#008「お電話」
@鷹取のアパート
ナツメ「それで支店長さんは、その子と付き合い始めたのね」
アツコ「そうなのよ。うまく行けば良いんだけど」
ナツメ「あっちゃんは、他人のことを心配してる場合じゃないでしょう。どうなのよ、和泉くんとは。距離は縮まったの?」
アツコ「焦らせないでよ。今までとタイプが違うから、探り探り詰めていきたいのよ」
ナツメ「もっと積極的に動いていかないと、タイムリミットが切れるわよ」
アツコ「勝手に時間制限を付けないでちょうだい」
ナツメ「だって、じれったいじゃない。そうだ。ここは、お互いのホームタウンを紹介することにしましょう。電話借りるわね。ア、カ、各務、各務っと」
アツコ「ちょっと、なっちゃん」
ナツメ「もしもし、各務さんですか? ……あっ、いえ、あたしは友人です。……いえいえ。大した用では無いんです。起きましたら、今度の日曜、朝十一時に新長田駅に来るよう伝えてください」
アツコ「なっちゃんったら」
ナツメ「やめてよ、あっちゃん。――いいえ、合ってます。……はい。それでは」
アツコ「もう。勝手に約束を取りつけるなんて、信じられない」
ナツメ「あっちゃん。これは確認なんだけど、和泉くんとは、まだ手を繋いだことも無いのよね?」
アツコ「そうよ。晩熟なのよ、きっと」
ナツメ「それにしても、控えめすぎると思わない?」
アツコ「何が言いたいのよ、なっちゃん?」
ナツメ「いまの電話、出たのは和泉くんじゃなくて、彼の知人だっていう男の人だったのよ。それでね、本人は彼の隣で寝てるって言うの。だから」
アツコ「考えすぎよ。おおかた、仕事で疲れてるところへ、男友達が遊びに来たんでしょう。(あるわけないわ。たぶん、そうでしょう。)うん」
ナツメ「自分に言い聞かせてるわね。あたしもお供しようか?」
*
@御影の文化住宅
ヨウゾウ「各務、電話が鳴ってるぞ」
イヅミ「んんん」
ヨウゾウ「俺が出るからな。――もしもし? ……いや、俺は知り合いだよ、中嶋さん。……そう。各務は横で寝てるんだが、起こした方が良いか? ……日曜、十一時に新長田駅だね?」
イヅミ「んん? それ、僕の?」
ヨウゾウ「起きたか、各務。――違うのかい? ……そう。それじゃあ」
イヅミ「勝手に出ないでくださいよ」
ヨウゾウ「客がいるってのに、寝るほうが悪い。今度の日曜、十一時に新長田駅だとさ」
イヅミ「通話相手は誰だったんですか?」
ヨウゾウ「敦子ちゃん」
イヅミ「ええっ」
ヨウゾウ「の電話を借りた、彼女の友人」
イヅミ「何だ。脅かさないでくださいよ。心臓に悪影響ですから」
ヨウゾウ「目が覚めただろう? それより、和泉くん。敦子ちゃんとは、まだキスもしたこと無いんだよな?」
イヅミ「唐突ですね。手を繋いだこともありませんよ」
ヨウゾウ「フランクすぎないか? あっさりと付き合ってるようだが」
イヅミ「何が言いたいんですか、尾崎先輩?」
ヨウゾウ「ふと、異性として見られてないかもしれないと思ってさ。男に興味がないとしたら」
イヅミ「よしてください。勘繰りすぎですよ。そんなこと(ないこともないのか? いや、そんなはず)ないですよ、うん」
ヨウゾウ「歯切れが悪いな。俺も確認してやろうか?」