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誤解していたかもしれない

 早朝の薄暗い庭を走りながら、考える。


「命力や魔力って、結局何なんだろう」


 精神に反応する命力。物理現象を起こす魔力。最近はずっと、その正体が何なのかが分からずモヤモヤと考えている。


 研究を続けていれば、何かが見えるのではないかと思っていた。

 でも、レミリアから様々な魔法知識を得るほど、また実験の中で様々な事象に直面するほどに、この力がそもそもどういうものなのか、見当がつかなくなってきていた。


「……このまま何も知らずに研究を続けていくのは、危険じゃないのかな」


 初期の仮説は脆くも崩れ去り、新しいモデルも見えてこない。エネルギー保存則に従っているようにも見え、時に完全に無視した挙動をする。


 もしや精霊のせいか……。そう断じてしまいたくなる神官の気持ちも、最近少し分かってきたような気がする。


「まずいな、少し精神が疲弊してきてるかも」


 こういう時こそ、冷静に問いかけてくれる脳内の親友が欲しい。そう思いながら、風呂で汗を流し、リビングで温かいお茶を飲んだ。



 一人で考えても埒が明かないか。そう思い、俺はグロン兄さんに相談してみることにした。


「……その内容だと、俺では力になれそうにないな」


 兄さんは開口一番そう言った。

 そもそも目指している物の方向性が違うしな。ミラ姉さんやレミリアにしても同じだろう。


「なぁ、リカルド。もし迷うようだったら、一度神殿に行ってみたらどうだ?」

「神殿に……?」


 どうしてここで神殿が出てくるんだろう。

 そもそも悩んでいる内容も、神殿の教える精霊学に反するような内容だし。魔道具のことなんて、神官はあまり詳しくないだろう。俺自身、表には出さないけど宗教なんて眉唾だと思っている。


……正直に言ってしまうと、ちょっと信用できないなって。


「リカルドの考えも分かる。だが、今のまま一人で考え続けても答えは出ないんだろう」


 まぁ、そうだよね……。

 あまり気は進まないけれど、兄さんの言うとおり今のままでは八方塞がりだ。ダメでもともと、どんなものなのか試しに縋ってみるのもひとつの手か。


「信頼できる知り合いの神官がいる。紹介状を書くから、試しに行ってみるといい」


 なんだかなぁと思いながら、俺は着替えて準備をする。竜族のトリンさんに護衛をお願いして、若干渋々ながら神殿へと向かうのだった。



 それは、神殿の相談室でのことだった。


「うん。君にピッタリの小神殿がある」


 そう言われた瞬間、俺の不信感はピークに達した。いくらなんでも、神殿に来た相談者をいきなり小神殿にポイ、はないだろう。


 それでなくても道中は、丘の途中で「ありがたや」と手を擦っているご老人を見かけては、前の世界でついぞ経験することのなかった「宗教っぽい感じ」に言いようのない不安感を感じていたんだ。


 道端で見かけた神官たちは、そうやって手を合わせるご老人たちに対し、気持ちの悪い見た目のミニチュア神像を売りつけていた。それも、銀貨数枚もの高額で、だ。

 思考を停止させ、盲目的に信仰させて、実用性の欠片もない物品を売りつける。俺からするとそんな風にしか見えず、彼らへの心象はどん底だった。


「君はグロン・クロムリードさんの弟さんだね」

「……はい」

「お兄さんから話は聞いているよ。こうして話していてよくわかる。ずいぶんと優秀なんだね」

「……いえ、そんなことは」


 人の良さそうな笑みを浮かべる神官に、やはり胡散臭いものを感じてしまう。兄さんには悪いけど、やめておけば良かったか。でも、いまさら何もせず帰るのも時間の無駄だしなぁ。


「それで、紹介する小神殿だけど――」

「あの……。神官さんは相談には乗ってくれないんですね。一応、それを頼りに来たのですが」

「はは、そうだね。場合によっては直接話し込むこともあるけど、神官は神様自体ではないから。あくまで僕たちの役目は、君たちと神様を橋渡しするところにあるのさ」


 そう言うと、彼は机の下から背負い袋を取り出して準備を始める。てっきり放り出されるだけかと思ったけど、どうやら小神殿までは着いてきてくれるようだ。


「ちなみに、その小神殿はどんな神様を祀っているのですか?」

「うん。『考えごとの神様』さ。悩んでいる君にピッタリだと思うよ」


 んー、なんというか、そのまま過ぎる。

 俺はどうにも疑ってしまう気持ちを引きずったまま、神官に連れられて王都の西地区へと向かっていった。


――前の世界では、宗教は過去の遺物だった。


 歴史の流れを考えれば、確かにその必要性も理解できるし、一概に悪いものだと決めつけることもできない。それでも、一定以上の科学が育ってきた社会においては、デメリットをもたらすことも多かったという話を聞いている。


 そんなことを思い出しながら歩いていると、やがて見えてきたのは小さな滝であった。そのそばに立つ小さな建物が、目的としている小神殿だろう。

 今は神官、俺、そして護衛のトリンさんの三人以外は周りに人影もない。


「……綺麗な場所ですね」

「あぁ。弁当を持ってデートをする若者も多いみたいだよ。このあたりの小神殿は、綺麗な場所も多いし、ゆっくり過ごすには良いだろう?」

「確かに。神官さんも恋人と来るんですか?」

「ハハハ……辛い質問だねぇ」


 話をしていると、やがて小神殿の入り口へとたどり着いた。神官が立ち止まる。


「さぁ、小神殿の中へどうぞ。私はトリンさんとここで待ってるから」

「えっと……ここからは一人で?」

「そうさ。ここはそういう小神殿だからね」


 なんとなく釈然としないまま、俺は促されるまま中へと進んでいく。


 ゴーッと響いているのは、滝の音だろうか。

 小神殿の中を少し進んでいけば、水音にかき消されて他の音は何一つ聞こえてこない。なるほど、確かに外乱がない分、考え事をするのには適している場所なのかもしれない。


 しばらく行くと、前方の壁に神殿の説明が彫り込まれていた。


【ここは考えごとの神殿。考えごとの神は、何かを懸命に考える者にご加護を与える。広い視野を、深い洞察を、新しい考えを欲する者のための神だ。そのご意思に逆らわず、身を任せること】


 胡散臭いなぁ……。でもまぁ、ここまで来たら入っていくしかないか。なんとなく投げやりな気持ちで、俺は先へと足を進めた。


【ここから先は前室。ここでは、砂時計の落ち切るまで座って待つように。決して焦らぬこと】


 そんな説明書きを読んで、前室と呼ばれる部屋へと入る。


 そこは寂しい部屋だった。

 ぼぅっと薄暗い室内に置いてあるのは、砂時計と座椅子だけ。他には何の特徴もない、退屈そうな部屋である。


「ここで待つのか……。たぶん、自分で砂時計をひっくり返すんだよな」


 とにかく指示に従うしかないか。

 俺は砂時計をひっくり返すと、椅子に座る。今は指示に従って、この砂が落ちるまでひたすら待つしかないだろう。


 それから、どれだけの時間が経っただろうか。

 部屋の中には滝の音だけが響いている。そして段々と、何もせずにただ待っているのが苦痛になってきた。


「はぁ……無駄な時間だな……」


 俺の心に苛立ちが募っていく。

 こんな事をして一体何になるのか、全く意味がわからない。ただ、ここで指示を無視して切り上げても、結局は何も残らないだろう。


 砂時計を見る。

 砂はまだ半分以上残っているようだ。


 そう思っている時にふと、砂時計の台座が目に入った。そこには小さな文字で何かが書かれている。俺は目を凝らしてそれを読む。


『決して焦らないこと』


 その瞬間、心臓が跳ねた。

 俺は、もしかして自覚している以上に焦っているのか……?


 焦っている。確かにそうかもしれない。

 だけど、俺は何に対して焦ってるんだ……。そうだ、魔力や命力の実態が掴めないからだ。その手がかりを求めて、こうして藁にもすがる思いで小神殿を訪ねている。


「せっかく時間があるんだ。少し落ち着いて、考えを進めてみようか……」


 まずは、これまで目にした魔法現象について思い出してみよう。そうやって、俺は思考の海に深く沈んでいった。


 それからずいぶんと時間が過ぎた。砂時計に目を向ければ、あんなに残っていた砂がちょうど落ちきったところだった。

 いろいろと考えを巡らせてみたけど、求めていた答えにはまだ到達していない。ただ、焦っていた自分を自覚することで、少しだけ落ち着くことができたのは良かったと思う。


「よし。ここまで来たら、やってみよう」


 前室を後にした俺は、さらにその先の狭い廊下を進んでいく。


【ここから先の本室では、神像の周りを左回りに歩くこと。決して足を止めず、啓示があるまで歩き続けるべし】


 そう書かれた壁を過ぎ、本室へと入る。

 部屋の中央には、四人の神様が背中合わせにくっついたような神像が立っていた。俺は指示されていた通りに左回りに歩き始める。


「決して足を止めないように、か……」


 俺はグルグルと歩き回る。

 そうしていると、先ほど前室で考えていたことの続きが頭に浮かんできた。


 例えば、魔力について分かってること。

 魔力とは、ざっくり言ってしまえば、通常なら発生しない物理現象を起こす何かの力だ。可燃物もないのに火を起こし、気圧差を生み、水を凍らせ、光玉を出す。上手くやるとありとあらゆる物理現象を再現できるようなのだ。


「ここからして原理が全くわからないよな……」


 ふと神像の台座が目に入る。

 何か書いてあるな……『他には』か。


「へぇ。神像の台座の各面に何か書いてあるのか。思考の取っ掛かりにいいかもしれないな……」


 他には……命力についても気になる。

 魔力と命力は、あえて乱暴な言い方をすれば、電気と磁気のような関係だ。お互いを揺り動かしている、裏表のような力。


 しかも、命力は人の意思に反応する。

 体内の命力は念じれば容易に指先に集まる。かと思えば、空気中を漂う時には普通の物質のようにも振る舞う。そしてどういうわけか魔石の中に蓄積させることができるらしい。


 精神そのものに反応する物質。そんなものが存在しえるのだろうか。


 考えながら歩いていると、神像の台座が目に入る。うーん、『そもそも』か。そもそも、というと、転生からしてそもそもだ。

 はじめは夢の中だと思っていた。それがまさかの別世界。そもそも、ここはどういう世界なんだろう。


「あ……そうか!」


 俺の背筋を衝撃が駆け抜ける。


 そうだ、多世界学だ。

 すっかり失念していたけれど、いつの間にかここを前の世界の基準で考えていた。当然、世界の性質を決定づける42のパラメータは前の世界と異なっているはずだ。世界層だって、前の世界のような物質層ではないかもしれない。


 精神が物質に影響を与える。

 前の世界より精神層寄りの世界なのか。


 そうして考えながら歩いていると、台座が目に入る。えっと『つまり』か。うーん、つまり、この世界は……。


 精神が、命力と魔力を媒介に物理現象に干渉することができる。ここはそんな世界だ。


 前の世界とは物質の成り立ちからして違うし、物理法則にしても厳密には前世と全く違うこともあるだろう。もちろん、多世界学上で一般化された統一理論からは外れないとは思うけれど、この世界で特殊化された物理法則は、よく研究してみないとわからない。


「前の世界より精神層に近い……。魔法世界、とでも呼べば良いのかな。とにかく、前の世界の常識を当てはめ過ぎないようにしないと」


 台座が目に入る。む、『とはいえ』か。

 とはいえ、それが分かったところでな。魔法の原理が見えたわけでもないし、魔力や命力の謎についてはまだ何も分からないけど。


 あー、『そもそも』。

 そもそも、そうだよな。俺は脳内の人工知能(親友)を再現したかった。単純にそれだけだったはずだ。それが、何やら難しく考えすぎていただけなような気がしてきた。物理法則まで全て正確に解き明かす必要が本当にあるのか。

 そもそも、俺は前の世界で農家だった。もとから哲学者でも物理学者でもないじゃないか。


 そうだ、『つまり』は。

 何も全ての原理を明らかにする必要はない。俺は農家だ。農家が得意とするのはあくまで細胞情報工学や機械知能工学であって、統合物理学を解き明かすのは別の人の役割じゃないか。

 欲しいものを設計し、自分の手で作る。それだけでいいんだ。細かいことは気にするな。


 そう、俺は農家なんだから……!


 頭の中がスッキリした俺は、軽い足取りで小神殿を出た。

 既に日が陰っていたが、神官様とトリンさんはそこで待っていてくれた。俺は感謝を込めて深々と頭を下げる。


「お待たせしてすみません」

「うん。いい顔になったね。結論は出たかい?」

「はい。悟りました。私は農家です」

「……魔道具職人では」

「えぇ、それでも、心は農家でした」

「そ、そうか……」


 俺の言葉に頷いた神官様は、その顔に穏やかな笑みを浮かべると、爽やかに握手を求めてきた。俺はそれに応じる。本当に救われた気分だ。


 人々は困った時に神殿を頼る。

 その気持ちが、今なら心の底から理解できた。


「ところでリカルド君。考えごとの神像のミニチュアは、銀貨三枚なんだけど……買うかい?」

「買います」


 ちょっと、神殿や宗教を誤解していたかもしれないな。

 俺は晴れやかな気持ちで、傍目にはちょっと気持ち悪い感じの神像を大事に握りしめながら、家に帰っていくのであった。

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