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雨と晴乃さん  作者: 澄椎
7/7

八月から


 肌だけが、真夏の底を知っている。

 昨日と変わらない暑い日だけれど、その熱が遠のいていく予感がする。

 この夏の折り返し地点を過ぎたことに、きっと肌だけは気づいている。

 八月最後の日曜日、わたしは晴乃さんと一緒に桜葉家のドアをくぐった。あの日以来、三度目の訪問だった。

 時刻は午後二時。二人で食事に行ったあと、花屋さんに寄ってここに来た。夏休みの終わりも近い。今日はこれから夕方までずっとおしゃべりをして過ごす予定だ。

 最近読んだ本や先週行った楽器の博物館の話をしながら、買ってきた花を二人で活けてみる。

 色や形のバランスを考えて何度か抜き差しして、花の高さも少し切り揃えた。納得のいくたたずまいになったところで、二人して遠くから眺めてみる。しばらくしっかり見つめてから、

「……ちぐはぐだなあー!」

「ちぐはぐですねえー!」

 二人で笑った。改めて花瓶に目を向ける。

 青のグラデーションが綺麗な花瓶には、二種類の花が並んでいた。

 片方は、白く美しい花びらを慎ましく開いた小さなジャスミン。

 もう片方は、太陽の光を存分に受け、そのエネルギーを放つような黄色が鮮やかなひまわりだ。

 なるべく大きさの近いものを選んだけれど、それでもジャスミンとひまわりでは花の大きさも茎の太さもまったく違う。素人二人が手を加えただけではどうにもアンバランスなままだった。

 だけど、それがなんだかいとおしかった。まるで、どこかの二人を見ているようで。

 晴乃さんが、わたしにそっくりだと言ってくれた白い花。

 わたしが、晴乃さんの明るさを想って憧れた黄色い花。

 この二つの花を、一緒に飾りたかった。それがわたしたち二人の、せめてもの冒険だった。

 本当は、椅子が欲しかった。この桜葉家に置く、わたしのための椅子。だけれど、晴乃さんとひかりが暮らすこの家で椅子が増えるのは不自然だ。あまりにわかりやすいものは、やっぱり残せない。

 だから、花にした。ちぐはぐに並ぶ二つの花に、わたしたち二人を重ねられるように。

 わたしと晴乃さんにだけわかるかたちを、残してみようと決めた。

「どっちも、そろそろ旬を過ぎちゃうのが残念ですけどね」

 窓からの光を受けて、眩しく輝く白色と黄色を見ながら、わたしは言った。ジャスミンもひまわりも、夏に咲く花だ。

 だけれど晴乃さんは、いつもの元気な声で言った。

「いいよ。また探せばいい。花じゃなくても、わたしたち二人だけのものを」

 晴乃さんがわたしを見る。わたしが晴乃さんを見つめ返す。

「一緒に探しに行こうよ、だーさん」

「……はい!」

 肌は、夏の終わりが近いことに気づいている。きっとあっという間に、次の季節が来るだろう。

 でも。今日も外は真っ白な光に満ちている。子どもたちの黄色い声が、どこかから聞こえる。

 きっとしばらくは、暑い日が続く。

 わたしの夏は、まだまだ終わりそうになかった。

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