やっぱり変かな
夏の暑さの反動か、この冬は非常に寒い日が続いていた。身を切るような冷たい風が吹く中、俺は貴族街の自宅を出て職人街の工房へとやって来ていた。
引っ越してきた当初はボロボロだった工房。
だがそれも、父さんと話し合って秋の間には建て替えが終わっており、その後も細々とした改修を行っていた。奴隷たちはみんなここに住んでいるから、寒くなる前にちゃんとした居住環境を整えられて本当に良かったと思う。
入り口の門を通ると、足早に近づいてきたのは職人奴隷筆頭のおじさんだった。
「……リカルド様。おはようございます」
そう言って笑う彼は、傷だらけの顔で白い息を吐いた。額には罪人の焼印が押されている。
彼は主人に反抗した前科持ちの奴隷だった。
ただ、実際に過去を調査してみると、以前の主人は奴隷の扱いがかなり酷い者だったことが判明した。そして、年若い奴隷たちを守るため矢面に立った彼は、結果として反抗奴隷として処分されることになってしまったのだ。
普段の彼は丁寧な態度を決して崩さない。でも、疑問に思ったことはちゃんと問いかけてくれるし、納得の行かないことは何度でも議論をする。奴隷のみんなからも慕われていて、俺たちも安心して工房のまとめ役を任せることができていた。
「工房の設備は、冬を越すのに問題ないかな」
「はい。全てはリカルド様のおかげございます」
「えー、いや俺は大したことはしてないよ」
「ふふ。そういうことにしておきましょうか。リカルド様がそう仰るのであれば」
そんな会話をしながら庭を進んでいく。
ちなみにだけど、奴隷たちに名前はない。自分たちで勝手に呼んでいる呼び名はあるらしいけど、公式には無名の者たちとされていて、解放奴隷になる時に改めて名付けがされるらしかった。
それまでは主人側からも名前を呼ばないのが通例らしい。変な文化だなとは思うけど、そういうもんなんだろう。
「また少し背が伸びましたかな?」
「うん。もう少し高さが欲しいけどね」
「まだ4歳ですからな……。信じ難いことに」
奴隷頭のおじさんはそう言って穏やかに微笑んでいる。
そうやって工房を進んでいくと、奴隷の兄さんが一人、手を擦りながら小走りで前方を横切って行った。その姿を見ながら、俺は少し申し訳ない気持ちになる。
当初の計画では、建物の間に渡り廊下なんかを設置するつもりでいたんだ。ただ、時間やお金が限られている中で、どうしてもそこまでは手が回らなかった。
「おう、坊っちゃん!」
そんな声が聞こえ、振り返る。
すると、車椅子に乗った奴隷の兄さんが笑いながらこちらへやってくるところだった。俺は立ち止まると、大きく手を振って彼が来るのを待つ。
まぁ車椅子とは言っても、一般的にイメージされるような思考制御・重力浮遊型のものではない。簡単に言えば車輪で走る原始的な作りで、人工知能すら入っていない手動操縦のものだ。安全面を考えると、いろいろ恐ろしさを感じるけれど。
「おぉ、坊っちゃん少し大きくなったか?」
「やっぱり? けっこう背が伸びたかな」
「おう。冬服は新調した方が良さそうだぜ」
そう言って車椅子の彼はニコニコとしている。
思い返せば、当初はこんな風にみんなと気軽に接することはできなかった。奴隷頭のおじさんも今より随分と気を張っていたように思う。
俺はまだ一人で魔道具を作る技術がないから、作りたいものがある時には父さんに相談して構想を練り、職人奴隷のみんなに協力を仰いでは実際のモノを作ってもらうしかない。でも、俺のような小生意気な子どもに指示されるのは、彼らとしても面白くなかっただろう。
彼らとの関係が変わったのは、車椅子を開発してからだ。彼の乗っている車椅子は、まさにこの工房で生産している最新モデルで、実際に生活の中で使用しながら気づいたことを製品開発にフィードバックしている。
ここには足を欠損している奴隷は4名ほどいるんだけど、みんな当初の死人のような目つきが嘘のように元気になり、車椅子生産の中心的役割を担っていた。それに合わせて俺に対する険悪な雰囲気も一気に霧散し、今ではこんな風に親しくしてくれるようになったている。
「車椅子の調子はどう?」
「皆で改良案をまとめてあるぜ。後で見てくれ」
「用事が済んだら行くよ。少し待ってて」
そう言って彼に手を振り、奴隷頭のおじさんと一緒にその場を歩み去る。
車椅子には2つのバージョンを用意した。
一方は、貴族や大商会向けの高価なもの。
車職人工房に作ってもらった大きな車輪付きの椅子に、前進・後進・旋回を操作するレバーが付いた制御装置、実際に左右の車輪を動かす駆動装置なんかをを取り付けた。中程度の魔石で連続8時間ほどなら動かすことが可能だ。
高価にはなったけど、発売してすぐに注文が殺到した。あっという間に生産が追いつかなくなったため、魔道具職人協会を介して2つほどの魔道具工房と生産契約を結んだのが秋も半ばのことだ。
もう一方は、手動で動かす簡易なもの。
これはあまりお金を持っていない下級貴族や庶民向けの車椅子だ。これ自体は魔道具ではなかったから、土台を作っている車職人協会からそのまま販売してもらい、利益の数割を貰う契約にしている。これも短期間で非常によく売れた。
またこれをきっかけにして、王都にいる他の職人、大小の商会、農家や狩人なんかとも交流が広がっていったから、クロムリード家にとっては大きなプラスになっただろう。
「車椅子の生産は間に合ってる?」
「旦那様とは話をしておりますが、もう1つ2つ生産工房との契約を結んだほうが良さそうですよ。最近は国外からの注文もあるそうですから」
寒空の下、奴隷頭のおじさんとのんびり歩いていくと、やがて工房の敷地内にある菜園へと到着した。
グルっと見渡してみるが……目に映る限り、何かしら食べられるモノが実っている様子はなかった。まぁ、食料については定期配送の契約も結んでいるから問題はないんだけど、可能なら敷地内で生産できるに越したことはないからね。
「残念ですが、今年は諦めたほうが良さそうです」
「うーん、土が悪いのかもしれないね……。春になったら、専門家を呼んで見てもらおうか。郊外に住む獣族農家のお客さんと親しくなったから、次会った時にちょっと掛け合ってみるよ」
可能な限り工房も改装してきたけど、気になる点は多い。暮らしやすくするにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
「みんなの居住棟は問題なさそう?」
「えぇ、段差に設置したスロープも、最適な角度へと調整が済みました。いくつか手すりを増やしてからは、足の悪い者も概ね一人で生活出来るようになったようです」
「後は、扉を全て引き戸にしたいよね」
「今からだと寒くなりますからな。時間も掛かりそうですし、それも春になってからでしょう」
ちなみに、工房や奴隷宿舎で研究したスロープの角度や幅であったり、手すりの太さや高さなどの情報は、大工職人協会へ売り渡した。おそらく車椅子を買った貴族宅の改修工事に役立っているはずだ。これはあくまで単発の情報として売っただけだから定期収入には繋がっていないけれど、それでもなかなかの値が付いたらしい。
いろいろと仕事が回っているのは良いことだと思う。
ただ一つ気になるとすれば、工房を立ち上げた当初の予定より、彼らにずいぶんと負担をかけてしまっていることだ。車椅子の研究・生産の他にも、工房では新しい魔道具をいくつか作っている。それらの売れ行きも好調だから、彼らは毎日遅くまで働いているらしい。
「……ごめんね。予想より忙しくなっちゃって」
「いえ、皆喜んでおりますよ。リカルド様と共に車椅子を作ったことは、俺たちの誇りだと。私もこれまで生きてきて、こんなにも労働が楽しいと思ったのは初めてです」
その言い方は少し大げさなようにも思うけど、奴隷のみんなの目が、当初とは比べ物にならないくらい生き生きとしているのは事実だ。
おそらく、利用者の声が聞けたのは大きいのだとは思う。
他の魔道具についても稀にあることだけど、車椅子については特に丁寧な感謝状を何通も頂いていた。戦争で歩けなくなった下級貴族のご当主だったり、寝たきりの中級貴族のご隠居であったり――そういった感謝の声は、工房の壁に貼ってみんなにも読んでもらえるようにしている。それもまた彼らのやりがいに繋がっているんだろう。
そういえば一度、足の悪いお子さんのご両親から届いた感謝状を、みんなの前で読み上げたことがあった。
【私たちの娘は、猪車の事故で足が不自由になり、ベッドの上に腰掛けたまま呆けた顔で日々を過ごしておりました。しかし、車椅子で外に出られるようになってからは、花や鳥を見て笑顔を浮かべるようになりました。貴殿の工房にはいくら感謝しても足りません】
そんな手紙の内容に、奴隷のおじさんたちの中には大声を上げて泣くものもいた。そして、生まれて初めて自分の仕事に、自分の人生に誇りを持てたと口々に話した。
彼らがこれまでどんな人生を歩んできたのか俺には分からないけど、この時の笑顔がいつでも出るような工房にしていけたらいいなと思っている。
「リカルド様は驚くほど優秀です……普通4歳といったら、まだ物の道理も覚束ない年齢でしょう」
「あはは……やっぱり変かな」
「変かどうかと言われると……そうですね。まぁ、一般的な目線からすると、ものすごく変ですな」
「え、そんなにっ!?」
「えぇ、とても変でございますよ、ふふふ」
俺はおじさんと笑いながら、皆の待つ談話室へと向かった。
待ち構えていた彼らがまとめていた車椅子の改善案は、俺にとっても目からウロコのものが多くて、早速その場で次期モデルの試作計画を立てることにしたのだった。
その日の夜は久々に家族揃って食卓を囲った。
最近はなぜか父さんがあちこち駆け回っていて、特に夕飯時はなかなか一緒に落ち着いて会話も出来ていなかったんだ。
「父さん、なんだか最近すごく忙しいみたいだけど、大丈夫? 何かあった?」
「リカルド、それは本気で言っているのか……?」
父さんのぐったりした目が、ジトーっと俺を見る。
あ、もしかして……忙しいのって、完全に俺のせいか。心当たりは、けっこうあるな。
アイデアを思いついても、使える魔道具に仕立てるには父さんへの相談が必要だ。それに、他の職人の領分に踏み込んでモノを作る場合には、各種協会との調整もいろいろとしてもらう必要がある。父さんが毎日王都中を駆け回っていたのはそのせいのような気がしてきた……というか、間違いなくそれだろう。
駆け上がってしまえ、という言葉を免罪符のように心で唱えていたから、ちょっと自重を忘れて色々と作り過ぎてしまったかもしれない。いやぁ……ちょっとマズかったかなぁ。
そうやって反省している俺に微笑みかけたのは、母さんだった。
「ふふ、リカルドのお陰で工房の立て直しができたんだもの。面倒な調整ごとやら何やらは、全てお父さんに任せればいいわ。なんて言ったってクロムリード家の当主ですものね」
そう言って、母さんは大きなお腹を擦っていた。
赤ん坊は順調に育っていて、冬の終わりから春くらいには弟か妹が生まれるようだ。体調もずっと安定しているから、このまま行けば大きな問題はないだろう、とのことだ。
その横で、ミラ姉さんも母さんのお腹に手を伸ばす。
「元気に育ってね。絵本もいっぱい読んであげるわ。楽しみにしてるわよ」
ミラ姉さんは優しい声で赤ん坊に話しかける。将来は姉さんも母親になる、ということを、最近急に意識してきたようだ。母さんとよく二人で話しているのを見かける。
「ふふ、楽しみね。この子も生まれるし、春にはグロンの成人式もある。来年は忙しくなりそう」
母さんの言葉を聞いて、父さんは「これ以上忙しくなったらたまらない」というオーラを出しながらテーブルにへたり込む。本当に申し訳ないことをしたと思う。
そんな話をしている中、ふと一人静かなグロン兄さんが気になって目を向ける。
「兄さん、どうしたの」
「………………ん?」
「何か考えごと……?」
「……あ? あぁ……」
兄さんは何やら宙を見てボーッとしているみたいだけど……大丈夫だろうか。
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