを感じているんだろう。


……優しい人だな、と思う。

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