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気にしすぎても仕方ない

 成人式では、12歳になった者たちが各地の神殿に集まって神官の説法を聞き、その後は神殿前の大広場でパーティーを開催し、親睦を深める。貴族と平民は別日だけど、その内容自体は大きくは変わらないらしい。


 ただ、王都の貴族成人式だけは規模が違った。

 というのも、上級・中級貴族は地方ではなく王都で成人式に参加するのが通例なのだ。下級貴族など鼻息で吹き飛ばされそうなほど、偉い人が大集合するイベントである。


「いよいよパーティね、リカルド」

「姉さんは楽しそうだね」

「ふふ。こんなに大きなパーティ初めてだもの」


 そう言うと、ミラ姉さんは真新しい空色のドレスを着てご機嫌そうに笑う。背中の大きなリボンがお気に入りらしいけど、確かによく似合ってるな。


「リカルド、あそこにいるのが上級貴族タイゲル家の当主みたいよ」

「うん、そうらしいね。うちの寄親の寄親だから、失礼のないようにしないと」


 上級貴族の当主と言えば、この国にたった4人しかいない権力者だ。そうそうお目にかかる機会はないだろう。

 姉さんも興味深げに彼を見ていた。


「本当に白い髪してるんだ」

「うん。噂通りだね」

「それに、女の子にばっかり声かけてる」

「……噂通りだね」


 ちなみに母さんは貴族学校時代にあの当主と知り合いだったらしいけど、ずいぶんと破天荒で女好きな性格だったらしい。


 新成人たちは神殿で説法を受けている。

 現在はその家族たちが、彼らを待ちながら簡単な立食パーティーを行っているところだ。ただ、祝いの場だから政治絡みの話はないとはいえ、ここまで身分の高い貴族が揃うパーティもそうない。


 そんな中、父さんの周りには様々な貴族が集まってきているようだった。


「これはこれは、クロムリード殿。貴殿の作られた車椅子は本当に素晴らしいですなぁ。新モデルにしてから、乗り降りが楽になったと我が母も毎日機嫌が良くて」

「新作の魔導ペンだが。あの中身は魔導インクでなくて通常のインクでも問題なかろうか。我が配下の筆記具職人協会から突きが来てな。ついては利権について相談がありましてな」

「ご子息が発表されているいくつかの音魔法陣ですがなぁ。是非あれの研究に加わりたいと、うちの三男が申している次第で」

「いやはやクロムリード殿。驚きましたぞ、あの保冷倉庫の新作。画期的ですな」


 次から次へとやってくる、名だたる貴族たち。

 その中には下級貴族であっても歴史の長い名家だったり、中級貴族でさえ友好的な態度で話しかけてくることもあった。もちろん、裏のある発言が多そうだったし、自分の派閥に取り込もうとする声も少なくなかったけど。


 父さんはそれらを思いの外のらりくらりと躱しながら、堂々と振る舞っている。


「父さん、大変そうだね」

「他人事みたいに言わないの。ほとんどリカルドが作った魔道具のせいじゃない」

「あー……そうかな?」

「間違いなくそうよ。まったくもう」


 そんな父さんを遠目に眺めていると、遠くの方から歩いてくる女性が見えた。以前マナー講師をしてくれたマリエールさんだ。


「ふふ、二人とも貴族らしくなったじゃない」

「あら、マリエールさん。ごきげんよう」

「ごきげんよう、ミラさん。お母様のご体調はその後いかが?」

「えぇ、お陰様で変わりなく。今日は妹のフローラと一緒に留守番をしておりますわ。今度顔を見にいらして?」

「うふふ、近いうちにぜひ」


 二人とも気持ち悪いくらい芝居がかったやり取りで楽しそうに遊んでいるが、このパーティーの場ではさほど違和感がない。


 グルッとあたりを見渡す。

 すごい人数だけど、ここにいる全員が揃って芝居がかった振る舞いを意識してるということだろうか。冷静に考えると、なかなかに滑稽な構図だ。


 そんなことを考えて、俺は一人ニヤニヤしながら過ごしていた。




 さて、そろそろ新成人が出てくる頃だろうか。

 そう思いながら壁際であくびをする俺のもとに、一人の貴族男性が近づいてきた。様子を見ると、俺と話をしたいようだが……。


「君は、クロムリード家のリカルドくんかな」

「えぇ。失礼ですが、あなたは」

「挨拶が遅れたね。はじめまして、サルソーサス家の当主、サーダという者だよ」

「北の中級貴族の方ですね。これは、お顔を存じ上げず失礼を。クロムリード家の次男、リカルドです。よろしくお願いします」

「ほう。よく家名を知っていたね。噂に違わず聡明な子だ。君は優れた魔道具を考案する麒麟児だと噂に聞いているよ」


 そう言って、サーダと名乗る貴族は微笑む。


 俺は子供らしい表情を繕いながら警戒した。

 確かに魔道具開発などでいろいろと動いてはいるけれど、極力目立たないようにしているし、外向けには全て父さんの成果として発表しているのだ。そもそも、5歳の子供が魔道具を開発しているなどと聞いて普通は信じないだろう。


 そんな中、俺を狙って話しに来る。

 つまり、誰かかから「5歳の次男が聡明だという確度の高い情報」を得ているということだ。考えられる情報ルートは、まぁいろいろあるとは思うけど……。


「君も辛い立場だな。こんなに優秀なのに、君の功績は全て父上と兄上に献上しているんだろう? 割りに合わないとは思わんかね」

「はぁ……あの」

「例えば、そうだな。君の能力を存分に活かせる、皆が君を認めてくれる場所があるとしたら、行ってみたいと思わないかい?」

「……それは、どういうことですか?」


 これは、遠回しな勧誘かな。

 彼は俺の顔を覗き込みながら、勝手にうんうんと頷いている。なんなんだろう、こちらの質問に答えるつもりはないみたいだし。


 これはもしかすると……あの件だろうか。

 少し探ってみよう。


「ところでサーダさん。そちらに行った彼は、元気にしていますか?」

「……なんのことかな」


 一瞬の動揺。これは当たりかもしれない。

 彼とは誰のことか、とも聞かれなかった。


 弟子のヘゴラ兄さんが失踪した時から、どこかでこういう接触があるんじゃないかと思っていたんだ。持ち去った魔法陣の研究資料やヘゴラ兄さんの証言があれば、俺が幼くして魔道具作りに関わっている話にも信憑性が出る。


 それにしても、北の中級貴族か……。

 ヘゴラ兄さんは無事なんだろうか。


「兄のように慕っていた人がいなくなって、心配していたんですよ。家族もみな、優秀な彼にいろいろと頼っていた部分がありますからね。彼に何かあったらと、皆心配して何日も眠れず、ご飯も喉を通らずに……」

「おやおや、弟子一人にずいぶん大げさなことですな」

「あれ──」


 おかしいな。


「私、弟子(・・)なんて言いましたか?」

「あ、いや……」


 こんなのに引っかかるなんて……。

 本格的な引っ掛けはこのあとの予定だったのに。

 相手が子供だからって油断しすぎだろう。

 北の中級貴族、サルソーサス家。ヘゴラ兄さんを連れ去ったのはこの家の関係者で間違いない。単独犯なのか、裏に誰かいるのかは分からないけど。ひとまずこのことは父さんに報告して、ドルトン家に相談だ。


「いえ、失礼しました。ただ、我が家の弟子がサルソーサス家に拐われた、などとあらぬ噂を立てられては、貴殿も面倒でしょう」

「う、うむ」

「ここはひとつ、取引と行きませんか」

「……取引?」


 腐っても中級貴族当主。

 この人はどの程度の立場なんだろう。


「父からこう伝えるように言われております。弟子ヘゴラの無事を確認したい。彼の状態に応じて価格を設定し、高額で買い取りましょう。以降、我が家への余計な詮索をしなければ、それ以上ことを荒立てることもしません。いかがです? あなたに不利益はない、破格な取引かと思いますが」

「……すぐには決められん。持ち帰らせてくれ」


 即決はできない立場、か。

 裏に誰かいるのか、組織内で力が弱いのか、単純にもう返せる状態じゃないのか。


 あぁ、相手がドルトン家傘下の下級貴族だったら一番対処が楽だったのにな……せめて西のタイゲル家の傘下であればドルトン家にお願いして内々になんとかできたかもしれないけど。北だもんな。

 仮に、サルソーサス家が単独犯でないとすると、寄り親である北のトータス家も何か絡んでいるかもしれない。上級貴族が絡むと話が複雑になりそうだ。


 肩で風を切り去っていくサルソーサス家当主の背中を見ながら考える。相手次第ではいよいよ俺の身も危なくなるかもしれないな。

 最悪は拐われて飼い殺されるか、利害関係者に消されるか。それまでに、いろいろと手を打てるといいんだけど。


「面倒だなぁ……でもほんと、ヘゴラ兄さん無事かな」


 何事もなく幸せに暮らしていました、なんて結果だったらいいんだけど、どうなってるかな。



 ほどなくして、新成人達が神殿から出てきた。

 グロン兄さんも、最近付き合いのある下級貴族の友人と雑談しながら階段を降りてくる。その表情は明るい。


 俺は前の世界から生まれ変わって、親兄弟というものを初めて知った。結婚して自分で築く家族とはまた異なる、掛け替えのない大切な存在だ。


 だから、何が合っても家族に手は出させないように、できる限りの手は尽くしていこう。


「おかえり、グロン兄さん。成人おめでとう」


 まぁ、あまり気にしすぎても仕方ない。

 可能な限り対策を取ったら、あとはなるようになれ、だな。

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