夢中になれる何かを見つけて
厳しかった冬がようやく過ぎ去った。
溶け残った雪はまだ残っているけれど、風の中には命の息吹が混じり、春の花も少しずつ咲き始めて来ていた。
最近の大きな変化といえば、俺が6歳になったことと、工房内の空き部屋が正式にミラ姉さんの研究室になったことだろうか。そこでは俺や兄さんとはまた違った研究が行われていた。
「リカルド、ちょっと見てくれる?」
「どうしたの、姉さん」
ミラ姉さんに呼ばれて研究室に入る。
するとそこには、いくつもの液体や生体素材が小瓶に収められ、綺麗にラベルを貼って棚に並べられていた。無造作に置いてあるようにも見えるけど、実は姉さんなりにいろいろと分類して配置しているらしい。
「……姉さんって意外と几帳面だよね」
「意外と?」
「ん?」
「まぁいいわ。ちょっと相談に乗ってよ」
姉さんは魔道具の勉強をしながら、この頃は魔導素材についての研究をしていた。
現在魔道具の材料は魔法金属が主流だ。でも今後、高度な魔道具が作られていくようになると、生体素材の特性を活用した道具も必要になってくるだろう。
そんな話を姉さんにしたところ、面白がって自分なりの仮説を立てては素材を様々に組み合わせ始めたんだ。それが切っ掛けで、こちらの研究にどんどんのめり込んで行っていた。
姉さんは、作業台に乗ったひとつの小瓶を俺に渡した。
「これ、魔導インクの改良版。少し魔力は流れにくいんだけど、耐久性は段違いだと思うの。ほら、リカルドの試作魔導書は焼ききれる度にバックアップから作り直してるでしょ。試しにこれを使ってみて、摩耗度のデータが欲しいんだけど」
おぉ、すごいな。
これはまさに現在欲しかったものだ。
魔導インクの弱点は、すぐに焼ききれてしまう耐久性のなさだった。それが改善されたんなら、メモリキューブやニューラルコアの移し替えの手間が無くなる。それだけでなく、頭の中のいろいろなモノも実現可能になるだろう。
「姉さんって結構天才肌だよね。本当に子供?」
「リカルドってよく自分を棚上げするわよね」
ミラ姉さんは呆れたような顔をするけど、俺は前の世界の知識というアドバンテージがあるだけだしなぁ。
ちなみに、以前から家族向けにはいろいろと授業をしている。
科学的なモノの考え方だったり、微積分や行列演算などの基礎数学。論理思考、仮説思考などの思考フレーム。そういった世界が変わっても有用な学問については、実例も踏まえて演習を中心に、前世での基礎学校程度の内容までは概ねマスターしてもらっている。
それを踏まえた上でも、兄さんや姉さんはほぼ前知識ゼロの状態から結果を出しているんだから、スタートラインの違う俺より凄いと思うんだよね。
「──それでね。この前リカルドが話してたメモリキューブの素材についてだけど……」
いろいろと議論をしながら、姉さんの生き生きとした顔を見る。
昔みたいな似合わない顔をすることは、もうすっかりなくなった。やっぱり人間、生まれたからにはこうやって夢中になれる何かを見つけて暮らしていきたいものだよな、としみじみ思う。
その日の午後には、我が家に来客があった。
工房の一室では、父さん、兄さん、俺が横並びに座る。その対面に腰掛けているのは、カエルの顔をした男だった。体つきもガッシリしていて、筋肉が盛り上がっている。
「オレは鬼族のナーゲスという。年は9歳、平民だ。ぜひともここで魔道具作りを学びたい」
実は、去年の秋くらいから新規の弟子入り募集を再開していて、しっかり身元を照会した上で問題なければ面談しようと決めていたのだ。
もっとも、やってきたのは他家のスパイなどばかりで、実際に面談に至ったのは今回が初めてのケースだけど。
「ふむ。ナーゲスか。君は鬼族だと思うが……」
ナーゲスと名乗る彼を見ながら、俺は久々にルーホ先生との授業を思い出していた。
鬼族はカエルやイモリなどの顔をした種族だ。彼らはその力の強さを生かし、肉体労働に従事することが多いのだとか。真っ直ぐな正直者が多いが、性に奔放な傾向がある種族、だったか。
豪快でサッパリした奴が多いから、どの種族ともすぐに仲良くなるらしい。あとは水質にも、うるさくて旨い酒を造ることでも有名だ。
「それで、どうして魔道具作りを志したいと思ったのかな?」
父さんの質問に、ナーゲスは堂々と胸を張る。
「おう。実は前にこの工房から売られた魔道具に感銘を受けてな。自分の手でも、あんな魔道具を作りてぇって思ったんだ」
「ふむ……どの魔道具のことだね?」
「あれだあれ。マッサージ杖ってやつだ」
「あぁ、あれか」
父さんは納得したようにコクリと頷く。
マッサージ杖は、あまりの激務に酷い肩こりを患っていた父さんのために、俺と兄さんで一緒に開発した道具だ。
スイッチを入れると先端がブーンと振動するもので、三段階くらいの強さ調整が出来るようにした。父さんの愛用品である。
本来は事務仕事の多い下級貴族をターゲットに販売したんだけど、フタを開ければ鬼族のお客さんがすごく多かったのが印象的だ。それなりに値が張るものだったはずだけど。
「鬼族の間で、あの魔道具は有名なのさ」
「ほう、そんなにかね……?」
「おうよ。あれのおかげで離婚寸前だった夫婦が仲直りしてなぁ、新しい子もバンバン生まれてよ。まぁ、うちの両親なんだけどよ。はははは──」
そう言って、ナーゲスは豪快に笑う。
「それはそれは。思わぬ吉報だな」
「おう。鬼族の間じゃあ、結婚式には定番の贈り物になっててな、夫婦円満の縁起物扱いよ。この前もみんなで金を出し合って一台贈ったところさ」
「ほほう、いやぁ嬉しいな。うちの魔道具がそんなことになっているとは」
そんなことになってるとは、知らなかったな。
少し想像してみようか。
肉体労働で疲れて帰宅した夫。凝った筋肉を、奥さんがマッサージ杖で解していく。ありがとう、お疲れ様、なんて会話がなされ、夫婦仲が円満になる……。うん、素晴らしいな。
「そんなワケでな。オレもそんな、みんなを幸せにするような魔道具が作りてぇ。人族ほど器用じゃねぇのは承知の上だが……どうかこの通り、弟子にしちゃくれねぇか」
そう言って頭を下げる。
父さんは彼に近づき、肩をポンポンと叩く。
「下積みは長く大変だ。種族的な差異もあるから、上手くいかないこともあるだろう……。それでも、君のような高い志があれば、いつか必ず大成すると信じている。受け入れよう、ナーゲス。君はこれからうちの弟子だ」
この日から、我が家に新しい弟子が一人増えた。
カエル顔でマッチョな鬼族のナーゲス、9歳。
真っすぐ豪快に笑う彼は、あっという間にみんなの中に溶け込み、我が家の工房を明るい笑い声で満たしていくのであった。





