俺などよりよほど凄い
ドルトン家当主、ロソン・ドルトン。
彼は口ひげとガッシリした体格を持った貫禄ある紳士である。中級貴族という、この国の中でも大きな権力をもっている彼は今、うちの父さんと話しながら盛大に頭を抱えていた。
「マジでさ……クロムリードの周りってそんな怪しいことになってんの?」
「はい、マジでなっております」
「うわ、ちょー面倒。税収が増えたとか、喜んでる場合じゃないじゃん。なんで貴族になんてなっちゃったのよ」
「まったくですな……うちを貴族にしたのはドルトン殿ですけれど」
「うん、知ってる……」
ドルトンさんはクッキーを一枚かじると、紅茶をグビッと一口飲む。目を閉じてモグモグと咀嚼しながら、何かを考えているようだ。ゴクンと飲み込み、ゆっくり目を開く。
「それで、その子が話のリカルドくんか。せいぜいまだ5、6歳くらいじゃないか……とてもそんな特別な子には見えないが。どれ、発言を許そう。なんか話しとくれ」
「初めまして、クロムリード家のリカルドです」
思ったよりフランクな人だったな。
公式の場では堂々としてるけど、普段はこんな感じの人なんだろう。父さんとも平民時代からの長い付き合いだから、気心は知れているみたいだ。
俺は彼の顔をじっと見る。
「何を話せばいいかはわかりませんが、とりあえずヒゲにクッキー付いてますよ」
「え、マジ? んー、取れた?」
「逆です逆。そうそう」
「お、サンキュー。それでそうだ、できれば今日話したっていう、サルソーサス家の当主との会話を知りたいんだけど。どんな感じだったの?」
「えぇ、わかりました」
俺はコクリと頷くと、順を追って説明する。
話しかけてきた時の様子。細かい会話の内容。自分の発言の意図。相手の反応と、そこからの予想。今後の展開についての予測パターン分類。
「相手側の今後の動きですけど……」
「んー、サルソーサスはアホだけど保身には割と慎重な奴だから、君との会話はしばらく胸のうちに収めとくパターンが濃厚かな。たぶんね」
「いずれにしろ、守りは厳重に固めますね」
「うん、僕も可能な限り全速力で動くよ」
ドルトン家は警備兵の手配や上級貴族のタイゲル家への報告を約束してくれた。しばらくは貴族街ではなく職人街の工房で生活したほうが守りやすいかもしれない。可能な限り迅速に準備を進めよう。
「これで5歳とか、ないわー」
「え?」
「最近の開発に君も絡んでるって話、ようやく信じられそうだ。発想や発言が普通じゃないからね……何、取って食おうってんじゃない。ただ、こりゃマジで君を守んなきゃいけないなって思うとね、プレッシャーで胃が痛い。マジで」
「マジですか」
「マジマジ」
トントン。
扉がノックされ、奴隷からグロン兄さんの到着が知らされる。すると次の瞬間、ドルトンさんの顔がギシッと歪んだ。一体なんだろう……。
「失礼します」
「……君がクロムリードの次期当主かね」
「はい。グロンと申します」
「ふむ。まぁ座りたまえ」
ドルトンさんは突然真剣な様子に変わり、鋭い視線を兄さんに向けている。先程とは全く雰囲気が違っているけど……おかしいな。さっきも真面目な話だったはずだけど。
兄さんは硬い面持ちのまま、ドルトンさんの真正面に座った。なんとなく俺と父さんは入り込めない空気で、二人の対話が始まる。
「グロン君」
「はい」
「君は音の魔法陣を発表しているね」
「えぇ。その研究を行っています」
「ふん。まこと優秀なことだ。だが……少々軟弱だとは思わないかね?」
「と、言いますと……?」
ドルトンさんは険しい表情を崩さずに、グラスを傾けて水を口に含む。その対面で、兄さんは背筋をピンと伸ばし、言葉の真意を問う。
「良いかね。魔道具は、雑に言ってしまえば兵器だ。最近は君の家を始め、生活に役立つ魔道具を開発する者が増え始めている。だが、日常使いするにはやはりコストも高い。魔道具の本質は、今でも軍の装備だというのは否定できないだろう」
確かに、ドルトンさんの言う事は間違っていないだろう。我が家も生活魔道具の他に、国からの依頼で武器を作って納めているし、仕事の全体で見てもその割合は決して小さくない。
「さて、そんな中で君の研究は何の役に立つのだろうか……。音の魔法陣? 個人的には嫌いじゃないが、趣味の範囲を出ないのではないか。一体君は、この先の未来をどう見据えているのだ」
「そうですね……」
今度は兄さんがコップを傾ける。
目を閉じて、少し間を置き、ゆっくりと瞼を開くと真っ直ぐにドルトンさんを見た。
「……私の弟は、リカルドは、凄い奴です」
そして始まったのは、なぜか俺の話だった。
「弟と一度でもお話されたなら、分かるかと思いますが……彼は私なんかより、よほど優秀です。私には思いもつかないようなものを、なんでもないような顔をして生み出していきます」
「……うむ」
「まぁ、はっきり言えば普通じゃないです。もちろん悪い意味ではありませんが」
そう言って、兄さん、ドルトンさん、そして父さんの目が俺に集中する。なんだろう、ものすごく居心地が悪いんだけど。
「……コホン。ですから、リカルドの作るものはいずれ、我々の生活を一変させると確信しています。世の中に便利な魔道具が溢れ、ありとあらゆる生活に魔道具が関わってくる」
「ほう」
「弟の発想は、そういう次元の考え方です。そして、そんな時代が来た時に……」
グロン兄さんは一度言葉を止めると、俺に目を向けて微笑んだ。
「魔道具が人々の生活に不可欠なものになった時に、人の心に寄り添うような芸術のための魔道具もまた、その場にあってほしい。それを作りたいと、今の私は考えています」
「……そうか。それが君の見る未来か」
「はい。もちろん、従来の魔道具も父からしっかり学び続けています。事業を途切れさせるつもりはありません」
グロン兄さん、いつの間にそんなことを考えてたんだろう。
そもそもだけど、俺には前世の記憶のアドバンテージがある。だから、それを生かした発想をすることについては、何ら凄いことでもなんでもないんだ。
それに比べて、兄さんはゼロからこの考えに辿り着き、自分の道を見据えている。本当に凄いことだと思う。
「ふむ……」
兄さんの決意を聞いたドルトンさんは、何やら顔を歪めていた。
なんだろう、少し感心しているような、悔しがっているような、いろいろな気持ちが混ざった顔だ。
すると、部屋の奥の扉がガチャリと開く。
「グロンさん、ですね」
現れたのは、薄緑色の髪をサラサラと揺らすお嬢さんだった。グロン兄さんと同じで成人したばかりの、ドルトン家の娘。
「マールディアと申します。今のグロンさんのお話……とても素敵な決意だと思います。それで、あの……。プレゼントに頂いた箱が、とても素晴らしかったので。一言お礼を言いたくて、父に無理を言ってここで待っていたのですが」
そう聞いて、兄さんの顔が赤く染まった。
あぁ、俺には分かる。
兄さんは今、緩みそうな顔を必死に抑えてる。
「とても可愛らしい曲でしたわ」
「喜んで頂けて何よりです。あの箱に封じ込めた曲は、あなたをイメージしてアレンジしたので」
「まぁ、そうでしたの……!」
マールディアさんは兄さんに近づく。そして、感激したように手を取った。
それを見たドルトンさんの顔がさらに歪む。これはあれか……父親の嫉妬、というやつか。
「精一杯、心を込めて作りました」
「まぁ。あれは貴方が自分で作りましたの?」
「えぇ。まだ修行中の身ですが」
「……ゴツゴツした手。修行は大変そうですね」
「何、作りたいものがあれば、苦は感じません」
二人が手を握りあっているそばで、ドルトンさんはゴホンとひとつ咳払いをした。
兄さんたちは慌てたように手を離すけれど、まだ見つめ合ったままだ。
「マールディア。そろそろ部屋に戻りなさい」
ドルトンさんの言葉に、マールディアさんは残念そうに頷くと、兄さんに一礼する。それから、思い出したように口を開いた。
「グロンさん。あの箱は、なんという名前の魔道具なのですか?」
「……オルゴール。私はあれを、オルゴールと呼んでいます。世界で初めて作られた、音楽のための魔道具です」
「オルゴール……」
マールディアさんは、ゆっくりと噛みしめるようにそう呟いた。
「貴方に渡したあの箱は、その中でも一番最初に完成した一品。オルゴール・マールディアと名付けました」
「まぁ……!」
驚いたように口元を押さえた彼女の頬が、薔薇の花弁のように真っ赤に染まっていく。
「マ、マールディア。そこまでになさい」
「かしこまりました、お父様。それでは……グロンさん、ぜひまたゆっくりお話させてください」
「はい。またお会いしましょう」
そうしてマールディアさんは再度一礼すると、ごきげんな様子で部屋を去っていった。兄さんのプレゼント作戦は、どうやら無事に成功したようだ。
一方のドルトンさんの顔は、もうしっちゃかめっちゃかに激しく歪んでいた。





