仲良くやらなきゃね
王都の中級貴族の家では成人式の日の夕方に傘下の下級貴族を集めてパーティーが開催される。我が家もドルトン家に招待されているため、一度帰宅して着替えることになっていた。
家に着くと、早速父さんに報告する。
「父さん。ヘゴラ兄さんの件、接触があったよ」
「……詳しく教えてくれ」
「うん、北のサルソーサス家の当主が──」
話を聞いた父さんはすぐに手紙をしたためて、雑務奴隷に指示しドルトン家への配達を命じた。
着替え終わったあとは、母さん、グロン兄さん、ミラ姉さんにも状況を話し、直近の生活での注意点や警備強化について話し合った。対策は早い方がいいだろう。
そんな忙しさが少し落ち着いた頃。
ミラ姉さんがふと口を開いた。
「ところで兄さん、例のあの子へのプレゼントは今日渡すんでしょ?」
「な……なぜそれを」
グロン兄さんは俺を見る。
俺は首を横に振った。俺からミラ姉さんには何も話していない。
「やっぱりね。街でギフトラッピングを探してたでしょ?」
「あ……」
「成人式だからって、なんかソワソワしすぎだし、今日何か渡すのかなって。そうなると相手は……もしかしてドルトン家の……?」
兄さんの顔が分かりやすく赤くなるのを、母さんは微笑ましそうに眺めていた。何を言わずとも、母さんと姉さんには全て筒抜けだったらしい。
兄さんは俺をチラッと見て頷いた。
例のものは無事に完成したみたいだ。
やってきたのは、貴族街にある大きな屋敷だ。
中級貴族31家のひとつ、名門ドルトン家。
その庭では多くの招待客が談笑していた。
竜族の警備兵が門を守り、甲殻族の楽団が音楽を奏でる。獣族のシェフが腕をふるい、鬼族の名酒が振る舞われる。
初めて来たけど、すごいところだな。
「リカルド、見てよあの肉の山。夢のようだわ」
「姉さん、マナーとして女性はあんまり──」
「少しくらいいいでしょ。ねぇ、取ってきてよ」
はいはい、と言って皿を持ち、美味しそうな肉が積まれた大皿へと向かう。
貴族のマナーとして、こういったパーティでは少食の男性や大食いの女性はあまり好意的に捉えられないらしい。
だからと言って、別に太い男性や細い女性が特別モテるというわけでもなさそうだし、なぜそこに男女差があるのかも含めて、俺にはよく分からない価値観だ。そういうものだと思うしかないけど。
肉と取りに行ったすぐ近くでは、父さんが他の下級貴族と何やら話をしていた。
「クロムリード殿、この度はご子息のご成人、おめでとうございます。ご活躍は耳にしてますよ」
「これはこれは。ご丁寧にどうも。王都に来た時はお世話になりました。準備にご協力いただいた工房や奴隷のお陰で、なんとかやっておりますよ」
おっと。父さんに話しかけてるのは、兄さんが激昂ていた例の白豚貴族か。確かに噂の通り、よく肥えた腹をしている。
彼は四肢を欠損している奴隷や前科のある奴隷をわざわざ取り揃え、オンボロ工房を押し付けてくれた実績があった。
どんな会話がされるのか気になり、俺は父さんの背後でこっそり聞き耳を立てる。
「いやぁ、あの奴隷達を使ってここまで成功なされるとは、やはり貴族として取り立てられるだけの実力をお持ちなのですな」
「いやいや、あんなに良い奴隷達を融通していただいて、私共としては言葉もありません。さすが多数の奴隷商人を抱える名門レイモン家だ。私の顧客も感心しておりましたよ。これが噂に名高いレイモン家の用意した奴隷か、と」
そう言うと、相手の貴族は顔色を悪くする。
うちが幅広い顧客を相手取ってることは知っているだろう。お客さんには雑談で奴隷達のこともいろいろと話しているから、この様子だと既に奴隷商売に影響が出ているのかもしれないな。
まぁ、今となってはその奴隷たちも何の問題なく仕事をしてくれているし、結果的に困ってることはないんだけどね。
「レイモン殿。せっかくこうして知り合えたご縁です。詰まらないことは忘れ、お互い仲良くやりたいものですな」
「そ……そうですな。あは、ははは……」
そうそう、仲良くやらなきゃね。
そんな会話を片耳で聞きつつその場を離れ、ミラ姉さんに肉を持っていった。
遅い、と怒る姉さんの口に肉を放り込みながら、昼間よりは多少気持ちを楽にしてパーティーの雰囲気を楽しんでいた。
そうして過ごすことしばらく。
演奏の音が小さくなっていくのに合わせ、会場のざわめきが落ち着いてくる。そして、皆が自然と屋敷の扉に注目する。
「ドルトン家当主、および新成人の皆様の入場です。拍手でお迎え下さい」
そんなアナウンスと共に扉が開き、ドルトン家の当主が現れた。ダンディな口ひげを蓄えた、ガッシリした体格のおじさんだ。
その後ろからはグロン兄さんをはじめとする今年の新成人が登場する。ドルトン家傘下の下級貴族のうち、王都在住の男女15名ほどだ。彼らが今日のメインである。
当主は新成人たちを順番に紹介していく。
そしてその中に、先程の雑談の場で病弱だと噂されていたドルトン家の娘さんもいた。この人が兄さんの想い人だろうか。
「今年もまた、こうして新しく成人した仲間を迎えられ──」
各家への祝いの言葉と、成人たちへの激励の言葉が述べられる。
貫禄溢れるご当主の挨拶が終わると、新成人が主賓席へ案内される。すると、皆が待っていたかのようにドルトン家の娘さんのところへ群がっていった。俺たちも近づこうとしたけど、とてもこの人混みをかき分けては進める気がしなかった。
「娘は少し体調が優れないようだ。すまないが、これにて失礼させて頂くよ」
当主がそう告げると、娘さんはあっという間に撤収していった。あれでは兄さんがプレゼントを渡す間もなかったんじゃないだろうか。
そうしてパーティーが進むうちに、騒がしかった兄さんの周囲も徐々に人がまばらになってきた。俺たちは隙を見て声をかける。
「兄さん、プレゼントは……」
「あぁ、渡せた。さっき登場前の待機中に」
「あ、なるほど」
「喜んでくれるといいけど」
そう言うと、グロン兄さんはまた来客対応に追われ始める。
ひとまずプレゼントを渡せたなら、今日のミッションは果たせたと思っていいだろう。隣を見れば、ミラ姉さんもホッとした顔をしていた。
パーティーの場も少しずつ落ち着いてきた。
楽団の演奏も静かなものになり、その場には穏やかな空気が流れている。皆が思い思いに談笑しながら、用意された料理に舌鼓を打っていた。
「ねぇリカルド。そういえば」
「うん?」
「ほら、リカルドが工房に連れ込んでる子いるじゃない」
あぁ、レミリアのことか。
連れ込んでるとは人聞きが悪いけど。
「あの子の家族らしき人からは、パーティの間に何か話は進んだの?」
「いや。昼間の神殿前での立食パーティーでも、このドルトン家のパーティーでも、彼女に関連する接触はなかったよ」
「そう……」
事前の予想では、昼間のパーティーで何かしらの接触があると予想してたんだけど……蓋を開ければ彼女に対する動きは一切なかった。
レミリアの事情は、今の所彼女の口からは聞き出せていない。ただ少なくとも、彼女の生家はドルトン家配下の貴族ではなさそうである。
「顔に火傷なんてね。女の子なのに」
「うん……。そうだね」
「それに、職人街で聞き込みをすれば、我が家のことだってあたりをつけられるはずよ。探している素振りもないなんて……。やっぱり、見捨てられたのかしら……」
ミラ姉さんは、レミリアにかなり同情的だ。まだ直接の面識はないけれど、顔の火傷については同じ女の子として思うところががあるのだとか。
そんな風に姉さんと話をしている時だった。
「リカルド、こちらへ来なさい」
父さんに声をかけられる。
姉さんのことは護衛に任せ、俺はそっとパーティーを抜ける。その先にはドルトン家の奴隷が待っていて、屋敷の中へと案内された。どこに行くのだろう。
「ドルトン殿がお待ちだ。例の件──ヘゴラの件をこれから相談する。グロンも呼ぶ。リカルド、お前も来るんだ」
父さんの言葉に、いよいよ来たかと頷く。
サルソーサス家による弟子の連れ去り。
それが何を意味しているのかはまだ分からないけれど、どうにか上手く解決して心配ごとのない日常を手に入れたい。
俺は父さんの背中を追いながら決意を新たにしたのだった。
 





