とことん付き合うよ
成人式が10日後に迫ったある日。
工房で研究を続ける俺のもとに、式の準備で忙しいはずのグロン兄さんが現れた。
「リカルド。ちょっと相談に乗ってくれないか」
「うん、プレゼントか何かの相談?」
「な、なな、なぜそれを!?」
驚いたような反応をしているけど、それくらいは容易に想像がついた。
最近の兄さんの悩み事といったら例の恋愛事情しかないだろうし、この前は商店街の雑貨屋で難しい顔をしているのをミラ姉さんに目撃されている。お相手がどんな人かは分からないけど。
結局のところ、姉さんからのあの手この手の攻撃を受けても尻尾を出さない兄さんは、相手の素性も含めて秘密主義を貫いていた。
兄さんは俺の横に椅子を持ってきて、ストンと腰を下ろす。
「彼女……音楽が好きな人、だと思うんだ」
「そうなんだ。それで?」
「演奏を贈ろうと思ってな。音の魔法陣を改良して、新しい楽器魔道具も出来た。贈りたいメロディーも用意したんだ。甲殻族の曲を彼女の可憐なイメージでアレンジして……まぁ、良い曲になったと思う。演奏もそれなりに出来る自信はある」
「へぇ。素敵なプレゼントだと思うけど」
俺がそう言っても、兄さんは浮かない顔だ。
今のままじゃうまく行かないのだろうか。
「それで、何を悩んでるの?」
「あぁ。はじめは、ただ彼女に演奏をプレゼントしようと思っていた。でも駄目なんだ。そうそう対面で会えるような子じゃないし、例え会えてもあまり長い時間は拘束出来ないと思う」
うーん、生演奏は難しいのか。
そうだなぁ……。
「原始的な蓄音機なら作れると思うけど」
「なんだそれは。聞いたことないな」
俺は蓄音機について兄さんに説明する。
簡単に言えば、音情報を保存可能なデータに変換する入力装置と、それを保持する記憶装置、データを読み出して音を発する出力装置の3つがあれば成立する。
ただ、説明しながら思ったけど、それじゃあ楽器魔道具での演奏を贈りたいって観点からだと違うかもしれない。それに、蓄音機を使うなら普通に楽団の演奏を録音したほうが豪華な演奏が贈れそうだし。
「そうだな……せっかくだが、俺としてはやはり魔道具での演奏を贈りたいと思ってるんだ。気持ちを伝えるためにも」
「うーん。じゃあ違う方向から考えたほうがいいかもしれないね」
いっそ通信魔道具でも作って、遠隔で演奏した音声を届けようか。現実感ないよな。たぶん10日後には渡したいんだろうし。
「よし、今日はとことん付き合うよ」
「……すまないな」
「いいって。生半可な案じゃ無理だろうからね。なにせ中級貴族ドルトン家のご令嬢でしょ?」
「な、なな、なぜそれを!?」
グロン兄さん、分かりやすいなぁ。
これはミラ姉さんじゃなくても気づくよ。
「下級貴族で次期当主の兄さんが、そうそう対面で会えない女の子なんてそのくらいかなって」
「うっ……」
「大丈夫。姉さんたちには言わないからさ」
結局その日は夕方になるまで話し込んだ。
二人であれこれと案をこねくり回した結果、納得の行くプレゼントを贈れそうな所までは煮詰められたと思う。
「プレゼントが上手くいくかは分からないが……悔いのないように頑張るつもりだ」
兄さんはキリッとした顔でそう言った。足は少し震えていたけれど。最近はずいぶん背も伸びてきたし、なんだか少し父さんに似てきたな。
そんなことがあった翌日。
工房に着くやいなや、自分の研究部屋に篭もってプレゼント作りに勤しむ兄さんを生暖かく見送りながら、俺は菜園の方へとやって来た。
そこでは獣族のおじさんが汗を拭いながら、満足そうな表情を浮かべている。
「これで土も少しは良くなっただろう」
彼は郊外で農家を営むシヴィルさん。
ヤギのような顔をしている獣族で、王都に多くの食材を下ろしている大農家だ。ちなみに、前の世界では大人気の職業だった農家も、この世界では獣族以外はあまりやりたがらない。なにか文化的な経緯でもあるのかもしれないけど。
なかなか実らない我が家の菜園に、シヴィルさんは利益度外視でいろいろと助言をくれたんだ。
「何度も職人街まで足を運んで頂いて、助かりました。ありがとうございます」
「いいっていいって。こっちこそ、おたくの保冷倉庫のお陰で食材がずいぶん長持ちするようになったんだ。大助かりだから、お互い様よ」
保冷倉庫。
これは簡単に言えば『汗をかく倉庫』だ。
これまで存在していた冷蔵魔道具は、能動的に気圧を操作することで内部の空気を冷やす仕組みのものなのだが、一般市民が日常使いするには魔力消費が激しすぎた。
そこで俺が作ったのは、水が蒸発するときの気化熱を利用して倉庫を冷やすものだ。根本から設計思想の異なるコレは、前の世界では、惑星地球化時にエネルギー生産が不十分な惑星でよく利用されていた。原始的な分、応用もしやすい。
魔石の消費もかなり抑えられることから、農家を中心にかなりの数が売れ、今では我が家の目玉商品の一つになっている。
「原理が分からねえって、神殿の神官が目を丸くしてたっけなぁ」
シヴィルさんはそう言って大笑いする。
彼はうちへ来るたびに大きな野菜を荷車に山盛り持ってきてくれるんだけど、それがまた非常に美味しい。奴隷のみんなにも好評で、今日も早速、家事奴隷の女性たちが調理場で腕をふるっていた。
「食べ物のことは獣族に任せろ、とは良く言いますが……さすがですね」
「得手不得手だろうな。まぁ、俺らも人族みてえな器用な職人になれねえ。お互い様ってところよ」
そんな風にのんびりと雑談をしている時だった。
「あ……あの……」
背後から小さな声が聞こえる。
振り返ると、フードを目深に被った小さい影がそこにいた。少し前に倒れているところを助けた耳長人の女の子だ。
「レミリア、どうしたの?」
「うん……お昼、出来た……って」
「もうそんな時間か。ありがとう、呼びに来てくれて。シヴィルさん、ひとまず教わった通りやってみるね」
「おう、わかんねぇことがあれば何でも聞きに来いよ。しばらくしたらまた見に来てやるから」
去っていくシヴィルさんに手を振る。
俺はレミリアを見た。
目深に被った黒いフード。その端から火傷で爛れた左頬が見える。口数も少なく、言葉もたどたどしい。彼女はフードをキュッとおさえる。
あれから父さんと相談し、彼女はこの工房で生活することになっていた。
というのも、彼女の立ち振る舞いから、おそらくは貴族であることが推察されたからだ。まだ警戒されているのか深い事情は聞けていないけれど、あの時の状況からして、魔法貴族家のご令嬢が折檻を受けたのは想像に難くない。
ならば、貴族街に連れて行くのは危険かもしれない。ひとまずは職人街の工房で匿い、お手伝い程度の仕事をしながら今後のことを考えることにしたのだ。
「リカルド……」
「ん?」
「……なんでもない」
レミリアは時折、右手で俺の服を掴んで歩く。
変に嫌われている様子がないのはいいけれど、彼女はなんだか常に何かに怯えていて、すがりつく場所を探しているように見えた。
俺は立ち止まり、振り返って微笑みかける。
彼女の手を取って前を見た。
「ほら、この方がしっかり掴めるよ」
「……うん」
「ゆっくりでいい。俺が一緒にいるから」
レミリアは俺の手を握り返してくる。
それは決して力強いものではない。けど、ここに来た頃の消えてしまいそうな儚いものではなくなっていた。
気のいい奴隷のみんなに囲まれて、小さく笑う場面も見られるようになってきている。このままゆっくり元気になっていってもらえたらいい。彼女の細い手を引きながら、俺はそう願った。





