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理解できない

 妹が生まれてしばらく。春も中旬になり、風からはすっかり冷たさが抜けて暖かい日が続いていた。

 昼下がりの工房の庭を歩きながら、俺はグルグルと思考を巡らせていた。


「うーん……理解できないなぁ」


 今考えているのは、魔法についてだ。前の世界には存在しなかった、魔道具、魔法陣、魔物。そういったモノについては、分からないことが多い。


 家にある魔道具教本の説明は微妙だ。

 というのも、ベースになっているのは眉唾な精霊学で、説明の内容は「この魔法陣は何々の精霊にこういうお願いを伝えるための魔法陣です」などとしか書いていない。


「……道のりは遠いか」


 ある程度であれば、魔法陣を機能要素に分解して再構築も進められている。兄さんの研究している音魔法陣も含めて、新しい魔法陣はいくつか生み出すことができているし、便利な魔道具も出来た。


 だけど、俺の作りたいモノは――



「リカルド、何を悩んでるんだ?」


 そこに現れたのは、父さんだった。工房で職人奴隷たちに指導をした後のようで、作業服が煤で少し汚れている。


「……この前の件。まだ上手くいってなくて」

「ふーむ、そうか……」


 俺が手始めに作ろうと思っているのは、魔法陣の計測器(テスター)だった。


 車椅子に使っている駆動装置には、魔力が流れると伸縮する魔物素材を利用している。その切れ端に目印と目盛りを付ければ、魔力を数値化できるのではないかと思ったのだ。


 しかし、この考えで作った試作品は使い物にならなかった。

 二本の魔導線を魔法陣のどこに接続してみても、メーターの針はグラグラと揺れるばかり。数値化どころか、魔力の挙動をモデル化することすら現状では難しかった。


「ふむ。私の知見からではたいしたアドバイスは出来ないが……根本を考え直すか、別のアプローチを模索してみたらどうだ」

「うーん、そうしてみるよ」


 父さんは頭を掻いて去っていく。

 そうだな、少し頭を切り替えよう。


 そもそも、今まで知らなかった全く新しいものへのチャレンジなんだ。思い込みを捨てて、頭を柔軟にして挑まなければ、どこかで間違える。あらゆる可能性を……精霊学も含めて、いったん受け入れた上で考えてみようか。


 まずは魔石についてだ。

 魔石は魔物の体内から採取できる石であり、半透明で青白く光っている。魔法陣の中央に置いて、そのエネルギーを取り出し利用するものだ。


 使い切った魔石は光を失うが、しばらく日に当てておくとその輝きを取り戻すらしい。その流通は、魔道具ギルドの大きな収入源だ。


「そう言えば、よく考えてみると魔石って謎な存在だよな……。魔法陣に直接触れてもいないのに、どうやって魔力を取り出すんだろう」


 浮かんだ疑問を紙にメモしながら、ゆっくりと足を進める。


 次に、魔法陣について考えてみよう。

 最も基本的なものは、二重の円をベースにしたもので、二つの円の間に精霊への願いを記載する。中央に魔石を置けば魔法現象が起きる。


 魔法陣の素材は、魔力が流れるのは生体素材か魔法金属になる。通常の金属を使うことはできない。また、生体素材は性能や耐久性にムラがあることから、現在は魔銀を利用することが多いのだとか。


 父さんと一緒に作った魔導インクについては、分類としては生体素材になるか。大規模な魔力は流せずにすぐ焼ききれるから、主に研究・試作用に用いられている。


「生体素材はいろいろと研究してみても面白そうだけど……その前に、そもそもの魔法陣の原理が分からないとなぁ」


 多くの実例を学んで行けば何か分かるかもしれないと思ったけど、今のところ魔法陣の原理めいた部分がなかなか見えない。

 ただ、結果的に生み出される魔法自体はともかく、魔法陣の挙動は精霊の意思というファジーなものよりはむしろ何かの法則に則った物理現象に見える。


 もう一つ、何かが分かれば進む気がするんだけど。


「うーん、違う方面から考えてみようか」


 俺は気分を切り替えようと、警備奴隷の兄さんに挨拶して職人街へ繰り出した。



 川沿いをゆっくりと歩きながら深呼吸する。

 サラサラと流れる浅い川に目を向ければ、転がる石がコロンと音を立てた。こういう自然の風景というのは、心が静まるものだ。


「少し焦っていたのかもしれないな……」


 科学の原点に立ち返って考えてみよう。


 そもそも宗教と科学の違いは何か。

 いろんな意見があるとは思うけど、前者は「神は全てを知っている」から始まり、後者は「私は何も知らない」から始まるのだと個人的には思っている。


 精霊学がいい例だ。宗教はそれ自体の論理的破綻を他の誰かが修正できる類のものではない。ならば、俺はあくまで科学的な立場から全てを疑ってみるべきだろう。


 そもそも魔力は実在するものなのだろうか。

 あるとしたら、それはどんな形で、どんな法則で魔法陣を流れるのか。いや、そもそも魔力は「流れる」ものなのか――



 そうして、少し思考の取っ掛かりを見つけた時だった。


 ふと川の向こう岸に、倒れている人影を見つけた。ローブを着ていて顔は見えないけれど、体格からして俺とそう変わらないくらいの子どもだろう。


「おーい、大丈夫ー?」


 声を掛けながら、急いで浅瀬を渡る。

 水を吸った服が重くなるが、今は気にしてもいられないだろう。そうやって川の中程まで来たところでチラリと顔が見えた。


 黒髪の女の子……か。知らない子だ。


 滑らないよう気をつけて川を渡りきると、俺は急いでその少女に駆け寄った。


「君、大丈夫?」


 彼女の横に膝を下ろし、肩を叩いた。

 無理に動かさないよう気をつけながら彼女の反応を見る。


 黒髪は所々焼け焦げている。その隙間から細長く伸び出た耳は、耳長人の証拠だ。ただでさえ小柄な体は肉付きも悪く、手足は酷く擦り剥けている。

 一番酷いのは顔の左半分だった。ひどい火傷だ。左目の下から頬全体、顎までかけて焼け爛れている。


 怪我人を下手に動かすのは危険だが、今はそうも言っていられないだろう。放っておく方が命に関わりそうだ。


「歩ける? 職人街の中に診療所があるから」

「もういい……もうやだ……消えたい……」

「後で聞く。肩を貸すよ」


 俺は生気の抜けた少女を抱えて丘に上がる。

 どうにか苦労して彼女を運んでいると、途中で顔見知りの職人さんが車椅子を持ってきてくれた。そこからは、その車椅子に彼女を乗せて診療所まで運んだ。



 気がつけばあたりは夕方になっていた。


 処置室の前で待つことしばらく。

 医療神官のおじさんが扉から現れると、その後ろから可動式のベッドで眠る少女が出てきた。身体中にあった傷には包帯が巻かれている。どうやら、今は疲れて眠っているらしい。


「待たせたね、リカルド君。彼女は今夜はここに泊まらせるしかないと思うが……ご家族は?」

「いえ、それが何も分からなくて。散歩中にたまたま見つけた、名前も知らない子なんです」

「そうか……」


 おじさんは、少女の見て顔を顰める。


「……ひどい怪我だ。顔の火傷跡は、どうやったって残ってしまうだろうね。しかもこれは、おそらく火の魔法で焼かれている」


 魔法、か。

 そう言えばその存在は聞いていたけど、こうして遭遇するのは初めてだ。


 耳長人の少女は規則正しい寝息を立てている。


「こんな幼い子の顔を焼くなんて……本当に理解出来ないよ。魔法使いの奴らは」


 おじさんの呟きが、妙に耳に残った。

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